庇護欲強めな機械人形さんにバレンタインを教えたい

シンシア

フワッと読んでください

「何をジロジロと見ているのですか? 私に見惚れてしまうのは無理もないことですが、そんなに視線で釘を刺しておかなくても、どこかへ行ったりはしませんよ。私はあなた様の心と体の安全を守ることが使命ですから」


 日曜日の真昼間だというのに閑散としているショッピング施設のフードコート。


 そこの一席でオレンジジュースを飲んでいる僕の視線を受けて、対面に座っている彼女は怪訝な顔でこちらを覗いている。


 漆器を思わせる光沢の艶がある黒髪。


 前髪はぱっつんで後ろ髪は長く、ストンと伸ばしている。


 ひくほど整った顔立ち。


 所狭しと収まる。透き通ったガラス細工みたいに綺麗な瞳。


 病弱なのかヴァンパイアなのかというぐらい真っ白な肌。


 平凡で何の可愛げもない学校の制服に身を包んでいるというのに彼女の姿は可愛いという常識の範疇を軽く超えてしまっている。


 彼女の名前は撫子なでこ


 自立思考搭載人型二足歩行式警護機械人形・大和撫子零式。

 通称、機械人形のヤマトちゃんだ。



 そう。撫子はロボットなのである。


 ひょんなことがきっかけで、彼女は僕の身の回りの世話どころか警護をしてくれている。


 基本的に彼女が自分から離れることはない。


 この間はついに僕が通っている高校へ転校してきた。


 どんな書類を通したのか、もしくはどんな脅しをしたのか。行使した手段については恐ろしくて聞くことは出来ないが、確実に彼女は学校の生徒して認められているようであった。



 彼女のあらゆる容姿や能力が常軌を逸脱しているという話題は置いておいて、僕は今ある重大な問題を抱えているのだ。



 日付は2月14日。

 今日はバレンタインデーなのである。



 なんとかして撫子にプレゼントを渡したいのだ。



 いつも驚かされてばかりなので、こういう時こそは僕の方から彼女のことを驚かせたいのだ。


 ちょうど今朝。スマホを操作している時に入手した情報なのだが、機械人形でも食べられるチョコレートを売っているお店がこのショッピングモールにはあるらしいのだ。



 彼女は時々一緒に食事をしてくれる。


 だが考えてみれば人間の食べ物が機械の体のどこに収まるというのだ。


 それもあの細い体の。食事の際はニコニコと顔を綻ばせて、楽しそうに食べてくれる。しかし、食事の後は決まって僕に「絶対入ってきてはいけませんからね」と鶴の恩返しのようなセリフを残して部屋にこもるのだ。



 もちろんこっそり覗いたことは一度もない。


 だが、状況的に食事を摂ったが為の、なんらかの不調を治す作業が行われていることは分かる。



 これは僕のエゴだ。彼女が心からニコニコと食べている様子が見たいのだ。



 だから今日はこのショッピングモールに撫子と来たのだ。



 なぜ、サプライズ相手が同席しているのか。一人で行くと言ったのだが、聞いてはもらえなかったからである。



 彼女は向かいの席で微笑んでいる。微笑ですらマシンだとは思えない。柔らかな顔に、工芸品のような瞳に、目線は自然に吸い込まれる。いけない。僕は奪われる思考を手繰り寄せる。そして、なんと言ってチョコレートを買いに行こうかを考える。



 こっそりとプレゼントを買いに行こうなんてまねは、彼女がここにいる限りできるわけがない。ここはいっそ、大雑把に探りを入れてみる。



「ねぇ、撫子さんは何か欲しいものはないの? 僕はあるんだけど」


「私は特にないです。強いて言うのであればあなた様が欲しいものが、私の欲しいものです。それぐらい言わなくても伝わっていると思っていました」



 愛情表現なのか、失望されているのかよく分からない返答だ。


 一応聞いてみたが、もちろん僕から離れる気はないらしい。


 ありがたい話だが、今日に限っては厄介極まりない。



「一人で買いたいものがあるんだけど、すぐ終わるからさ。ここで待っててくれないかな」



 ド直球を投げ込んでみた。



「まさか! あのようなお店へ入られるのですか。私という最高の美少女を一日中側に置いている身にも関わらず、それでも満足ができずにまだ望むというのですね」



 死球である。


 撫子はどこからか取り出したハンカチで涙を拭う動作をする。


 なんのことだか分からないが、盛大な勘違いをしていることだけは分かる。


 あのようなお店がこんなショッピング施設に入っているわけない。


 自分があのようなお店に入ると思われているのもなんだか癪である。


 それより、一体なんなんだ。あのようなお店というのは。



「そんなんじゃないよ!」


「それなら私が居ても問題ないではありませんか」


「撫子さんが居たんじゃ買えないんだよ」


「一体何なのですか。私に内緒で買いたいものというのは」



 撫子が僕のことを。瞳の奥の奥を見つめてくる。



すると、身体がフワフワと無重力空間にいるような気持ちになる。心は凪いでいく。体の内側からじんわりと広がる気持ち良さ。温かな布団を掛けられて、寝かしつけられているような感覚。それに気が付くと口だけが独りでに動き出した。



