【短編】旅行の2日後、大人は死にたくなる

ほづみエイサク

旅行の2日後、大人は死にたくなる

 ボクはいつも、旅行先でぬいぐるみを買う。


 観光地には必ずと言っていいほど動物園や水族館があって、そこで彼らに出会ってしまう。


 往々にして一目ぼれしてしまって、気付けばぬいぐるみとレシートを手に持って、店の外に出ている。


 そんなことを数回繰り返してしまって、タンスの上はぬいぐるみでいっぱいだ。



 今回の2泊3日旅行とて、例外じゃない。



 今回の新しい家族は、小さなイルカのぬいぐるみだ。

 しかも、ただのイルカではない。

 ピンクとシアンが混ざった、ファンシーな体色をしている。

 風邪をひいた日に見る夢か、危ないお薬の幻覚にでてきそうな見た目だ。

 

 普段はリアルな体色のぬいぐるみしか買わないのだけど、そのイルカは異様に気になってしまった。


 手に持って、細かい部分を確認していく。



(うん、かわいい)



 毛並みはとてもいい。

 触っているだけで気分が安らいでいくほど、フワフワとしている。


 体にはキラキラとした星がちりばめられおり、ファンシーさをさらに際立てている。


 目はクリクリとして大きいのだけど、よく見ると白目部分は赤い。

 まるで、3徹した後のサラリーマンみたいだ。

 


(お前も苦労しているのか?)



 そう思ったら、一気に親近感が湧いて、買わずにはいられなくなった。


 値段も気にせず、レジに持っていった。

 それから、キャリーケースの中にしまって持ち帰った。



 それから紆余曲折ありながら今、ボクは旅行から帰ってきたところだ。

 目の前には築25年の一軒家だ。


 入ろうとした瞬間――


 ブブブ、と。


 ふとポケットの中のスマホが揺れた。

 電車内でマナーモードにしていて、そのままになっていた。


 取り出して画面に目をやると、旅行の最後にとった集合写真が送られてきていた。

 全員で8人の成人男性が、水族館の前でポーズをとっている。

 大学生時代のサークル仲間たちだ。



(あーあ。楽しかったな。ご飯もおいしかったし、温泉もよかった)



 そんなことを考えながら、玄関の鍵を回す。



「ただいまー」



 誰もいない家に挨拶をする。

 返事が返ってこないことに少しだけ寂しさを感じながらも、キャリーケースのホイールをウェットティッシュで拭いた。


 それからキャリーケースを開けて、服を取り出す。


 

「さっさと洗濯しないと」



 洗濯機に放り込んで、スイッチを押す。

 それからお土産を取り出したり、


 そうこうしているうちに洗濯機が鳴って、浴場に干して乾燥機を動かす。


 旅行の後始末を終えて、やっと一息つけた。


 すると気が緩んだせいか、眠気が押し寄せてきた。



(あ、明日仕事だから……)



 なけなしの力でスマホを操作して、アラームをセットする。


 そして、泥のように眠ってしまった。 

 



◇◆◇◆◇◆




 旅行の次の日。

 ボクは元気に出勤した。


 リフレッシュした分、やる気がみなぎった。

 だけどそれが続いたのは、職場に入る前までだった。


 見慣れたオフィスに、代り映えもしない同僚たち。


 一気にテンションが下がってしまった。


 まず、朝礼が始まる前にお土産を配った。


 その中で、一番厄介なのは『お局さん』と呼ばれる中年女性社員だった。



「随分、楽しんできたみたいね」



 お局さんはボクに顔を向けずに言った。

 声音からは何も読み取れないけど、静かな威圧感を放っている。



「はい、お陰様で」



 にへらと愛想笑いを浮べながら返しても、お局さんの態度は変わらない。



「楽しんだ分、がんばりなさいよ」

「はい。もちろんですよ」



 すこし遠ざかってから、気づかれないようにため息をつく。



(言われなくてもわかってるんだよ)



 席に座るとき、ついつい大きな音を鳴らしてしまう。



(あー。最悪の気分だ)



 モチベーションが下がりきったまま、ウダウダと仕事を始めた。


 特にトラブルもなく、午前終わりのチャイムが鳴り響く。 


 だけど、すぐに違和感に気付く。


 

(なんか、異様にお腹が減っている)



 いつもは昼飯を抜いている。それで問題なかった。

 だけど、今日はお腹が鳴ったのだ。


 原因にはすぐに気づいた。


 旅行の間は、お昼をしっかり食べていた。

 そのせいで、胃袋が大きくなってしまったのだろう。



(ああ、しんどい)



 生活リズムが崩れてしまったことに嫌気が差しながらも、昼飯を買いに行った。


 それからは大変だった。


 トラブルの連続で、その対応に追われ続けた。


 休みをとる余裕がなくて、夕食だってまともに食べられなかった。

 だけど、忙しすぎて空腹感なんて吹き飛んでいた。



 結局、家に帰ってきたのは、時計の針が回ってしまう頃だった。



(この時間、3日前は何をしていたかな)



 旅行をしていたときは、旅館の一室でサークル仲間たちとボードゲームをしていた。


 その光景を思い出すと、今の静寂がとても痛々しく感じてしまう。


 冷蔵庫うから、お土産で買ってきた雲丹めかぶ取り出して、一口食べる。

 口いっぱいにあまじょっぱい旨味が広がる。


 おいしい


 そう感じても、感情が全く動かない。


 頬がピクリとも動かない。


 

