クリスマスSS その夜生まれた命の思い出

 随分前の事です。

 秋の収穫も終わったある日、サンズーノで悲しい出来事がありました。

 仲良くしてくれていた姉さんが、死産しました。


 姉さんは狂った様に泣いて、1ケ月後には死んでしまいました。

 15歳でした。夫は税が治められず売られて行きました。それ以来一人で暮らして来ました。父親は娘に関心なし、でした。

 綺麗な人だったのに。何でこんな不幸な死に方をしなければいけないのか、悔しくて悔しくて堪りませんでした。


 領の寡婦達もそう思っていたのか、黙々と墓を掘って姉さんを埋め、祈りました。

 神様お願いします。

 天の国で赤ちゃんと姉さんが幸せに暮らせますように。


******


 冬が来て、雪が降りそうになり、領は冬支度を終えたところです。

 そこに、妊婦が一人現れました。どうやら南の領から逃げて来た様です。


 他領からの流れ者というだけで厄介なものなのです。

 どの家も泊めてくれません。

 大きなおなかを抱えて野宿していると聞いて居ても立ってもいられませんでした。


「助けなきゃ!死んだ姉さんの分まで生きて貰わなきゃ!」

 何故か見ず知らずの他人にそう思い、騎士団の娘で小さいころからの親友のマッコーとナゴミーに持ちかけました。


「なんでですか?」

「他領との揉め事にならないか心配ですう」

「そんなの助けた後で考えればいいじゃない!」


 二人は薄情な訳じゃありません。領内でけが人が出た時の介抱や、迷子探しなんかは私に付いて来て手を貸してくれます。

 でも、騎士である親に言われているのでしょう。


 私には領内だろうが外だろうが、困っている人に変わらなく思えたのです。

 それに。


「姉さんを助けられなかった敵討ちだよ!」

 二人は私を見つめて、考え込みました。

「どこでですう?」

「騎士団に頼むわ!」

「それは…」

「直接私が頼む!」


******


「他領からの流民を匿えば敵意を疑われる。野垂れ死ぬかどこか去るのを待っていればよいのだ」

 そう言い放つのは、役に立たない父親。

 何かにつけ言い訳して、問題を解決しようとせず、領民の困り事に手を出さない。


「そんなの産んで育てた後に追い出せばいいじゃないですか!今あの人は死にそうなんですよ?」

 すると、もっと役に立たない兄達が

「黙れ!父上に何と言う態度だ!」「女は口答えするな!」

と怒鳴る始末。

 もっとも剣の腕も喧嘩も私には敵わないので手は出して来ません。


 母は幼い時見殺しにされ、それ以来父は能力の無い木偶の坊だと思っていましたが、もう段々と赤の他人の様に思えてきました。

 この男を頼るだけ無駄と悟りました。


******


「私達で何とかしよう!

 小屋を見付け、藁を集め、暖炉を造ろう!

 少しでもパンを、スープを持ち寄ろう!」


 そう足掻いて小屋探ししていると、領の寡婦たちが少しづつ藁を、煉瓦を、薪を持ってきてくれました。


 とりあえず主が奴隷に売られて使われなくなっている小屋を整理し、その日の内に何とか藁を重ねて寝られる様にしました。


「ねえ、お母さんになるんでしょ?粗末な小屋だけどそこで寝泊りすればいいわ!」

 私達はやっと妊婦さんを迎え入れる事が出来ました。

「私はツンデール!友達のマッコーとナゴミー。

 元気な赤ちゃんを産んで、ここで冬を過ごして下さいまし!」


 最初はやつれていたその人も、食事が出来る様になって、とりあえず風を防げる小屋で眠れて、2日、3日と日が経つにつれ段々元気になりました。


******


「何で見ず知らずの私にこんなことをするの?」

 ある日、殆ど喋らなかった妊婦さんが私に話しました。


「神様の教えに従っているだけです。

 父や、多くの男達は神の教えに反しています。

 私は、苦しんでいる人を見過ごせないの!」


 最初この人が来た時泊めてあげられなかった事を悔いているのでしょう。

 領のおばさん達の手助けもあって、小屋に暖炉と煙突が出来ました。

 これで暖かくお産が出来る!


