【番外編】セカしきのバレンタイン

佐倉しもうさ

ある日の三人

 今日は2月12日。バレンタインデーの二日前。……などと言うと、僕がものすごくバレンタインデーを意識しているみたいで非常に不満なのだが、それも仕方のないことだ。


 なぜなら今日は――ツツジとノワキの二人に、「あなたに渡すバレンタインのチョコ選ぶからスグルも来て!」とものすごく直球に誘われたのだから。


 僕は二人と共に、電車に乗っていた。


 乗車時間はたかだか数分。だというのに……


「ママー見て! 8500系!」

「あらほんとねぇ」


「そこの電車好きの坊や、残念だけどあなたは幸せな人生を歩めないわ」


「な、なんですかあなたは! うちの子になんてことを……!」

「じゃああなた、将来その息子が撮り鉄になっても祝福できるの?」

「ふざけないでください! その質問は卑怯です!」

「……ママ?」


 ノワキが見ず知らずの親子の平穏な時間をぶち壊しにしたり……


「この場でいちばん醜いそこの陰キャ眼鏡! とってもかわいいこの私に席を譲るんだわ!」

「へ、お、俺……?」

「そんなスクラップ処理後みたいな顔面の持主、あなた以外に誰がいるんだわ? 分かったらどいてほしいわ。はやく言うこと聞かないと痴漢冤罪で騒ぎ立てるわ?」

「は、はい……」


 ツツジが目に付いたオタクに席を譲らせていたり……


 相変わらず、隙さえあればトラブルの種を開花させるのが上手な二人である。


 正直こんな奴らにチョコなんてもらっても、喜べるかどうか微妙なところだった。



   ☽

 


 世間様に多大なご迷惑をかけつつ到着したのは、様々な施設が一つ所に押し込まれた大型ショッピングモール。田舎の象徴たるイオンモールであった。


 僕らは多種多様なチョコレートが売られているバレンタインコーナーで足を止めた。


 そこには子供から大人まで、多くの女性がチョコを物色している姿が認められた。僕らのようにカップルで来ている者もいる。この分なら、この空間で僕だけ浮くということもないだろう。


「今この場にいる、好きな人への贈り物すら市販品で済ませようとするような志の低いあなたたち! そんなあなたは片思いしているなら上手くいかないし、既に両想いなら長続きしないんだわ!」

「お前も市販のチョコ買いに来たんだよな? ツツジ、僕たち別れよっか」

「やっぱり今の言葉は撤回するわ!」


 ツツジが非常識なのは変わらないが、最近は別れをちらつかせれば大人しくなるので、以前よりはマシだという説があった。


「それよりスグル、あなたチョコの好みはある?」

「高くてたくさん入ってるのがいい」

「甘いの好きなのね」


 ノワキの質問に、僕は正直な回答をぶつける。


 僕はチョコならなんでもよかった。


「せっかく手作りしようと思ったのに、市販の高級品の方がいいの?」

「作る気だったのか? ならなんでモールなんかに」

「材料の板チョコを買いにきたの。近くのスーパーじゃ味の種類が少ないから。ツツジも同じよ」

「……そうだったのか?」


 僕は、バレンタインコーナーで騒ぎすぎて「他のお客様のご迷惑になりますので……」と店員から出禁を食らいかけているツツジに訊ねる。


「そ、そうだわ? だから当日は楽しみにしてるんだわ、スグル!」


 と、はにかんで顔を赤らめつつも首肯してくれた。


「それで、ねえスグル。強いて言えば何味が好きなの?」


 そして隣に立つノワキが、僕を見上げるようにして笑いかけてくる。


 ……僕らは、半年前よりはだいぶ素直になれている気がした。

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【番外編】セカしきのバレンタイン 佐倉しもうさ @shimousa_7

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