309.幸せの国々を、永遠に。

 ある日。


 私は、私と仲間達で開拓したサンズーノの三角州を守るため、籠城していた砦を撃って出て、コモーノ子爵の嫡男ビッツラーへ夜襲を掛けました。

 しかしまんまと待ち伏せされ、親友のナゴミー達が囮となって、私は一人砦に逃げ帰りました。


 親友のマッコーが援軍の到来を告げ、敵に串刺しにされました。


 砦に籠った仲間達の助命を条件に降伏しましたが、ビッツラーは私を捕えるや仲間達をその場で惨殺しました。


 私はビッツラーの妻となり、思うままに犯され、子を産みました。

 サンズーノ領は三角州だけでなく内陸部までコモーノ領に編入されてしまいました。


******


 その後ゴリアを二分した内乱が勃発し、ゴリア全土が疲弊しました。

 コモーノ家は女王陛下に反旗を翻し、領内は重税で飢餓を迎え、多くの領民が逃散しました。


 国内の混乱に乗じ、シャクレーヌの艦隊がザボンを蹂躙しました。

 海軍は日和見主義で右往左往するばかりで敵の砲撃も上陸も許してしまいました。


 サンズーノの実家も砲撃で一族が肉片と化し、ビッツラーも敵の上陸軍を前に逃げ出したものの殺されました。

 私は残った家人を纏め、何とか敵を撃退しました。


 私は戦死したコモーノ子爵家の領主代行として王国への忠誠を誓い、あの情けないビッツラーとの間に生まれた子供達を育てました。

 しかし一度は反乱に加担した家へに対する王国の復讐でしょうか、幼い子達は戦争に駆り出され、戦死しました。

 領内は餓死者で溢れ、元々の寄り親だったマモレーヌ伯爵に私は保護を願い出ました。

 マモレーヌ伯爵は私をコモーノ家の侵略から保護できなかった事を詫び、保護して下さいました。

 そして世界について教えてくれました。


******


 ゴリアとシャクレーヌの泥沼の戦い。

 レジニア大陸ではシャルマとオーキクテリアが長期の戦争に入った事。

 そして大陸では魔女裁判が多くの女の命を無残に刈り取っている事。


 更に大陸を飢餓が覆っている事を。

 私には親類がいたのですが、北の地で餓死したそうです。

 ゴリアの王女が大陸で行方不明になり、シャクレーヌがゴリアを併合しようと企んでいるそうです。恐らく魔女裁判で殺されてしまったのでしょう。


 マモレーヌの領都では肌の赤い人々が奴隷として酷い扱いを受けて連れて来られました。

 実りの薄い大地を耕し、餓死して死んでは、次の船が新大陸から新しい奴隷を荷下ろししています。


 その奴隷も天然痘で次々と死に、餓死者の死体と同様撃ち捨てられ。

 結局領内には疫病が起こり、男の奴隷をこき使ったり女の奴隷を強姦していた者は斑点に包まれて死んで行きました。


 私達は大陸に逃がされましたが、疫病は大陸でも起き、街では連日魔女裁判で女達が火炙りにされていました。中には妊婦まで。

 それを司祭達が歪んだ笑いを浮かべつつ、とても神に届くとは思えない祈りを唱えながら見物していました。


 私も腹を下し、歩けなくなりました。一人で荒野に打ち捨てられました。

 寒い。苦しく気持ちが悪い。

 助けて!でも誰もいません。このまま死ぬの?


******


 全ては夢でした。


 でもそれは私には、只の夢とは思えませんでした。

 まるで、もう一つの現実の様に感じられました。


 あの時、私を助けてくれたあの人がいなかった、もう一つの現実。


******


「ザイト様は死んだ者の行く末を見たのでしょう?」

「ええ。何度も何度も。腹が立って死にたくなるくらいにね」

「私はどうなるのですか?」

「ご主人様やマッコー、ナゴミー、トリッキ。

 友達と一緒に天の門を潜って楽園に行きます」


 まるで見て来たかの様に…見て来たのでしょうねえ。

 苦しそうに、悲しそうにザイト様は応えて下さいました。


「あなたは来ないの?」

「今のところ無理ですねえ。ここ数千年」


 気が遠くなる時間です。私には耐えられません。


「何故ですの?」

「さあ。私は普通に、善良に生きたつもりですがね。

 天の神様によっぽど嫌われたんでしょう」


 そうではないでしょう。

 よっぽど愛されているのです。


 もっと、世界を助けて欲しい。

 多くの人を助けて欲しい。


 私が神様ならそう思います。


「そりゃ逆に残酷ってもんですよ?