 そこにフラっと別の初老の男がやって来ました。

 何だか老けた男でした。

「何だお前は!

 この小屋はこれから子供を産む姉さんのために作ったんだ!

 出ていけ!」


「いやいや。この小屋は不潔だねえ」

 何ですってこのオッサンはァ?!

「お前の為に用意したんじゃない!出てけェ!」


 そう啖呵を切った物の、オッサンは何事も無かったかの様に掃除し始めました。

 なんか呆然と見ていると、床を拭き壁を拭き、廃材で木枠を作り藁を敷いてその上に外套をシーツ代わりに敷いて、妊婦さんをお姫様だっこしてベッドに寝かせました。

 最後は鍋まで出して湯を沸かす男。

「鍋は後から回収するよ。多分この3日位でお産になる。

 お湯は沸かせるだけ沸かして、飲み水にするなり温めて体を拭くと言い。

 立ち合う人はちゃんとお湯で手を洗って、体も綺麗にしてね」


 ポカ~ンとしてしまいました。


「お産に立ち合って貰えませんか?」

 マッコー何を言っているの?

「ダメー!オッサンはでてけー!」

「ツンデール様あ、この方良い方ですよ?」

 ナゴミーまで!


「あの役に立たない領主も、もっと役に立たないその息子達も!

 誰も困っている人達を助けてくれない!

 死んだ姉さんの親父だって、ずっと姉さんを一人にしておいて、

 死産の夜も葬儀の時も他の男達と酒飲んでたんだ!

 オッサンは出ていけー!!」


 思えば意固地になっていただけでした。

 しかしその男は平然と

「それじゃ、鍋の分だけ役に立ったって事にしといてくれ」

 と言い残して去って行きました。


 男の言った通り、翌日にお産が始まり、おばさん達が取り上げようとしましたたが、その時私は思い出しました。

「お湯で手を洗え」「体を綺麗に」

 皆でお湯で体を清め、綺麗な服に着替えてからお産に臨みました。


 雪の降る寒い中。


 可愛い女の子が生まれました!

 大きな鍋で沸かしたお湯と、湯冷ましした綺麗な水で赤ちゃんを洗って温め、お母さんのお腹の上に戻しました。


 お母さんになったその人は「ありがとう、ありがとう!」と涙を流すばかりでした。

「お嬢様、良かったですね!」

「私達、この人とこの子を見殺しにするところだったのねぇ」

 いいの。一緒に手伝ってくれた事の方が大事なのよ!


 なお、その日助けてくれたおばさんは、後に夫から不貞を疑われ、殴られたと聞きました。

 それを知った私達は夫の下に駆け付け、

「断じてそんな事は無い!」と庇いました。

 領主の娘だったので、この件は御仕舞となりました。

「あれは領主の娘とかじゃありませんね」

「お嬢様が怖かったからですよぉ」

 そんな事ないでしょ?


******


 翌朝、私達は手伝ってくれたおばさん達と小屋を見舞い、僅かながら持ち寄った麦、野菜、干し肉で食事を用意しました。

 よかった。この数日の食事でお乳も出るみたいね。

 元気に泣いていた赤ちゃんは、お母さんのお乳を飲むと、すやすや寝入りました。


 しかしその翌日。

 小屋には誰もいませんでした。


「探さなきゃ!