「ぷれ───あああ! 今、僕に催眠をかけたろ!」



 危うく白状してしまう所だった。計画が無に帰るギリギリの所で意識を取り戻した。



 撫子は相手の瞳を見つめると自分が得たい情報を相手の口から聞き出すことができる。一種の催眠だと彼女は説明したが、そんなオカルトな代物でないことは分かる。


これは相手にあらゆることを強制させる能力であると思う。撫子がそう望めば、僕を操り人形のように動かすことだって難しいことではなさそうだ。


僕が彼女と対等。むしろ彼女が媚び諂ってくれているのは何故なのかわからない。



 僕が怒ると、撫子は頬を膨らませてそっぽを向く。そんなことはしていないとでも言いたいのだろうか。「プレ」まで言いかけたのだ。


彼女が僕に能力を行使したことは明白である。だけど、へそを曲げる彼女の横顔の破壊力が凄まじく、これ以上言及する気にはなれなかった。



「わかったよ。じゃあこっそりついてきていいよ。だけどひとりで選びたいからお店の中に入るのはダメだし、何買っているか分からない距離でお願いね。あと、スコープ機能を使うのも禁止だよ」



 僕は自分の目を指さす。彼女の眼球に搭載された高機能ズームカメラのことを指摘したのだ。



「わかりました」



 撫子は口の中を見せずに口角だけを上げてみせた。


 おい!なんだそのヒールでニヒルな笑いは。全然分かっていないだろ。絶対使うだろ。


呆れ果てた感情を表に出さないようにして僕は席を立とうとすると、撫子は突然立ち上がり、僕の顔に触れた。間髪入れずに撫子の顔が僕に近づいてくる。


 視界いっぱいに彼女の顔が広がる。真っ先に僕の目を奪わうのは彼女の瞳である。


おそらく僕は他人の目をしかも異性の目をこんな真近で直視することなどできない。


もしも、そんな状況になればすぐに目を逸らしてしまうはずだ。


だが、撫子に常識は通用しない。


そのガラス細工のような眼を見ずにはいられないのだ。


案の定、体はフワフワとしてくる。このままずっと見ていたいと思ってしまう。



 万華鏡を覗きながら、コロコロとゆっくり転がすみたいに、次々と新しい魅力に気づいてしまう。どれだけの時間見ていたかわからないが、突然撫子は僕の顔から手を退けて自分が座っていた席からも離れて後ろへたじろいだ。


 凄まじいスピードであった。彼女は右手の甲を唇に当てて、左手の甲で顔を目を隠すようにしている。



「ちょっと? こっちに来てよ。まだ話は──」



 彼女は僕の言葉を遮るように首を横に何回も振った。近くには行けないことを全力でアピールする。僕は少しだけ撫子に近づいてみる。すると、彼女の顔が赤くなっていることに気が付いた。


真っ白い肌に真っ赤なチークを落としたみたいに色づいている。もじもじとしているので食い倒れ人形の真似をしているわけでは無さそうだ。様子がおかしい彼女から、僕の何かを見たことは確かだった。


 おい、あのポンコツロボット! 僕がなんのために一人になろうとしているか見やがった。そう確信するのに時間はかからなかった。


 自分で覗いておいて恥ずかしがるなんて残念すぎる。もうサプライズにも何にもならないが、これで確実に一人でプレゼントを選ぶことが出来るはずなのでさっさと選んでしまおう。



「撫子さん? 僕、すばやく選んでくるからね。一人にさせてごめん。行ってきます」


「はい」



 か弱い返事が聞こえた気がする。ただの女子高生であれば、一人にするのは多すぎるほどの不安要素があるが、撫子は高性能機械人形である。


 ナンパの一つや二つ。いや、三百をあしらうことなど造作もない。


 彼女の人心掌握術に関しては信頼しているし、暴漢を撃退するくらいの戦闘機能も難なく備わっている。中身的な問題では安心して一人にできるが、その超絶美少女な見た目が僕に安心を許さなかった。これも一種の催眠であるだろうか。



