第6話 姉とデート!!
俺はショッピングセンター前で約束の時間よりも十分前に待っていた。
あいつすっぽかすときがあったものな。
しばらく経ち、時間が刻一刻と進んでいく。
一日の時間を凝縮したような不安を覚えて、何度もスマホを見る。
まだ連絡はない。
時間にルーズな彼女のことだ。三十分遅れくらいでは驚かない。
焦りと気分の高揚を感じている俺は、ふるふると頭からふるい落とす。
楽しむべきじゃない。これは任務だ。
それだけを考えるべきだ。
俺はそのためにここに来たのだから。
くすぶる思いが心臓をギュッと締め付ける。
陽愛のあんな顔、見ていられるか。
心愛の気持ちを変えるには俺の行動にかかっている。
完璧にリードしてみせるさ。
そして奴の気持ちを変えてやる。
純粋な気持ちが人を動かすんだって。
あんなまがいもののエッチなんて誰も望んでいないと、知らしめるために。
「やぁ。早いね」
「心愛……」
そこには白のワンピースと麦わら帽子で飾った心愛がいた。腰の辺りでキュッと絞るリボンが特徴的な綺麗なワンピース。足下はヒールで少し高く見える。
全体的に清楚系に見えるが、こいつはAV女優だ。
「行くぞ」
「……ふーん」
俺は足を前に向けると、ウインドウショッピングを始める。
少し遅れて心愛もついてくる。
AVをするのを止めさせなくちゃいけない。
それは
陽愛をこれ以上、悲しませないためには心愛の気持ちを変えなくちゃいけないんだ。
「この洋服なんてどうだ? 心愛には似合うと思うが」
「えー。私、まだ清楚系と思われているの~。感激~」
「……ずいぶんと小芝居が得意なようだな」
心愛のぶりっこに苛立ち、つい乱暴な言い方になる。
「ふーん。あんた、本当に格好悪いね」
「は?」
「まあ、いいよ。好きなもの着てあげる」
面食らい、怒りがどこかへ吹き飛びあきれ返る。
俺の持っていたロングスカートとワイシャツを手にすると更衣室へと向かう心愛。
キラリと光った何かが宙を舞う。
もしかして、泣いたのか?
なぜ?
更衣室から顔をだす心愛。
「どう? みたい?」
「……」
まさか裸なんてことはないよな。
いくらAV女優でもこんな昼間からそんなことはない。
俺は覚悟を決めて、コクコクと頷く。
心愛の性格は吹っ飛んでいるが、理性がないタイプではない。
なら一層なぜAVに、とは思うが……。
「ふふ。いいよ。見せてあげる」
しゃーっとカーテンレールがならす音がしたと思うと、目の前には完璧美少女の心愛が立っていた。
ワイシャツにピンクのロングスカートが特徴的なファッションで、とても清楚で大人な服がよく似合っている。
とても淫乱な奴だとは思えない。
「どう?」
「とても姉とは思えない暴虐っぷりだな」
「妹ならいいだ? シスコン」
シスコンであることは否定できない。
できないが、俺の思い浮かべた妹は別だ。
陽愛の悲しい笑顔が瞼に焼き付いている。
彼女も悲しんでいる。
俺も悲しい。
知り合いが突然AV女優になった心境を知っているのか?
知るはずもない。
それも双子の姉。
彼女の思いを知ったとき、俺は心愛に出演を止めさせるしかないと思う。
それも一卵性双生児。
うり二つの彼女らは裸体も一緒。
酷くショックを受けるのは当然だ。
俺がなんとかしなくちゃ。
このデートを完璧にエスコートして心愛の気持ちを変えさせなくちゃいけない。
きっとデートしている方が楽しいと、それで気持ちが変わればいい。
なんなら心愛と恋人になって止めさせてもいい。
収入と安全な男がいればAVをやる意味がない。
それに心愛は俺のことがまだ好きな気がする。
少し自惚れているかもしれないが、それでも可能性があるなら、賭けてみたいと思った。
しゃーっとカーテンを引く音が現実へと引き戻す。
「どう?」
心愛は童貞を殺す服と呼ばれている露出の高い服をきていた。
「ばか、少しは隠せ」
俺は視線を逸らし、カーテンを閉める。
「いいじゃない。男性ってこういう方が萌えるのでしょ?」
くすくすと笑みを零す心愛。
「それはお前の頭の中だけだ。俺は違う」
確かに一定層の男子には好かれるらしいが、俺は気に食わない。
見えないところにフェチズムを感じるのが、むしろ正しい男のあり方ではないだろうか?