(ああ、なんで旅行が終わっちゃ多野かな)



 ふいに、帰りの新幹線ホームでの出来事を思い出した。


 サークル仲間たちと別れた場所だ。


 新幹線が来るまでの間、皆で職場の愚痴を話し合っていた。


 そんな中突然、轟音とともに突風が吹いた。

 新幹線が通過していったのだ。

 あまり重要な場所ではないから、半分の新幹線は素通りするような駅だった。

 

 風を感じるだけで足がすくんでしまうような、圧倒的な速度と質量を感じた。



(あの瞬間、新幹線に飛ばされたらどれだけ幸せだっただろうか)



 お土産も、この体も、全部バラバラになって、雲一つない青空を飛んで行ったことだろう。

 きっと幸福感の中、強烈な解放感を噛みしめることができたはずだ。


 

(でも、ボクにできるのは妄想まで)



 実行する勇気なんてない。


 いつもこうだ。


 旅行の二日後、ボクは死にたくなる。


 それなのに、来年も旅行に行ってしまうのだろう。

 

 それで、メチャクチャ楽しんで、辛くなって、死にたくなって――また楽しんで――



(そんな生活は、いつまで続いてくれるのかな)



 きっと、友達のみんなは、そのうち結婚するだろう。

 それだけ魅力的な人たちだ。

 ボクがぬぐるみを買うことをバカにしないし、それどころか催促してくるような優しい人たちだ。


 だけど、ボクはそうじゃない。

 取り柄なんて何もなくて、友達に大事なことを伝えられていない卑怯者だ。



(ボクだけは置いて行かれるんだろうなぁ……)



 彼らにその気がなくても、自然とそうなるだろう。


 切なくなって、助けを求めるように周囲を見渡す。

 薄暗く光る置時計に、自然と視線が向く。


 いつの間にか、時計の針は一周していた。

 つまり――



〝旅行が終わって2日目〟



 幸せだった日々は遠ざかっていく。



(また来年も行こう、か)



 約束したけど、次はもう無いかもしれない。


 そう考えた瞬間、切なさが限界になって、床に落ちていた『イルカのぬいぐるみ』を抱きしめた。


 まだタグも切っていない。

 だけど、少しだけ水族館の匂いが残っている気がした。


 気付いた時には、屋根の上に座っていた。

 よくあることだ。


 空を見上げると、真っ暗闇だ。おそらくは曇っているのだろう。


 ボクは何も考えることができなくて、暗い夜空を眺め続けた。


 すると、突然突風が吹いた。


 一瞬、新幹線を思い出す。



「……ぁ」



 あまりにも唐突な衝撃で、とっさにイルカのぬいぐるみを手放してしまった。


 悲鳴も上げず、ピンクのイルカは落ちて行ってしまう。


 慌てて屋根から家の中に戻って、取りに行く。



「無事か?」



 細かく確認すると、左目に大きな傷がついていた。

 

 その姿をみた瞬間、とてつもない恐怖に襲われた。

 理由は自分でもわからない。

 

 いや、見て見ぬ振りをしているだけだ。


 きっと、ファンシーなものでも傷つくと知ってしまったからだろう。 


 我慢できずに涙を流すと、イルカのぬいぐるみがしっとりと濡れていった。



≪その夜、夢を見た≫



 ボクはピンクのイルカ車を運転していた。


 サークルの仲間も一緒に乗っていて、意味もなく笑っている。


 ボクがハンドルを大きく切ると、車はクルクルと回転していく。


 すると、ヘリコプターみたいに空を飛んで、皆で大はしゃぎだ。


 そのまま空のドライブを満喫し続けた。


 だけど、空の天井にぶつかって、イルカとボクたちは爆発四散してしまった。


 全部バラバラになってしまったけど、皆仲良く混ざり合って、一つになって、ピンクの新幹線になった。


 ポッポーという音とともに、ビチャビチャ水音を立てながら発進する。


 足を動かすとグングン進んでいって、ロケットみたいに突撃していく。


 目の前にはたくさんのビルがあった。


 全然止まる気はしない。


 少しわくわくしながら、ドカーンと激突した。



 すると、ボクは実家にいた。



 仏壇の前にいて、両親の遺影が並んでいる。


 何してるのー?


 声が聞こえて、振り向くと両親がコタツに入っていた。

 ボクもコタツに入って、のびのびと脚を伸ばした。

 コタツを独り占めだ。


 それから、3人揃ってテレビを見た。


 ベットの上で、ただ苦しそうに呼吸を繰り返す人の顔が映し出されている。

 

 そんな番組を見て、3人で大声で笑った。

 こんなの現実的じゃない、と。


 ゲラゲラと。


 ずっと。永遠に。いつまでも。




 そんな、とっても幸せな夢。


 




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この作品に登場する『イルカのぬいぐるみ』は『ゆめいろドルフィン』という製品を参考にさせていただきました<(_ _)>

雲丹めかぶはメチャクチャうまいのでオススメです(*´▽`*)

雲丹特有の磯臭さはあまりなく、あまじょっぱく煮詰まれためかぶの佃煮と雲丹の旨味が合わさり、上品ながら病みつきのおいしさでした

白飯がすすむすすむ


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