最終話 勇者、これからは。

「アッシュ」


「ん?」


「ここにいるメンバー達の縁は、全てお前が繋いだんだぞ」


「……へ?」


「無法者に絡まれる俺を平民だと思って助け、路頭に迷う駆け出しの吟遊に手を差し伸べ、正体もわからぬ聖女を拾い、困る民を無報酬で悪徳組織から救った」


「……」


「それはお前じゃなきゃできなかったことだろうし、別に、『英雄』になりたいからって、派手なことだけをすればいいってもんじゃない」


「王子……」


 王子の言葉は、相変わらず重すぎず軽すぎず、適度な深みを持って俺の心を奮わせる。


「人の心に寄り添い、困っている民に迷わず救いの手を差し伸べ、いかなる難問にも勇気ある決断と不屈の精神を持って挑む……――人の心に残る『英雄』というのは、得てしてそういうものなんじゃないか?」


「……」


 俺は、何気なく呟かれた王子のその言葉を、深く胸に刻み、しっかりと噛み締めた。


 確かに俺は変なところで気にしいだし、冒険者としても戦士としてもリーダーとしても未熟なところだらけで先行きは不安だ。


「……そんなもんっすかね?」


「そんなもんだろ」


「そっか。なら俺にだって、ワンチャン『英雄』に……『勇者』になれる見込みはあるってことっすよね?」


 でも、クソほどに単純だから。褒められればすぐに調子に乗ったりもするし、すぐにまた、前を向いたりもできる。


 それが俺の短所であり、長所でもあるのかもしれない。


「――ああ、そうだな。これからのお前の振る舞い次第ってとこか」


「なんか俺、俄然やる気湧いてきたっす」


「そうでないと困る。俺はお前のスポンサーだしな」


「うす!」


 気合入れて返事をする俺を見て、大いにウムと頷く王子。


「んじゃ、さっそく新しい案件に手を出すか新しい仲間でも拾ってきて……って、シド先輩、さっきからなに小型端末見てにやにや笑ってるんすか?」


 構わずに前を向いた俺は、ふと、目が合ったシド先輩に向かって尋ねる。


「んー? いや、我ながらなかなかよくできたなと思って♡」


 なんだか意味深なことをぬかすシド先輩。一体何事かと歩み寄って、彼の手元の画面を覗いてみると――。


「……? どれ見せてくださいよ……って、ちょ、まっっっ」


 数々の怪しげな〝魔道具〟――それも超高額品ばかりだ――が、〝勇者ブロマイド〟と銘打たれた俺の隠し撮り写真(一枚五千ベニー)と共に、オンライン販売されてるっていう。


「なかなかよく撮れてるっしょ?」


「待ってくださいよなんなんすかコレ⁉︎ いつの間に……っていうか、マジでなんなんすか⁉︎ だれ得なんすかコレ⁉︎」


「なにって……サブ的な資金稼ぎ? いやほら、せっかくギルド設立したんだし、公式サイト作るついでに通販でもしとけばそこそこ貯金も稼げるんじゃねと思って」


「いやだからって、魔道具はわかるけどなんで俺の写真!! しかもまだなんもしてねえ無名戦士だってのに勝手に『勇者』とか!!!!」


「そりゃ王子やアリアの写真売るわけにもいかねえし、俺、こういうのは形からはいるタイプなんだよね〜♡」


「『だよね〜♡』じゃ、ねえっすわ!」


「そのうちキミがマジモンの勇者になりゃ無問題♡」


 べべ〜んと弦楽器を鳴らして、口笛を吹くシド先輩。


 もちろん、抗議しまくって即座に俺の写真販売は取消しさせておいたけど、気を抜けばあれやこれやととんでもないことしでかすのがシド先輩なわけで、マジで油断も隙もありゃしねえ。


(はあ……ったく……)


 先が思いやられつつも、俺とシド先輩のやりとりにくつくつと笑う王子や、呆れたように白けた目を向けてくるアリア、ドキワクした目で俺を見てくる英雄好きなラウルに、微笑ましげに俺たちを見守るマゼンタばあさんなど。


 この、近すぎず離れすぎず、他愛もない賑やかな空気は嫌いじゃない。


(まあ、いいか……)


(……よし)


 唐突に俺は、地元に残してきた弟達の顔を思い浮かべた。


 あいつらなにしてるかな、腹空かせてないかな、きっとああだこうだ言いながらも俺の活躍を期待して、あいつらもあいつらなりに頑張ってるんだろうなって、そんなことを思って。


(どんどん新しい仲間を増やして……もっといっぱいクエストこなして……訓練の傍らに経験積みまくって……一日でも早く一人前の戦士になって。いつか絶対、弟たちあいつらが、『お前の兄ちゃんカッコイイ』って言われるような男になってやろう……ウン)


 俺たちに立ち止まっている暇などない。


 俺はいつか本格的に蘇るであろう魔王討伐のため。


 王子はヴァリアントの民のため。


 シド先輩は夢のため。


 アリアは己の体を取り戻すため。


 俺たちの果てない冒険は、今まさに始まったばかり。


「……うし。んじゃ、職訓行って新しいネタでも探してくるわ」


 まだ見ぬ新たな仲間や人、物、世界にほんのわずかな期待と大きすぎる冒険心を滾らせて。


 俺はくるりと踵を返し制服の裾を翻すと、できたてほやほやのギルドを背に、新たな世界への第一歩を踏み出した。








――いずれ勇者と呼ばれる男のハナシ(了)――




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いずれ勇者と呼ばれる男のハナシ。 三柴 ヲト @oto_mishiba

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