カーネーション ​─────── いとうみく

親と子どもは所詮他人なのだ、と、最近よく思うことがある。突き放すような悲しい言い方だと感じるかもしれないが、決してそういう訳では無い。親と子どもとは、いちばん近く、それでいていちばん遠い存在であると感じる。この物語は、そんなことをそっと悟らせてくれるような、それでもなお温かい物語だ。

わたしのことについて話そう。わたしの母はとても厳しい人だった。小さい頃から母の言うことは絶対だったし、叱られて泣いた記憶も山のようにある。しかし、弟が生まれて、わたしたちが成長すると、母は丸くなった、と思う。というかそれは寧ろ、わたしが母のことを色々な面から捉えられるようになったということなのだと思う。幼い頃はただ怖かった母が、今はひとりの人間としてわたしと向き合っている。わたしと母は親と子として、それでいて他人としても機能しているのだ。世話をしされる関係ではなく、意見を交わしコミュニケーションをとる関係へと変わったのだ。

三年ほどまえ、わたしの祖父が亡くなった。それ以降、祖母と母はよく私の前で祖父との思い出を話す。わたしが産まれたときから母であった人に、わたしと同じ学生時代や青春があったとは少し不思議だ。でも、知らない母の顔を知れるのは嬉しかった。

親と子どもというのはお互いに、【親】【子ども】というベールを被っているのだと思う。わたしたちは無意識に、相手が人間である前提を忘れてしまうのだ。親子だから芽生える特別な感情があり、親子だから気づけない当たり前の感情がある、ように思う。

この小説は家族の中にある個人を丁寧に記している。わたしたちは家族の中で、それでも人間であると気付かされる。お互いにぶつかり合うこともあるし、理解し合えないこともある。そのことに、当たり前なのだが、改めて気付かされた。家族という小さいコミュニティは居心地がいいが、同時に狭く息苦しいものでもある。家族という関係に甘んじることなく、お互いがお互いを理解しながら進む姿勢が何より大切だと感じた。

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わたしの本棚。 幻中紫都 @ShitoM

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