第3話 部屋に連れ込む!!
ゲーセンを出ると、俺は陽愛の顔色をうかがう。
大学にいた頃とは違い、少し明るくなった。
でもこれからも彼女をつきまとう鬱陶しい視線は向けられるだろう。
そのことを思うと悲しい。
「そうだ。夕食一緒に食べない?」
陽愛を誘おう。
小さく頷くので、俺は近くのファミレスにつれていく。
安さを売りにしているファミレスで、ワンコインでパスタやピザ、グラタンなどが頼めるイタリアン風だ。
長蛇の列に並ぶことなくテーブルにつく。
席につくと、陽愛はホッとしたような笑みをもらす。
本当に表情豊かな子だ。
柔らかな笑みを浮かべて、こちらを見やる陽愛。
なんだか急に顔が赤くなってきたけど、どうしたのだろう。
「ほら。メニュー。好きなの選ぶんだ」
俺が渡すとコクコクと頷く。
「わたし、サラダとグラタンにする。いい?」
メニューの陰から顔を覗かせる陽愛。
良いも悪いもない。それが彼女の願いなら、叶えてあげるのが男ってもんだろ。
「いいよ。俺はこっちのナポリタンを頼もうかな?」
「あ……」
ボタンを押し、店員を呼ぶ。
楚々な振る舞いで駆け寄ってきた店員さんがニコリと笑みを浮かべる。
「お待たせしました」
清涼な声が耳朶を打つ。
「こっちのサラダと、グラタン。ナポリタンスパゲティをください」
注文を終えると、陽愛がうるうるした瞳でこちらをみやる。
「ど、どうしたんだ?」
泣かせるようなことはしていないはずだ。
はずなのに。
なんでこうなった?
「ナポリタン、と、グラタン、で迷った」
突飛な答えで面食らった。
「あー。シェアするか?」
コクコクと嬉しそうに頷く陽愛。
聞いておいて良かった。
一人で満足するところだったよ。
注文から数分で料理が届き、俺はナポリタンをフォークに巻き付け、陽愛に向ける。
「はい。あーん」
「!?」
驚いたように目を見開く陽愛。
「要らない、のか……?」
俺は困ったように手を引っ込める。
でも陽愛はぶんぶんと首を横にふり、身を乗り出す。
そしてパクッとナポリタンを口にする。
またも目を潤ませて、喜色満面で味わう。
俺は不思議に思いながらナポリタンを頬張る。
かぁあっという音が聞こえてきそうな陽愛。
その頬が紅潮する。
なんで?
俺は分からないと思いナポリタンを口に運ぶ。
と、陽愛の頬にナポリタンのソースが見える。
「ほら」
俺はナプキンで彼女の頬を優しく拭く。
さらに顔を赤くし、ぷしゅーっと音がして下を向く陽愛。
なんかしちゃったか?
俺は自分の行動に疑心暗鬼になる。
「あっ」
自分の使ったフォークとナプキンを見やり、俺は慌てて陽愛の名を呼ぶ。
「俺、つい妹と同じ態度を! すまん! 子ども扱いして!」
「いもうと……」
すっと陰りが見える陽愛。
え。どうして?