 私も死んで、愛した妻達や娘、親代わりに育てた子供達とノンビリしたいですよ。会いたいんですよ…」


 ごめんなさい。

 でも、私は感謝しています。

 恐らく、貴方に会った人達全員が感謝しているでしょう。


「感謝なんかされなくてもいいですよ。

 例えその世界の全員に憎まれても、会いたいですねえ…」

 憎まれるなんて、そんな事出来ないくせに。


「全く…逆ですわね」

「何が逆なのですか?」

「私達を幸せにしてくれたザイト様が不幸になって、貴方に乗っかっただけの私達が幸せになるなんて、間違っていますわ」


「いいえ。それは違いますよ」


 何が違うのですか?


「お嬢様がこの世界を幸せの国にしたんです。

 幾多の崖っぷちを勇敢にも飛び越えて、多くの人を救いたいと願って」


 うふふ、ありがとう。

 私の願いを助けてくれて、私達を守ってくれて。


 ザイト様は私の涙を拭いてくれようとしました。でも。

「駄目ですよ」

「私にだって、お嬢様の涙をお拭きする権利位あるでしょう?」

「駄目です。私に触れていい殿方は、旦那様とお父様、子供達、孫達だけですよ」


「嫌われたもんだなあ」

「何を今更」


 結局最後まで、この偉大な恩人を好きになる事が出来ませんでした。

 今こうやっている間も、この人のお陰で末期の苦しみを和らげて頂き、安らいでいられているというのに。


「皆さんをお呼びしますよ。お気持ちを安らかに」

「お願いしますね」


******


 子供達が、孫や曾孫達も。

 他国の国王陛下達が私を見舞ってくれました。


 みなさん、ありがとう。

 そしてさようなら。


 また天の国でお会いしましょうね。


******


 ITO創立20周年、奇しくもツンデール王妃生誕40周年にも当たったその年に公開された映画。

 動画改め映画と改称されたフィルム投影式の映画

「ガケっぷち令嬢の大乱戦記」

 全5部作、累計8時間に及ぶ超大作。


 制作に参加しか各国元首を平等かつ均等に主人公にすべきで、お嬢様は狂言回し的でいいのでは、という意見もあったが私は即座に却下した。

 何よりその意見を知った各国元首がその意見に一斉に反対した。

「歴史を知らぬ愚か者が!」

「実際にあの場に居ればそんな糞の様な発言など出来ようはずがない!」

「女神ツンデールの尊さと美しさは本人でなければ再現できまい!」

 最後のは兎に角。


 で、当の本人はと言うと。

「ムッキー!!ムキムキー!やっぱり上映禁止ー!!」

 女神というよりお猿さん?


「でも全部本当の事ですよ!」

「とってもステキでしたあぁ」

「ぐぬぬ」


 当初はどっかの国王はじめ本人達が主演するべきと熱望されたが、流石に40で10代を演じるのは無理ありあり過ぎる。

 各国から女優陣を募って撮影された。妥当だ。


 それでも「そこを何とか本人で!」って熱望が寄せられたが、本人達が自らを演じた『ガケっぷち令嬢、命のパンを焼く』は世界中の学校で上映されてるからいいじゃないですか。


 私も「実はイケメンだった!」という嘘情報が信じて貰えるしね!

「「「それはナイ」」」解せん!


 結局最終章では超若作りした本人達が顔見世的に出演して、どっかの国王達は泣いて喜んだ。

 歴史の記録としての意義もあるだろうね。


******


 脚本は世界でも高名な劇作家の素案を元に、鬼才フジョシーがその目で記録した部分と過去を検証し、さらに文才があるスイサイダが「ちょっとは自重願います!」と訂正を加えて完成させたのだが。


「ムホー!ヌホー!」

「うふふふ!」

「ヌヒー!アッハー!」

「はああ~ん!」


 何だこの異様な執筆風景?!

 私が渡した過去の記録に何だか異常な反応が!


「うわ!なにこの二人」

 そこでドン引きしてないで、カチソコーネも手伝ってね?