 僕はジュースの容器を処理すると、気持ち足早にエスカレーターへと向かった。後ろを少し振り返ると、ポンコツはまだ同じポーズで顔を隠して固まっていた。流石に頬を赤らめるのを止めてくれていることを願うばかりだ。あれではどうぞ声を掛けてくださいと言っているようなものだ。




 誰一人エスカレーターを利用するものはいなかった。なので目的のお店がある三階までは階段を登りながら移動することができた。


エスカレーターから降りるとすぐ右のフロアマップを確認する。 マップを理解することが苦手なので目が滑りながらもなんとか場所を把握できた。僕はお店を目指して歩きだす。


 どうやら三階は雑貨店やら洋服店などのフロアであるらしい。目についたテナントのディスプレイがあった。冬物のニットセーターだろうか。淡い水色とピンク色の服がマネキンに着せられていた。絶対撫子に似合うと思った。彼女に似合わない服を持ってくる方が難しい話だということを踏まえても、華麗に着こなしている彼女の姿が目に浮かぶ。




 彼女と暮らし始めてから、洋服を見るとそれを着ている姿を考えてしまう。お願いすれば妄想が現実になるかもしれないが、声にしようと思うと気が引けてしまい言えたことはない。




 ぼぉ―っとしながらそんな事を考えていると目的のお店にたどり着いた。


看板には「機械人形備品販売所」と古風な感じで書いてある。


 中に入ってみると、黒を基調とした店内になっていて、宝石やアクセサリー店に間違って入ってしまったかと思うくらい気品がある。数名の客がおり、その一人ずつにスーツを着た店員が着いていた。何らかの相談を受けて商品を勧めているのだろうか。


 そんな様子を感じる。僕はとりあえず一つずつ商品を見てみることにした。ガラス張りのショーケースの中には機械人形の交換パーツが展示されている。センサーやカメラなど、主に小型で内部に搭載する部品が番号で識別されている。


 名札が違うので別の商品のはずだが全く違いが分からない。その隣には様々な髪型色のウィッグやカラコン、眼球や唇など顔に関係するパーツがある。機械だということはわかってはいるが、着用イメージとして展示されている生首の顔にドキドキとしてしまう。


撫子が居たら後で大変なことになっていたかもしれない。


 ここに来ればロボットに関する問題。容姿や内部の不調などはほとんど解決しそうなほど幅広く取り扱っているようだ。



「いらっしゃいませ、お客さま様。何かお探しでしょうか」



 スーツ姿の店員さんが話しかけてきた。ロングヘアの茶髪で切長の目をしている人だ。



「あ、機械人形用のチョコレートを……」


「チョコレートですね。こちらはどうぞ」



 奥の棚に案内される。棚を見て驚いた。端から端までびっしりと小箱で埋められているのだ。この一つ一つが対応する機械人形の好みの味になっているらしい。



「お客さまが渡したい方の型番は分かりますでしょうか」


「大和撫子だと思うんですけど、詳しくは分からないです」


「大和撫子ですとこちらからこちらになりますね。ただ現在、壱式から参拾肆式までございますので出来るだけ特徴を伝えては頂けないでしょうか」


 困った話である。


 撫子は零式といって一般流通されていない型番なので、彼女の好みの味はここには置いていないらしい。



「あのー、もし型番が違うと食べてくれなかったりするのですか?」


「お客さまとの関係性にもよると思いますが、このチョコレートの成分は機械人形用のオイルでできていますので対応するオイルでないと不調をきたす場合がありますね。貰った時は笑顔で食べるかもしれませんが、人目の無い所で────」


「分かりました。ありがとうございました」



 そんな話聞きたく無い。話の途中で撫子の姿を想像してしまい耐えられなくなったのでお礼だけいって立ち去ることにした。



「過ぎた話をしてしまい申し訳ありません。ですがお客さま、もう一つだけいいですか?」



 後ろ髪を引かれるように店員に呼び止められる。僕は足を止めてうんざりしながらも後ろへ振り返って店員の方へ向き直る。



「もしかして零式のオーナーでいらっしゃいますか?」



 僕は思わず口を震わせて動揺してしまった。撫子に言われたのだ。零式という単語を聞いた場合は、平然を装い知らないと言い、すぐにその場から立ち去るようにと。



「あら、ビンゴだわ」



 店員の女性が指をパチンと鳴らすと店のシャッターが下りていく。僕はシャッターまで走ろうと急いで踵を返し走り出した。しかし、スーツ姿の店員に囲まれてしまい、シャッターが完全に落ちるのを見送ることしか出来なかった。



