AVデビューした双子の姉。妹は悲しむ

夕日ゆうや

第1話 AVデビュー!!

 俺は五橋いつつばし陽愛ひなばかり見てきた。

 彼女の姉も、その家庭や友だちも、俺は気にしてこなかった。

 でも本当に大切なのは……。


 今日も薄暗い部屋で一人、AVを見て自慰する俺がいる。

 特段、考えもせずに行われる行為。

 射精の快楽と、貯まった鬱憤を晴らすためだけの時間。

 ストレスを感じると、やるようになった馬鹿げた行動だ。

 ふと見やる。

 陽愛に似た顔がちらつく。

 それが本当に陽愛なのかは分からない。

 だが、この幼い顔つき、スレンダーな身体つき、髪は長いもののおおよそ五橋陽愛と似た子がいる。

 俺はそこでAVを閉じる。

 今日はテンションが鷹ぶってしまったかもしれない。

 そんな幻まで見てしまうなんて。

 陽愛がAVに出るはずがない。

 あの恥ずかしがりやで人見知りな彼女が。

 だが、彼女には一卵性双生児。つまりうり二つの姉がいたな。

 まさかな……。

 俺は丸めたティッシュをゴミ箱に放ると私服に着替える。

 白色のTシャツに、グレーのパンツ、それに紺色の上着を羽織って春の陽気を感じる。

 桜はもう散っているが、葉桜も俺はけっこう好きだ。生命を感じる。

 アパートから大通りに向かい、通い慣れた道を歩く。

 大学までの道のりは短く、すぐに大学に着いてしまう。

 二週間前、みんなで花見を楽しんだが、それもずいぶん昔に感じる。

 大学の南棟に向かうと、俺は教室の端に陣取り、欠伸をかみ殺しながら席につく。

 大学の座席は決まっておらず、早い者勝ちだ。

高塔たかとう! 見たか!?」

「見ていない。で? なんだ? 加藤かとう

「いや否定してから言うのかよ。まあいい。五橋いつつばしちゃんの全裸!」

「は?」

 俺は自分でも驚くほど低音の声を響かせる。

「いや、五橋ちゃんがAVデビューしていたんだよ。今、サークルでは盛り上がっているぞ?」

 あの姉妹のどちらかがそうなのかもしれない。

 おとがいに指を当てて考えを整理する。

 恥ずかしがり屋で、大人しい妹の陽愛ひなである可能性は低い。

 俺に振られた姉の心愛ここあがそうしたのか? 今は無職でふらついていると聞く。あの破天荒な性格だ。何をしでかすか分かったものではない。

「俺、行ってくるよ」

「お、おい。高塔」

 加藤を置き去りにし、俺はキャンパス内を走り出す。

 ようやく見つけた陽愛の姿を前に足取りが重くなる。

 陽愛は黒髪を背中まで伸ばし、いかにも大人しそうな顔をしている。

 ロングスカートに落ち着いた色のシャツを着ており、気品溢れている立ち振る舞いだ。どこかのお嬢さんと言われても遜色ない。

 しかし、こんなところまで来て、今更何を確認しようとしているんだ。

 陽愛がそうであっても、姉の心愛がそうであっても、どちらにしろ傷つくのは陽愛じゃないか。

 陽愛になんて声をかければいい。

 あのAVの人は誰か? そんなことを気軽に聞ける間柄でもないだろうに……。

 すると、事務室に通される陽愛。

 俺はただ呆然と見守ることしかできなかった。

 しばらくして事務室から出てきた陽愛を見つけて、俺はそばに駆け寄る。

「……高塔くん」

「あ、あの……」

 どこまでも口下手な俺が気の利いた言葉など言えるはずもない。

「そばにいてもいいか?」

「え?」

 戸惑いの色を見せる陽愛。

 その顔は陰りと疲労が見える。

「うん」

 優しく頷くと、陽愛は一緒に授業に向かう。

 授業中、冷ややかな視線がこちらを射貫くが、俺は気にした様子もなくノートを書き進める。

 お昼になり、食堂へ向かう。

 陽愛はお手製の弁当を持ってきているが、俺は毎日食堂のメニューを選んでいる。

「お。噂の五橋ちゃんじゃん」

 テンション高めの加藤が駆け寄ってくる。

「なんだよ。こいつは妹の方だ」

「ア、ナルほど……!」

「わざとだよな?」

「はは。おれもそこまで歪んでないって!」

 爽やかな笑みを浮かべる加藤。

「こいつは加藤信士しんじ。イケメンだが、性格は折れ曲がっている最低な野郎だ」

「よ、よろしく……」

 俺の後ろに隠れるようにしてしがみついてくる陽愛。

「おいおい。変な紹介をするから、五橋ちゃんが怯えているじゃないか」

「お前のチャラチャラしているところが怖いんだよ。気づけ」

「でも姉妹か。なるほどね……」

 クスクスと笑みを浮かべる加藤。

「まあ、陽愛にはうり二つの姉がいるからな。一卵性双生児だ」

「ふーん。そう言う高塔はずいぶん親しげだな。懐いているみたいだし」

 未だに俺の後ろで震える陽愛。

 まるで小動物のようだ。

「ああ。ちょっとな。高校のときからの付き合いだ」

「へぇ~。いいねぇ~」

 にやりと口の端をつり上げる加藤。

「女とみればこれだ。お前はヘラヘラするな。格好悪いぞ」

「そうかい? おれはこれでもイケメンで通っているんだ」

「「信士!!」」

 後ろから声がかかる。

 そこには二人の女子がいた。

「これはどういうこと?」

「あたしと付き合うって言ったじゃない!」

 二人の女子に詰問される加藤。

「じゃあな。お疲れさん」

 俺は陽愛の手を引き、その場を後にする。

 大学一年の春。

 つむじ風が舞う中庭を眺めながら、俺はカレーライスを頬張る。

 正面には陽愛がお通夜のように沈んだ顔で弁当箱を広げている。

「お。あきらっちじゃん!」

 明るい声が俺に向けて放たれる。

「よう。石榴ざくろ愛菜まな

「チーッス!」

 どこまでも底抜けの明るさを振りまくのは石榴だ。

 薄青い髪の毛のショートヘア。

 ボーイッシュな私服で、立つ姿はまるでモデルのようだ。

「隣いい? ええと?」

「わ、わたし。五橋いつつばし陽愛ひなと言います」

 ペコリと丁寧にお辞儀をする陽愛。

「オッケー。陽愛っちね! よろしく」

「え……」

 あまりにもからっとした性格に戸惑いを覚える陽愛。

「陽愛っちはお弁当?」

「は、はい……」

 相変わらず距離感の可笑しい石榴だ。

 これから仲良くできるかもな。

 苦笑を浮かべて二人を見守ることにした。

「その卵焼き、食べていい?」

「ど、どうぞ」

 人見知りのする陽愛は初対面では遠慮してしまうが、ある程度仲良くなると、自分を見せてくれる。

 そんな優しく強い子だ。

 大丈夫だろう。

 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 俺の必要性、なかったかもな。

 ずきっと痛む胸はなんだか、とても悲しい。

 となると、やはり姉の心愛がデビューしたのか。

 そのことが悲しい。辛い。

 全てを否定する訳じゃないが、その事実が俺の心をさいなむ。

 お前は何も守れていないじゃないか。

 あの頃から何も変わらない。

 俺は本当に何も出来ない。

 何も変えられない。

 なんでこんなことになったのだろうか。

 心愛とも話したいな。

 じーっと見つめていると、陽愛が首を傾げる。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 俺は陽愛に見蕩れていた。

 そこに彼女の面影を見ていた。

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