ぞっとする短編実話怪談『怪奇!!夜霧のスナック』
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ぞっとする短編実話怪談『怪奇!!夜霧のスナック』
昭和から平成へと時代が代わる頃……
あの恐怖は、僕が東京から出張で初めて神戸を訪れたときに体験しました。
会社で宿泊先を探していた時、「三宮の駅前に無料朝食付きのビジネスホテルがあるよ」と、同僚から教えられ早速電話しました。
しかしその日はポートアイランドで学会があり、国内だけでなく世界中から出席者が来日するため、神戸市内のホテルは全て満室です。
大阪のホテルも調べましたが、空室のある高級ホテルは社内既定の宿泊費を遥かに超え諦めざるを得ません。カプセルホテルも同じ境遇のサラリーマンたちに先を越されすでに満室です。
次の日は朝早くから神戸支社で重要な会議があり、焦った僕は再び神戸市内のホテルに電話をかけ続けました。
そして運よく一室だけキャンセルの出たPホテルを場所も調べず予約しました。
それから一週間後…
京都での商談を終え、三宮駅に到着したときはすでに夜の八時を過ぎ、チェックインの予定時間を二時間もオーバーしました。僕は慌ててタクシーに乗り込みPホテルに向かいます。
車は街から山へ、そして深い森の中へ……道はカーブが多く街灯は全くありません。まるでブラックホールに吸い込まれるような気分です。
「不便な森の中のホテルに泊まるなんてお客さんも物好きだね。部屋がなかったの?」
ドライバーが僕に話しかけましたが、車酔いと疲れで会話をする気力もなく「ええまあ……」と適当に返事をしました。
タクシーを下車しPホテルの周りを見渡すと何もなく、急いでいたとはいえ駅で夕食の弁当を買わずに来たことを後悔しました。
フロントデスクの卓上ベルを鳴らすと、奥から三十代の男性スタッフが出てきました。宿泊者カードに名前と住所を書き支払いを済ますと、「この辺りに食堂はありますか?」と男性に尋ねました。
「食堂はないですが、ホテルを出て右に歩いて五分のところにコンビニがあります。すぐにわかりますよ」
僕は部屋に荷物を置き、ルームキーと財布だけを持ってホテルの外に出ました。
道は月の明かりで何とか見えました。
ホテルを出てからすでに五分以上歩いていますがコンビニはありません。
夜霧も出てきたので、あきらめてもう帰ろうか、と思っていると数十メートル先にぼんやりと灯のようなものが見えてきました。
歩を進めるとそこはコンビニではなく小さなスナックでした。
いまさら引き返す体力もなく、食べるものぐらいはあるだろう、と木の扉を開けました。
薄暗い店の中に三人掛けのソファと硝子のローテーブル、カラオケモニター、そして五席のバーカウンターがあります。誰もいないので「すみません」と、カウンター奥の厨房に向かって声をかけました。
返事はありません。
「誰かいますか?」と、今度は少し大きめの声を出しました。
「はいはい、いますよ。お客さんは地元の方ではないですね」
タオルで手をふきながら、黒いエプロンをした七十代の白髪頭の男性が、笑顔で厨房から出てきました。炒め物の油の匂いが厨房から漂い食欲をそそります。
「出張で初めてこの地に来たのですが夕食がまだで……何か食べるものはありますか?」
「今ちょうど焼き飯を作っていたので、それで良ければお出ししますよ。私が食べるために作ったのでかなりいい加減ですが……」
カウンター席に座るとマスターが皿に盛った焼き飯を僕の前に置きました。
銀色のスプーンは洋食店のように白い紙のナプキンで包まれています。
「これのお代は要らないのでビールだけでも呑んでください」
僕は出来立ての焼き飯を頬張りながら、ビールをマスターのグラスに注ぎました。
「ここは昔、中華料理店でした。でも私の左腕が痛くて動かなくなり鍋が振れずスナックにしたんです」
久々の客だったのかマスターは上機嫌で話します。
「バブル時代はこの辺りに大きな遊園地や会社の保養所がありました。人も多く賑やかだったんですが、時代の流れなのか閉鎖や倒産して今は寂しいものです……ちょっとしゃべりすぎましたね。つまみでも作ります」と、言いながらマスターは厨房に消えました。
その時木の扉が開き……
振り向くと、化粧気のない五十代の白いTシャツを着た美しい女性が、驚いた表情で立っています。
僕はてっきりマスターの奥さんだと思い、「今、うまい焼き飯をごちそうになっていました」と声をかけました。
すると女性が隣に座り僕のグラスにビールを注ぐと、「そうですか。また出たんですね」と、力なく笑い厨房を見ました。
「ここは中華料理店でした。しかしマスターが厨房で首を吊り亡くなりました」
僕は呆然として彼女の顔を見ました。
「えっ!いや、そんなことはない!たった今、マスターの作った焼き飯を食べて話もしたんですよ!!」
「そういうお客さんがたまにいます。私には全く見えないのですが……」
慌てて視線を厨房に送りました。しかしそこは電灯が消え人の気配がありません。
開いた口が塞がらず言葉が出ない僕を見ながら女性は続けます。
「その後マスターと面識のない私が、事故物件になったこの場所を格安で借りスナックにしたんです」
状況を理解するのにしばらく時間がかかりました。
僕はビールを一気に飲み干すと財布から五千円札を取り出し、「受け取れない」という彼女に無理やり手渡し、何も言わずスナックを出ました。
何度も振り返りながら走ってホテルに戻りました。
誰もいないフロントを通り過ぎ部屋に入ると、急に背筋が寒くなり震えが出てきました。布団を頭からかぶり目を閉じました。しかしマスターの顔が脳裏を横切り眠れません。
長い夜でした。
窓の外が白くなったのを確認し荷物をまとめると、タクシーを呼び逃げるようにチェックアウトしました。
それから半年後……
僕は再び駅からタクシーに乗りあのスナックに向かいました。
そしてスナックの前で立ち尽くしました。
崩れかけた木造の建物全体を枯れた蔦が、蜘蛛の巣のようにびっしりと絡みついています。
まるで来る者を拒むかのように……
木の扉は腐り割れ、入り口は背丈ほどもある雑草が覆い茂り、足の踏み場もありません。
あのスナックは見るも無残な廃墟となっていました。
Pホテルに行くとフロントの男性は僕を覚えていました。
そしてあのスナックのことを訊くと、ぽつりぽつりと話してくれました。
「あそこは中華料理店でした。しかし厨房でマスターが首を……絶対誰にも言わないで下さいね」と、念を押し続けます。
「その後中年の女性が借りてスナックにしましたが、客の入りが悪く赤字が続き……そして天井の梁に紐をかけ首を吊り亡くなりました。常連客が発見したそうです」
「そ、それはいつ頃の話ですか?」
「十年以上前です」
僕は廃墟のスナックで二人の亡霊に出会ったのでしょうか?
あれから何十年も経ちましたが、今もマスターが作った焼き飯の味と、寂しそうに笑う女性の顔が忘れられません。
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