「こんなに頭の悪いオーナーを選んでいただなんて。早くあの子を回収しないといけませんね」


「なんですかこれは!」



 撫子が何か策を講じてくれるはずなので、とりあえず時間稼ぎに努める。ピンチの時には頼りになるポンコツであると信じたい。



「白々しいですよ。零式と無関係であればあんな動揺はしないはずです」


「知らないよ零式なんて!」


「まぁすぐに暴力はしませんよ。今ここに零式は来ているのですか?」



 もうまともに取り合ってもくれなくなった。彼女にとって僕は、撫子を誘き寄せるための餌でしかないのだろう。彼女は目の前に用意された椅子に座るよう言う。


周りの店員達はジリジリと僕に詰め寄ってくる。僕は観念して、素直に指示に従った。椅子に座るとロープで体を固定される。



「逃げたりなんかしませんよ」


「そうですか。でもこの方が雰囲気出るでしょ?」



 女はそう言うと笑った。



「ほら、零式! そこにいるのでしょう。早く助けに来ないとあなたの大事なオーナーが酷い目にあうわ!」


 高らかにシャッターの向こう側へ向けて声を上げる。その後、僕の方に視線を寄越すと何か命乞いでもしなさいと言わんばかりに、首を振ってシャッターを指すサインを送ってくる。



「助けてー」



 素直に従った。しかし、状況は変わらない。



「もっと真剣にやりなさいよ。痛い目にあった方がいいのですか」



 男の店員が一人近づいてくる。手には警棒を握っている。あれで殴られるのだろうか。痛いのは嫌である。



「嫌だよ撫子さん! お願い助けて!」



 男が警棒を振りかざす。すると、シャッターの方から音がする。女は即座に男の腕を止める。ひとりでにシャッターは動き出して、上がっていく。


そこにいたのはにこりと笑っている撫子さんであった。



「ごちそうさまです。あなた様の情けない声なんて滅多に聞けるものではありませんからね」



 彼女は一礼する。



「ここに来たってことは捕まる覚悟があるということですね。零式」


「お言葉ですが、私の名前は撫子と言います。零──なんて言いましたか? そのようなお方は存じておりません」


「どうとでもいえばいいさ。お前の目を見れば一目瞭────」



 撫子は女が言い終わる前に周囲の店員の間をするりと縫っては、女の眼前に姿を現した。


 そのまま彼女の頬に触れるとじっと瞳を見つめるのだった。撫子の目を一度見れば最後。思考は彼女の支配下に陥る。


 突然のことで驚いたのか彼女の部下? の店員達は立ち尽くしている。撫子の手に凶器なりうるものが握られていたり、外部武装が展開されているのならば反射的に体は動いただろうが、撫子はサッと近づいて、じっと目を見ただけである。



機械人形の目を見れば式番が分かるようなので、女の判断を待っているのかもしれない。数秒ほどで撫子は彼女の頬から手を離すと、僕の方を向いて微笑んだ。



「これは零式じゃありません。すぐにお客さまを解放してください」



 分かりましたと口では言うが、少々疑念が篭った声色で男の店員が僕のロープを解き始めた。解放されると撫子は僕の手を素早く握り手を引いて店から出ようとする。合わない歩幅によろけながら足を進める。