 産んで1日で赤ちゃん抱えて歩き出したら死んじゃうよ!」


 しかし、運悪く雪が降り出しました。

「駄目だよお嬢さま!私らも雪で行き倒れちまう!」

 雪は吹雪となり、おばさん達の言う通りとても探しに行ける状態じゃなくなりました。


 その夜、吹雪の中で豪華な夕食を食べて聖誕祭への準備を語るこの一族の男達を見て、私は悔しくて泣きました。


 こんな他人の苦しみに無関心な奴等が、何が聖誕祭だ!何が信仰だ!


 でも、その怒りは私自身にも突き刺さる物だったのです。

 この夕食も、暖炉のある家も、この男爵家があるから。

 皆から集めた税があるから。

 もし私がこの家ではない、流民に生まれていたら。


******


 翌朝は晴れました。

 私達は馬に乗って出来る限り母子を探しました。

 しかし、北にも、南にもいませんでした。

 東の道は行き止まり…道はあるのですが、それは死の荒野と呼ばれるジソエンマに向かう道です。


 結局見つかりませんでした。

 日が傾いて雪が降り始め、もう無理だ、そう思った時。

 私も、マッコーも、ナゴミーも声をあげて泣きました。


 何故出て行ってしまったの!

 私達はもっと二人に出来る事はあったのに!


 悔しくて悔しくて、悲しくて三人で泣きました。


 でも、私と同じ様に泣いてくれる二人を見て、何故か気持ちが楽になったのです。

 気持ちを落ち着けられました。

「ありがとう、マッコー、ナゴミー。

 私達は頑張りました。吹雪になる前に帰りましょう」


 領に帰る途中、あの変な男に会いました。

「おう!お嬢様。鍋は返してもらいましたよ」

 人の命が二人懸かっているのにこの男は!


「私はこれからジゾエンマを通って王都に行きます」

 馬鹿なの?

 ジゾエンマは人が生きて行けない荒野なのに!


「もしお探しの母子を見つけたら、文を送りますね」

え?

「これからも、お産には清潔第一でね~」


 そういうと変なオッサンは強くなった雪の中に消えていきました。


 そして迎えた聖誕祭。

「救い主は私達に天の国の扉を開くためにお産まれなさったのです」

 司祭の説教はとても虚しく思えました。


******


 翌年の雪解けの季節。


 王都方面、あの死の大地を越えて来た、王家の騎士様がこの地にやって来ました。

 王家の紋章を纏っている以上、騎士と言っても男爵より下位の騎士爵ではなく、それなりの地位の方でしょう。

 強い者には滅法弱い無能な領主が傅いて歓迎しますが、騎士様は領主には一瞥もせず私に「貴女がツンデール嬢かな?」と微笑まれました。


「旅の魔導士からの伝言だ。

 あの母子は王都で、とても元気と、それだけ伝えて来て欲しい。

 そう言付かった」


 元気…私はマッコー、ナゴミー、そして集まっているおばさんや姉さん達を見ると、皆がみるみる笑顔になっていきました。


「詳しく聞いたところ、荒野の手前で行き倒れていた母子を助け、王都まで案内したそうだ。

 今では乳児を修道院に預けながら食堂で働いているそうだ」


 私達のした事は無駄じゃなかったんだ!


「やったー!!」「「「うわー!!!」」」

 皆が飛び跳ねて喜びました!!


「お嬢様!」「生きていてくれたんですねえ~!!」

「ありがとねマッコー!ありがとねナゴミー!みんなも有難う!!」

 皆の優しさが二人の命を救った。あと、あの男も、ですかね?


「あの男の言った通りだな」

 と、何か納得した様な騎士様。

「あの男曰く、神の祝福がツンデールお嬢様にあらん事を、だそうだ。では!」


 それだけ言うと、騎士様は西に向かって馬を走らせて去っていきました。

 狼狽える無能な領主を無視して。


 私は聖誕祭が数か月を超えてやって来た、そんな気がしました。

「救い主は私達に天の国の扉を開くためにお産まれなさったのです」

 あの妊婦は、あの赤ちゃんは、私達に天の国へ向かうのに必要な何かを残してくれたのでしょうか。

 そんな気がしました。


******


「昔なら当たり前のようにあった話ですけど。

 でも何だか不思議な話でした。

 母子共に凍死していたら、残酷な話ですけどね」


 何故か忘れていた子供の頃の話を思い出して、私は皆に話していました。


「今でもお元気ですよ」

…やっぱり。

「王都に落ち延びて、仕事を得てお子さんも学校で立派に学んでいます」


 あの時あの小屋に来たのって、やっぱりザイト様?