まあ、前々から露出の高い服を着て男を挑発していたのが心愛ではあったが。
「へぇ~どう違うのかな?」
ニタニタと笑みを浮かべている心愛。
「よせよ」
「ふーん。まあ、いいけどね」
若干、ふてくされたような物言いをする心愛。
「じゃあ、これ買うよ」
そう言って手にしたのは最初に試着したロングスカートのワンピース。
「それ……」
「私も気に入ったの。悪い?」
意外すぎて呆けていると、心愛は小さく笑む。
「いや、似合っているよ」
「……そうね」
一瞬、陰りを見せる心愛。
不思議に思っていると、すぐににこやかな笑みを浮かべる。
「さ。行くよ。次はどこに行くのかい?」
「あー。映画だ」
「ふーん」
ここは複合型の商業用施設だ。
店内にはシネマスペースもある。
「じゃーん。今話題のアニメ、がっち・ざ・ろっくだ!」
「ふーん?」
「この作品は本気でロックバンドをしている少女たちの話で」
「あー」
「最終的には有名になるんだが、それまでの道のりが熱いし、泣ける!」
「そっか……」
「というわけでみよう」
「もうみたよ」
「え? 以前に観ていたのか?」
「いや、なんとなく……」
「?」
俺は首を傾げていると、心愛はため息を吐き、前に進む。
「ほら。観るんでしょ?」
「ああ」
出鼻をくじかれた気もするが、気にしてはいけない。
心愛は気まぐれなところあるからな。
「ポップコーンと飲み物買おう。映画といえば、だろ?」
「……そうね」
「飲み物は何がいい?」
「ん。じゃあ、ジンジャーエールで」
「メニューにないな。他のはどうだ?」
「……ウーロン茶にして」
「ああ。分かった」
買い物を終えると、なんとタイミングの悪い。
「俺、ちょっとトイレ行く。持っていてくれ」
「え。あ、うん。仕方ないね」
トイレに入ると館内放送が入る。
入場の合図だ。
慌てて用を済ますと、俺は心愛の待つ出口に向かう。
「急ごう」
「……」
無言でついてくる心愛。
入場ゲートをくぐり、スクリーン5番に入ると、指定席に座る。
館内はすでに暗く、何人もの人が座っていた。
その人たちの間をくぐり抜け、座席に座る。
「なんとか間に合ったな」
「そうだね」
苦笑しているかのように笑みを浮かべる心愛。
映画をしばらく観た。
映画が終わり、俺は近くのカフェに心愛を誘う。
「どうだった? 俺、ちゃんとエスコートできていただろう? AVやめてくれ」
「……本気で言っているの?」
冷たく刺すような視線に、冷や汗が浮かぶ。
「え?」
聞き間違いだっただろうか。
「どういうことだ?」
「まだ分からないの?」
キリッと射貫く視線で訊ねる。
「まず、私の好みでもない衣服を押しつけた。映画のネタバレも激しい。開演前ギリギリでトイレに行く。しかも私にはいかせない。荷物も持たせたままだったしね」
グサグサと刺さる心愛の言葉。
「それに……ヒールの靴はいているのに走らせるな。最後に、あんたは妹しかみていない」
「……っ!!」
「だが、AVはよくない。今すぐやめろ」
「やめないよ。私の生きがいだもの」
「なんでだ。こんなことをして悲しむだけだろ?」
「私がどんな思いでやっているかも知らないクセに」
「じゃあちゃんと説明してくれ」
「偏見で物事を語っておいて、よく言う」
立ち上がり、苛立った様子で立ち去る心愛。
これ以上、話ができるとも思えない。
俺はその場で足をくじかれたようだった。
でも一つ分かった。
彼女にも正義がある。
俺は理解をしようともしなかった。
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