プクッとふくれっ面を浮かべる陽愛。
「いいね。妹さん」
「え。ああ。まあ……?」
今引き合いに出されて疑問に思う俺。
なんであいつを気にかけているのか、分からないけど。
「今度、会ってみるか?」
恐る恐る話しかけると、陽愛は意外そうな顔をする。
「か、家族に紹介……」
小さな声で呟く陽愛。
「な、なんて?」
戸惑っていると、陽愛は机を叩き声を荒げる。
「会う!!」
いつもの小さな声から一転して大きな声が店内に響き渡る。
周りから注目を集めてしまったことに恥ずかしくなり、すぐに席に戻ると、顔をメニューで隠す。
俺は苦笑を浮かべて、ナポリタンを口に運ぶ。
「
ぼそっと呟く陽愛だが、全然すごみがない。
優しく愛撫するような声音にむずがゆくなる。
食事を終えて、俺たちは住んでいるマンションに向かう。
その夜道。
俺は陽愛と一緒に歩く。
陽愛は静かに俺の一歩後ろで影踏みしていた。
夕暮れのオレンジ色が陽愛の顔に差し込み、陰影を浮き彫りにさせている。
あいつの妹だな。
絵になる姿に俺は少し戸惑う。
こんな感覚は初めてだ。
俺はなんでこんなにも陽愛をじっと見つめているのだろう。
今まで人畜無害、ピュアで騙されやすいお人好し。
そう言われ続けてきた俺だが、ささやかな欲望をぶつけたくなる。
自分のそんな気持ちに嫌気が差し、俺の陰一つ彼女に踏ませたくない。
暖かくも寂しい色をした背景に溶け込み、陽愛を静かに見守れたらいいのに。
「俺の家、来るか?」
我知らず、言葉にしてしまった。
自分の欲が抑えきれなかった。
自己嫌悪を感じ、俺はこめかみに指を当てる。
「……うん」
静寂は陽愛のささやく声を浮かび上がらせた。
今聞いたことが嘘であればいいのに。
どこか浮ついた心が芽生えている。
こんなんじゃダメだ。
だってあいつは……
「彰くんの家、初めてだね?」
陽愛は嬉しそうにはにかみ、こちらを見やる。
「そうだね……」
苦笑で返すと、不思議に思ったのか小首を傾げる陽愛。
陽愛には危険意識がないのかもしれない。
男の部屋に行く。
その危険性は俺から伝えるべきじゃないのかもしれない。
彼女は俺の高校生男子としての気持ちを知らないのだろう。
知らなくていいのだろう。
「俺はお前を守るよ」
「えっ」
ビックリしたような顔をしている陽愛。
「いや、今やっているゲームのセリフだよ」
「そ、そうなんだ。びっくりした」
そりゃ急に言われたら、そうなるか。
「さ。いこ」
スキップを踏む陽愛の後についていく。
「ただいまー」
「お邪魔します……!」
「あら。女の子じゃない。どうしたの?」
母さんがヘラヘラと笑っていて気分が悪くなる。
「さ。行くぞ」
俺は陽愛を促し、部屋へと連れ込む。
……悪い言葉だった。訂正する。
部屋へと入る。
俺と陽愛は健全な関係だ。
あいつとは違う。
あいつは陽愛を裏切ったんだ。
それを許せるわけがない。
「怖い顔している……」
部屋に入るなり、俺を見てそう呟く陽愛。
そのあと、周囲を見渡す。
「あんまり見ないでくれ」
勉強机にパソコン、椅子、本棚、ベッド。
これと言ってめぼしいものはない。
父さんが好きで薦めてきたプラモデルと、母さんが買ってくれた小説が俺にとっては嬉しかったりするが。
「お兄ちゃん? 帰ってきた?」
隣の部屋から声が聞こえてくる。
「
「今、行く」
ノックをすることもなく扉を開ける妹の亜衣。
そこにはピンク色のフリルがたくさんついた少女が立っていた。
明るい色の髪をゆるふわに流し、恐らくウィッグである。そして手にはステッキを持っていて、目には緑色のカラコンをしている。
「……、って誰よ。そのおんな」
亜衣はじろっとヘビ睨みをする。
「……プリキアだっ!」
胡乱げに見ていた亜衣だったが、陽愛はテンションが上がっている。
尻尾でもあれば左右にぶんぶんと振っていただろう。
駆け寄って亜衣の衣服を丁寧にめくり、作りを読み込んでいる陽愛。
だが、その結果――
「ちょ、やめ。なによぉ。このおんな!」
めくれたスカートが、トップスが、二の腕が露わになり、とても目のやり場に困る状況になっていた。
そうか。コスプレをするからには下着もイメージカラーにするのか。
などと、考えていた。
「お兄ちゃん。このおんな。誰!?」
「あー。
「前に話していたおんな!?」
怒りと羞恥で顔をまっ赤にする亜衣。
そして乱暴に陽愛を引き剥がす。
「ばーか! ばーか!!」
そう言い残し、隣の部屋に戻っていく亜衣。
『ああ。もう最悪!』
聞こえているんだよな……。
「そんなに萎縮しなくて大丈夫だよ。陽愛」
「……」
「ひ、陽愛?」
反応がないことに不安を覚える。
「か」
「か……?」
不審がっていると、陽愛は目を輝かせて前のめりになる。
「かわいかった!!」
そう言っている君が可愛いよ!
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