わたしの中に、好きな人

然℃ [nendo]

わたしの中に、好きな人

 わたしには透真とうまという双子の兄がいる。

 透真は五歳のとき病気で亡くなり、現在はに同居している。


 なぜ、わたしの中で透真が目覚めたのかはわからない。気づいたらそうなっていたとしか。

 わたしたちは、日替わりで身体を動かす担当を交代している。

 昨日は透真で、今日はわたし。


 ***


「宮田先輩、好きです。俺とつきあってくれませんか」


 高校にはいって、男性から告白されたのは、これで三人目。今回の相手は後輩の男の子。

 勇気を出してくれてありがとう。でも、しってるよ。あなたが好きなのは透真でしょ。わたしじゃあないよね。


 透真は、男性からはもちろん、女の子たちからも、とってもモテる。

 なぜなら男子とも会話がはずむし、女子のフォローも上手くて、嫌味がない。

 そして、バスケが上手くて、ギターが弾けて、数学が得意だ。


 それは全部、わたしにはないもので、同じ身体を使っているのに、どうしてここまで差がひらくのか不思議でしょうがない。


 いいね、透真は人気者で。わたしは、これまで誰かに告白されたことなんて一度もないよ。



 五時間目のバスケの授業中。

 コートに立つと、みんなが期待を込めて、わたしにパスをよこす。透真だったらドリブルでそのままゴール下に向かっている場面。でもわたしは透真じゃないから、もちろんボールを上手くさばけない。

 すると、友だちは、


「あはは、今日の史穂しほはポンコツの日だ。かわいい」なんて。


 ――つらい。悪気ないのはわかってるんだよ。事実ポンコツだしさあ。


 先生は健全な精神は健全な身体に宿るとおっしゃるけれど、何事にも例外はあるわけで。

 わたしの心はコンプレックスでできている。


 ***


 その晩。わたしが眠りにつくと、ほどなくして透真がやってきた。


 わたしと透真は夢の中で、その日あったことの報告を日課にしている。

 わたしたちは記憶を共有することで、周囲との関係性に齟齬がないように調整をしているのだ。


 わたしは、後輩の男の子から告白を受けたことを透真に伝えた。


「――って、ことがあったの。明日にでも、後輩くんに返事してあげて」

「その場で断ってくれてよかったのに」

「なんでそんなこというの。彼は透真のことが好きなのに、わたしが返事したらおかしいでしょ」

「いっしょだよ。誰にだって性格には振れ幅があって、ずっとフラットに精神状態を維持してる人なんていやしないんだから。高校では史穂のふりをせずに好きにさせてもらっているけど、それでも”透真”の存在に気づいた人はいない。みんな自分が見たいように人を見て、他人の内側になんて、そこまで興味がないんだ」

「透真はずるい。すぐにややこしい言い方をして、逃げようとする。とにかく明日、返事してあげてね。わたしも引っ張られるのは嫌だからね」


 そして透真は、これまでと同じように後輩くんをできるだけ傷つけずに、優しく断るのだろう。


 以前に一度、「誰を好きになってもいいんだよ」と透真に伝えたことがある。わたしは透真にも自分の人生を生きてほしいから。そしたら、


「例えば、私が女の子を好きになって、つきあったとする。その相手が史穂にむかって友だち以上の関係を求めてきたら、どうするの」

「……透真って女の子が好きだったんだ」

「例えばつってんだろ、人の話を聞け。男とつきあったとしても、同じことだから。史穂は好きでもない男子とキスしたいと思えるか、ってはなしなんだけど」


 無理、かな? えっ、どうなんだ。わからない。でも、多分無理。


「ね。そういうの面倒だから、私は恋愛とかいらない」

「そう。じゃあ、わたしも透真のために、一生彼氏をつくらないから」


 嫌味のつもりでいったのに。


「私は、史穂が好きになった人なら、男でも女でも、同じように愛せるけど。だから史穂こそ好きにしたらいいんじゃん?」


 ***


 ほどなくして、わたしは四度目の告白を受けた。

 相手は図書委員会でよく一緒になる同級生の東くん。背が高くて、おっとりしていて、本と映画の話を、わたしにしてくれる人。


「宮田さんが、この前気になるっていってくれた映画、よかったら一緒に見に行きたいなって、思ってるんだけど……」


 あの東くんが緊張してる。かわいい人だなと、はじめて思った。


「わたしでいいの?」

「うん……もちろん。宮田さんと一緒に映画をみれたら、きっと一生忘れない思い出になると思うから」


 本当にわたしでいいの?


