舞姫 ─────── 森鷗外
学校の授業で舞姫を扱った。言わずもがな、森鷗外の名著である。近代自我の目覚め、というキャッチフレーズは耳馴染みのある方もいるだろう。舞姫と言われて、わたしは直感的に、明るく楽しい恋物語なのだと連想した。しかし今精読してみて、全く異なる物語であったことに驚かされると共に、森鷗外の繊細な人間性に触れた。
エリートコースまっしぐらだった主人公太田豊太郎は、舞姫のエリスと出会うことで人生が変わる。彼は誰かに指図されない自由を手に入れる代わりに、責任という重圧に苦しむことになる。豊太郎はわたしの目に、鳥かごから放たれ自由になった鳥のごとく写った。自由を得た鳥は空を舞うが、そのうちに道に迷う。広い世界の中で、自分に葛藤するのだ。その葛藤は、異国での恋愛という非日常の中に取り入れられた【日常】。誰もが持つ漠然とした不安。揺れる心。格式ばった作品の中で、その感情だけは繊細に流れている。
この作品を読むまで、わたしにとって鷗外は天才と言うべき文豪であった。軍医でありながら小説家としての才覚を発揮し、様々な名著を生み出した。それは強い意志と行動力から生まれたものであり、いつの間にか、森鷗外という文豪をそうした異次元の存在として位置づけていたことは否めない。しかし、学校の授業で森鷗外の【諦念】という考え方を知り、彼は多くの選択を諦めて来たのだということを知った。名家に生まれ、医師という未来を確約され、エリートとして生きる。それは決して幸福な人生とは言えなかったのではないかと考える。これも授業で知ったことなのだが、鷗外は亡くなるとき、自分の墓にはただ【林太郎】という文字のみ刻むよう頼んでいたという。鷗外の人生には、その輝きの裏に、一抹の哀しみがあったように思われる。それは【舞姫】という作品の中で、非日常の色を持ちながらも、はっきりと、丁寧に記されている。
わたしは太田豊太郎を知りながら、森鷗外という人間像を見ていた。舞姫は、彼の人間性、心の内が、繊細に綴られた作品であるように思う。
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