「うげええ」


 劇作家では描き得ない史実のドロドロ感や、大仰に描かれた部分が実はお嬢様がスパーンとアッサリ判断されたり、等々の修正を劇作家に申し出ると。

 その大家は「そんな馬鹿な」とあきれ果てて、ひたすら感心した。

 歴史の実像なんてそんなものです。


 サンズーノの攻防、ジゾエンマの開拓。

 シャクレ四世の魔女狩り撲滅、最初の万博、物産展。

 豚女襲来、アストル大陸侵略者殲滅と天然痘との戦いとシャクレーヌ崩壊。

 東方海路開拓、サボンとの国交。

 第一次世界大戦、その後のアクバルの滅亡。

 第二次世界大戦、原爆と言う狂気の産物、その正反対に敵をも救うお嬢様の作戦。

 戦後の世代の分断を繋ぎ留めんとした高速鉄道、世界外交旅行。


 これらが僅か20年以内で行われた、その奇跡。

 ま、鉄道やら飛行機やらは私の趣味の所為だけどね。


 念願の大予算、大特撮で綴ったお嬢様達の物語。

 時に若いころのキャロチュの歌の音源を使い、ウタによる東西音楽を融合させた楽曲も使い、時に私が敬愛してやまない故郷の作曲家の音楽を再現しつつ綴った超大作。


 お嬢様を知る次世代の国王達の喝采を受けつつ、一つの歴史の教科書として5年の歳月を懸けて完成させましたよー。

 どうですかお嬢様!


「恥ずかシーッ!」

 ヒデェ。


 でもマッコー、ナゴミー、トリッキ、クローネ、クレタ、ケニエ、クリナ、フナノリア。


 ムンチル、キャロチュ、キューソ、コマ、ウタ、ツネ。

 児童合唱に参加してくれたメリッサ。


 脚本を書き上げたフジョシー、スイサイダ、カチソコーネ。

 部下を引き連れて見に来てくれたマケネーデア。


 彼女達の子供達も夢中で見てくれている。


 この五部作は世界中で物凄い動員数を得て、莫大な製作費が楽に回収出来た。


 ある程度以上の利益は国際救命会や各国の義倉に回された。

 それは政策に参加した各映画会社の同意を得てだったが、こんなヒットすると思わなかった各社は悔しがった。

 そういう欲は掻くものじゃないよ。

 あくまでお嬢様の物語で得た利益は、お嬢様の願いの通りにあるべきだ。


 このフィルムに再現されたあの日、あの時の思い出は、これからも世界の人々にお嬢様達の熱い思いを、みんなで作る幸せの国への願いを伝えてくれるだろう。


******


 その後、お嬢様の愛すべき友人達が。

 そしてお嬢様が、天の門に向かって旅立った。


 私には、今は亡き愛するスイサイダとカチソコーネが我が子と愛した養子達が、その孫達が。

 困窮世帯から救った孤児院の子供達が残っている。

 しかし、既にこの孤児院から旅立って世界の頭脳として活躍している、この子達の兄貴分、姉貴分が常にこの子達を見守ってくれている。


 三人でオムツを取り替えたり夜泣きをあやしたり、大祝日にお芝居を演じたりお祭りを開いたりして楽しんだ、実の子ではないが何物にも替え難い愛しい子供達だ。


 その子達も世界を動かす中堅となって、今ではお嬢様の忘れ形見、アイサーレ殿下と共にITOで世界の為に活躍している。


「ザイト様は、また他の世界に向かわれるのですか?」

 アイサーレ、ITO事務次長を長く勤めている世界の重鎮が、お嬢様の葬儀の後に寂し気に問いかけた。


「孤児院は次世代に託した。

 私の子供達も、いまでは初老。私の方が若く見える位だ。

 もうちょっとだけ彼らの安定を見届け、適当なところで失礼する、

 いや、この世界から引き剥がされるんだろうねえ」


「先生。

 世界を救って頂いた恩人である貴方に、それはあまりに寂し過ぎますよ」


「私もその通りだと思うけどね。

 だが何時この世界から連れ去られるかは、どっかの誰かさん次第だ。

 いつだって私に選択の余地はなかった」


「本当の事なんでしょうけど…残酷ですね」


「ただ、いつでもどの世界でも、私は愛する人達にお別れを告げ、使命を終えた時にね。

 別の世界に吹き飛ばされたんだ。

 ここでも、その頃合いなのかなと思う」


 アイサーレ事務次長は私に頭を下げた。


「先生。感謝します。

 この世界を救って下さって!」

「まだ君は駄目だな」

「え?」


 解ってないな。

 だが相手は私がこの世界で愛し、忠誠を誓ったお嬢様の子供だ。

 きっと解ってくれるだろう。


「この世界を救ったのは、お嬢様の熱く強い願いだ。

 あの時、仲間達の為にお嬢様が決死の覚悟をしなかったら、

 あの人の、他人のために自分の苦労を厭わないお気持ちが無かったら!