「俺の話でいつも笑ってくれる、宮田さんが好きなんだ。だから、となりにいてほしい。よければ、俺と……」


 ねえ、透真。わたしのことを好きって言ってくれる人がいたよ。

 こんなとき、どうしたらいいの?


 どうしよう。


 ***


 その日、わたしはなかなか寝付けなかった。深夜を大きくまわって、ようやく意識を失い。そして夢の中。


「東は、いいヤツだよ」

「そうなの。すっごく。でも、恋人になりたいのかはわからない。……ねえ、どうしよう。わたしは多分、東くんのことを、彼の気持ちに釣り合うくらい、好きになりたいんだと思う。でも、そうなったらと思うと、すごく、怖い」

「知ってる。史穂は、自分で選択することで、何かが変わることが怖いんだ」


 ……うん。きっとそうだ。

 なんで透真はわたし以上に、わたしのことを知っているんだろう。


 わたしは、自ら望んで、透真の陰でいることを選んでいた。

 劣等感があるフリをして。選択をすべてゆだねて。だって、それが楽なんだから。

 そうか、わたしは引きこもりたかったんだ。


「大丈夫。私はどこにもいかないから。そろそろ彼氏をつくりなよ。東なら、私も会話していて楽しいしさ」


 そりゃ透真が、東くんと仲良くしてくれたら、うれしいよ。

 でも、もしもわたしが東くんを好きになったあとに、透真と東くんが、わたしのいない場所で仲良くすることを、わたしは許せるのだろうか。

 

 ダメだ。わたしはきっと嫉妬する。

 嫉妬。誰に? どっちに?


「どうしよ。……わたし、透真を誰にもとられたくない」


 知らなかった。わたしは透真を独占したかったんだ。

 透真に対する気持ちは恋ではないのだろうけど、それよりももっとずっと大きななにか。


 透真は深い、深い溜め息をついた。


「私にとっての本物の世界はこの夢の中で、私が唯一守りたいものは、史穂と過ごすこの時間だけなんだよ。でも、ここでは私は史穂にふれることすらかなわない。生前に病気で寝込んでいるときに、史穂が手をつないでいてくれたよね。あの日、触れた手のひらのぬくもりを、私は今でも覚えてる。人間には、肌を重ねて触れ合うことが必要なんだ。それだけは、私では与えてあげることができない」


「透真……」

 わたしだって、透真に触れたいよ。昔、透真が中学校に入ったころ、透真が女の子の輪に溶け込めずに疎外感を感じて苦しんていたとき、どれだけ抱きしめたかったことか。


「それに、私は現実世界だって楽しませてもらってるよ。今はバスケもギターも、好きなことをさせてもらって、本当に幸せだから。だからね、史穂も幸せになるんだよ」


「透真。消えないでね。一生そばにいてね。この先、東くんと別れても、どこかの誰かと結婚しても、絶対に一緒にいて。何があっても、わたしの一番は透真だから」


「……つきあう前から別れたあとの想定なんて、東が可哀想だよ」


 透真が苦笑した。


 ***


 東くんと交際をはじめて、わかったこと。

 彼は、わたしだけを好きなわけではなくて、透真のことも好きだった。

 東くんからすれば、透真とわたしは同じ人なのだ。


 でも、それが答えなのかもしれない。

 わたしと透真は、もう分離できないくらい、お互いにまざりあってしまっている。


 指先をつなぐことはないけれど、恋人よりも、夫婦よりも近い人。

 わたしは、わたしを大切にしようと思う。


[おわり]


 ***


 おまけ


「たとえば、わたしと透真の特徴をまぜあわせて、三人目の人格がつくれたら、それはわたしたちの子供ってことにならないかな?」

「え、何その発想(怖)……」


 どっとはらい

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わたしの中に、好きな人 然℃ [nendo] @macaloco

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