「顔を覚えてくれませんでしたか!」

 だってなんかヤな感じでロクに目を合わせなかったんですもの!

「ヒデェなあ相変わらず」


 はあ。

 結局この人の手の平の上で踊っていただけってオチですか!


「それは違いますよ」

 何がよ!


「お嬢様が助けたいという願いがあったので、お手伝しただけです。

 あの冬、飢餓や虐待から逃れようとして吹雪の中死んだ女子供が何人いたでしょう?」


 後日、類推された数字で見たことはありますが、思い出したくもありません。

 かつて南部に乗り込んだ時。

 豊かな実りがあった筈の土地で、その実りを領主や家長や長子が独占し、女子供がひもじい思いをしていた時の事を苦々しく思い出しました。


 でも私のやった事はそんな立派な物じゃありません。


「あの時の私には、たまたまサンズーノに来た誰かを救った気になる。

 そんな程度の事しかできなかったんですのよ」

「それが大切なんですよ。

 貴女はそれを願い、手足御動かし、救った」


 それはそうですけど、それだけですわ。


「考えて下さい。

 もし救世主を産んだ夫婦を貧しい小屋とは言え供した者がいなかったら?

 この世は救われていたでしょうか?」


 それもそうですわね。


「小屋を供した主人程度の事はした、って事でしょうか?」


「ええ。何もしなかった者よりは、遥かにましな行いでした」


 小さい人間として、聖典の端にも表れなかった者程度の役割は為せたのでしょうか。

 長年辛い思い出だったあの事が、暖かく消え去った気がします。


******


「お嬢様、王都鉄道・海運公社への行き倒れ通知は300件です」

「教育卿の元へは3400件の保護報告が上がっています。酷いですう!」


 付近で苦しむ人達は多く居ます。

 交通の要衝となったこの地で出来る事は多い、だから得られた情報から出来る事はやり遂げます!


「直ちに救援物資を送りましょう。

 但しジゾエンマの領の備蓄は最低限守って。

 不足分については領主の私財から補填して買います。

 後日王国に別途請求します!」


 身を切る動きですが、そんな事拘ってられません。


「今動けるものが動かなければ、人の命なんてたやすく奪われます」


 今ではあの母子の何千倍もの陳情をこなせる様になりました。


「お嬢様!出発のご用意を早く!」


 おっと、そうです。今日は聖誕祭。

 この世の死に終わりを告げ、天の門を開いて下さった救世主の、この世で最も貧しい誕生を祝う日です。


 私の出席を待っている領都民のためには欠席する訳には行きません。


「貴方達も交替で礼拝に預かって。私も戻ります!」

 職員に直接労いの声を掛けて回り、大聖堂へ向かいます。


******


 サイノッカの大聖堂に司教の声が響きます


 グロリア・イン・ネクシェルシスデオ!

(天のいと高き所に栄光!)


 合唱が始まり、私達も声を合わせます。

 エト・インテラ・パクスホニブス、ボネヴォルンタティス!

(地には善意の人に平和!)


 こうしている聖誕の夜にも、飢えて凍えて、恐怖と絶望の中で死んでいる人はいます。


 少しでも救える限りは救わなければいけません。

 それから、助けた子供達にも、少しでも神様のお恵みを感じて貰える様に贈り物を用意しないと。


 私は、私達は出来る事をしなければいけません。


 今も、これからも。

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