 この世界は今でも戦乱と飢餓と疫病の只中にあった。


 君は絶対絶命、絶望のガケっぷちを前にして。

 理想を、他人を守るため命を捨てる覚悟が出来るか?」


******


 それが私が魔導士ザイト様を目撃した最後の瞬間だ。

 視界から忽然と、ザイト先生は消えたのだ。


 それ以後3年、魔導士ザイト様は発見されず、行方不明と認定された。

 残された養子たち、私の朋友ツンデール組二世達は嘆いた。


 しかし。

「また他の世界で好き勝手しつつ、人助けしてる。

 そうに違いありませんわ」

 と妹のトビコエールが言い放った。


「そうですわ。

 そして、多くの夫人を魅了しつつ、本命には振られて過ごしてるんですわ!」

 と、妻。酷いな!


「ぶっ!」「その通りです」

「我が父ながら酷い言われ様だが、違いありますまい!」

「ははは!」


 結局、落ち込んでも仕方がないという事でそのまま宴席となった。


「改めて、皆様に先生が私に、この世界に残した最後の言葉をお伝えします。


『君は絶対絶命、絶望のガケっぷちを前にして。

 理想を、他人を守るため命を捨てる覚悟が出来るか?』」


******


 その後10年。


 鉱毒問題が東オーキクテリアで、我が故郷ドデスカでも再発した。

 犠牲者は一生消えない障害に苦しめられ、排水を違法に破棄した会社経営者は全財産を没収されたうえ処刑された。


 更に数年後、ゴリアで奴隷労働を強いていた工場が確認され、反旗を翻した労働者が暴徒となって工場を破壊した。

 これも非人道的な労働の実態が暴かれ、経営者や給与を中抜きした者達は処刑された。


 シャルマ鉄道公社首脳部が横領を働いたため退職者が続出し、運行が不安定になり、現場が運行停止を宣言した。

 シャルマ王家が公社を軍隊で占拠し、首脳部を逮捕、尋問の末裁判にかけ、死刑とした。

 一時とは言え大陸間の高速鉄道はシャルマで分断され、物流に多大な影響を及ぼし、国家予算の何割かに相当する被害が汚職貴族のために消えた。


 この様な悪意ある経営者や官僚は貴族だろうと平民だろうと、私は極刑にする様訴えた。


 ブンメードとオーキクテリアの学校で、異常なまでの国家批判やITO批判が行われ、その張本人がハゲタカール残党と判明した。

 女性蔑視、平民蔑視、異教徒異民族排除という妄想に取り付かれた狂人の群れ。

 首謀者は猛獣による食刑となり、その様はラジビで世界に報道された。

 残酷な死刑に批判が高まったが、私はそれにも反駁した。

 結局、理屈を言っても解らない奴は極刑で脅すしかない。それでも狂人は発生する。悪人はいなくならない、人間である限り。


 暗殺も何度も何度も狙われた。しかしその都度救われた。

 ザボンか我が国の特殊部隊だろう。

 彼女達は「ツンデール様への恩返しです」と一言言って去っていった。


******


 世界は完全に安定した訳ではない。

 しかし、それでも安定を得ようと必死に抗っている。


 父上、母上。

 私達を見ていますか?


 私は、我が愛する妻メリエンヌ五世陛下と我が愛する子供達。

 友たる各国の国王達はこの世界を守っています。


 父上。母上。亡き国王陛下達。

 どうか見守って下さい。

 この幸せの国々を、永遠に守らんとする私達の戦いを。


 そしてザイト様。

 先生が言った通りなら私の願いは届かないでしょう。でも!

 もし貴方が言っていた様に、私達の世界とは違う世界へ放り出されたのなら。


 その世界にも、私達と同じ様な祝福を齎して下さい。

 願わくば、貴方の孤独を癒してくれる、美しい妃と結ばれん事を。


 そして忘れないで下さい。

 母ツンデールがガケっぷちを何度も飛び越えつつも勝ち取った、

 この幸せの国々の事を、永遠に。


******


「ガケっぷち令嬢の大乱戦記!勝ち取りますわ幸せの国!」

 終

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