「申し訳ありませんでした。何かお詫びを」



 そんな声が聞こえたが、撫子の足は止まらなかった。店から出ると店先の壁に背中をもたれかけている人物に声がかけられた。



「えらい、お急ぎのようでもあるようですねぇ」



 黒のシルクハットから覗かせるのは白髪と気味が悪いほどに白い肌。

 驚くほどに線が細いことは黒いスーツの上からでも分かる。



 撫子はそれでも止まらなかった。男は続ける。



「今回は逃がしてあげますよ。ですが次に会う時は容赦なく行きます。そのオーナーとの恋人ごっこは今すぐにでもやめた方がいいですよ」



 撫子は謎の男と一切言葉を交わすことなくエスカレーターへと向かった。




「撫子! ちょっと足を止めて欲しいよ」



 ショッピングモールから出た所で僕は声をかけた。スタイルの良い彼女の急足の歩幅にこれ以上合わせて歩けなかったからだ。撫子は足を止めると僕の方を向いた。



「申し訳ありません。私のせいで恐ろしい思いをさせてしまいました」



 彼女は頭を下げる。



「顔を上げてよ。僕はこの通りなんともないからさ。それに一人になりたいって言ったのは僕の方だし」



 撫子は申し訳無さそうに顔を上げる。



「とりあえず、ここから離れませんか。歩きながらでも話はできます。あなた様に合わせますので」


「わかったよ」



 聞きたいことが山のようにある。今度は歩きやすいように歩幅を合わせてくれる。まずは何故、撫子は誰かに狙われているかということだ。



「私は零式といって一般流通されている壱式以降の機体のプロトタイプだということはご存知ですよね」


「うん」


「私は機械人形に標準搭載されている人間の気持ちを汲み取る機能の基準値をオーバーしているのです」



 人間の気持ちを汲み取る機能というのは、対象のしてほしいこと、言ってもらいたい言葉、仕草、動作などを、微量な体の動きや心音などの情報から割り出して、機械人形が人間らしい好かれやすい適した行動を取る為に必要な機能のことである。



 この機能の性能が格段に上がったことにより、機械人形はより人間と親密な関係を築けるようになったのだ。街中を歩いている人が機械なのか人間なのか一目見ただけでは分からないほどに機械人形たちは自然な動作をするのだ。



「あなた様も薄々気付いていると思いますが、人間の気持ちを汲み取る機能がオーバーしている私は目を見つめただけで対象を意のままに操ることも可能です。私を使えばこの世界すらも手中に収めることが可能かもしれません」


「だから、悪い人たちに狙われているということね」


「まぁそういうことです。ですが、彼らは不具合があった商品を回収する業者のようなものです。悪いのはむしろ私の方で、本来壊されるはずだったところを逃げてきているので」



 撫子は本来壊されるはずの機械人形だったのだ。見つめた対象を意のままに操ることができる道具などあっていいはずがない。開発者は彼女のことを即座に壊そうとしたのだ。だが、彼女の美しさに負けてしまい迂闊にも瞳を見てしまったのだ。


 生きたいと強く願っていた撫子は開発者を操り研究所から脱出してきたのだ。その開発者がどうなったかは知らないが、それから紆余曲折を経て僕と出会ったわけだ。



「でも、壊されたくないっていう撫子の気持ちは尊重されるべきじゃない? 撫子の力をどう使うのかは結局、僕たち使う側の問題でしょ。撫子のせいじゃないと思うよ」



 撫子は僕の言葉を聞くと笑い出した。



「あなた様は面白いこと言いますね。私は今日あなた様に何度能力を使ったかお分かりですか」


「あー、そうだ! 僕の頭の中を覗いて撫子にバレンタインのサプライズをすることを盗んだだろ」


「そんなことはしていないですよ。私は元よりそんな力を使わずとも、今日がばれんたいんなる想い人に贈り物をする日だと知っていましたよ」


「絶対嘘だ! さっき知ったくせに」


「嘘ではありません。ほら、私はしっかりとあなた様に用意しているのですよ」


「え!」



 撫子が立ち止まって僕に背を向ける。次に振り返るとと小さな手提げ袋を僕に見せつける



「残念ながら、ちょこれいとを自作する知識は私に備わっていませんでしたのでお店で購入したものですが、よろしければどうぞ受け取ってください」


「──あ、ありがとうね」



 僕は撫子から袋を受け取った。彼女からの贈り物など初めてであったので嬉しさよりも驚きの方が大きく若干戸惑ってしまう。



「もっと喜んでいただけるかと思いました」


「すっごい嬉しいよ。びっくりしちゃってすぐに反応できなくてごめんね」



 バレンタインを教えてあげようとしたら逆に教えられてしまった。



「ごめん撫子。僕も用意しようと思ってたんだけど……」



 そこまで言うと悲しさが込み上げてきた。撫子を喜ばせようとしたことが撫子を危険な目に合わせることに繋がっていたかもしれないと思うと苦しくて悔しくてたまらなかった。



「いえ、これでいいんですよ」



 撫子は胸を張って少し威張って見せた。



「あなた様は、ほわいとでぇにお返しをして頂ければ何の問題はありませんよ」



 えっへんと効果音が聞こえてきそうだ。良いアイデアでしょうとでも言いたげな眼差しをこちらへ向けてくる。僕の頭を覗く前であれば、もの凄く感動的な言葉である。それにこの言葉は僕がまさに今欲しい言葉である。



「そうだね。お返し待っていてくれる?」


「はい。もちろんですよ」



 機械人形は人間のして欲しい行動、言動、仕草を読み通り実行する。そこに心は無いのだろうか。


 僕にはどうしても彼女が無機質な機械には見えないのだ。

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