第4話 下心!!
「あら、お取り込み中だったかしら?」
身を乗り出し上気した陽愛は控えめに言って可愛い。
可愛いのだが、身を乗り出したことにより、俺との距離感が近い。
故に顔と顔が近い。
その様子を見た母さんは誤解したまま立ち去ろうとする。
「お義母さま、待ってください!」
陽愛は高めの声を上げて恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「いいのよ。うちの息子なら。こう見えて女子には優しいし、顔だって悪くない。成績も良いし……運動だけがダメなのよね」
「……?」
陽愛が困ったようにこちらを見やる。
「ああ。母さん、それくらいにして。お茶置いて帰れ」
「あら。連れないわね。いいじゃない。将来の娘になるんだから」
ゴンっと隣の部屋から鈍い音がする。
「ならないから! それよりも亜衣は?」
俺はそう言い、母さんに亜衣の様子を見に行くよう促す。
「あら。嫌だわ。あの子もブラコンが過ぎるのよ」
そう言って小走りで亜衣のもとに向かう母さん。
やっと落ち着いたと思い、陽愛に向き直ると、ふくれっ面を浮かべていた。
「え? なに?」
「別に。彼女じゃないし……」
その声は小さすぎて、聞こえなかった。
でも不機嫌なのは分かる。
「そ、そうだ。一緒にゲームしないか?」
俺はパソコンを立ち上げると、陽愛に優しく声をかけた。
「うん」
小さく頷くと、彼女は近寄ってくる。
肩が触れあいそうな距離で座り、ゲーム画面を見つめる。
協力プレイのできるゲームを選択すると、キーボードで操作を始める俺たち。
二人で料理を作るゲームだ。
「これ持っていくね」
「うん。わたし、生地運ぶ」
「了解」
コミュニケーションをとりながら、少しずつレベルを上げていく。
陽愛はコミュニケーションがとれないわけじゃない。いわゆるコミュ障ではなく、単に大人しいだけ。
その性格が理解されるには慣れていかないといけないけど。
でも理解していくうちに彼女の魅力に気づくことも多い。
大人しいけど、芯はしっかりしているし、素直で優しく、表情豊かだ。
そんな陽愛に俺はどう思っているのだろうか。
「彼女さん。一緒に夕食にしよう?」
「母さん。ノックくらいしてよ」
「あら。いいじゃない。別に」
母さんは本当、余計なことしかしないな。
今も一緒になってゲームをしていたところなのに。
「ええっと。わたし、手伝います」
陽愛は顔に明るさを取り戻したかのように呟く。
まあ、陽愛がいいならいいけど……。
「あらいやだ。この子いい子ね」
「……知っている」
俺はぶっきら棒に返すと陽愛はこそこそと母さんのもとに向かう。
「後で呼ぶわね」
母さんがそう言い、部屋を後にする。
「いや、俺、どうすればいいんだよ……」
手持ち無沙汰になった俺はしばらくゲーム画面を睨み付けていた。
「ざぁ~こ♡」
「なんだよ。亜衣」
嬉しくない相手が後ろに立っていた。
「そのゲーム一人じゃできないっしょ?」
「そうだな。やめるか」
「ま、待って! あーしがやるって」
どこかぎこちない笑みを浮かべてコントローラーを握る妹の
「で? あの人のどこがいいわけ?」
「なんの話だ?」
「本当に分かっていない?」
亜衣はケラケラと笑いだす。
くそ。小麦の使い方がうますぎる。
「ああ」
「お兄ちゃんはそうだよね。あーしの気持ちにも気がつかないし……」
「今度、駅前のワンプリンを捧げるから、教えてくれ」
亜衣が何を言いたいのか、聞かなくちゃいけない気がした。
「いいよ。でも秘密のままにしておきたいこともあるんだ」
「どういう意味だ?」
「なんでもあーりませーん」
なんだか苛つく声音だな。
いいけどさ。
「プリンで機嫌直してくれるか?」
「まあ、いいけど」
俺のところにパンが集まる。
「ほらほら。早くしないと、サンドイッチできないよ?」
「分かったよ。くそ」
どこかボーイッシュな亜衣はゲームの腕前もすごかった。
トンビがタカを産むと言うのはこういうことなのだろう。
俺とは違い、原石の塊だ。
まあ、本人がそう思っていないようだけど。
できのいい妹と比較されて、俺は迷惑したけどな。
ずっと俺が二番だった。
親からも先生からも。
――なんで妹はできるのにお前はそうなんだ。
よく言われたセリフだ。
今では歯牙にもかけないけどね。
バイトもできているし、大学の成績も落ちていない。
唯一救いだったのが亜衣が気まぐれで、冷めやすいタイプだったから。
彼女はコスプレに興味を持った頃から、親からの期待にも背くようになっていた。
その代わりに俺に期待し始めている親がいた。
コツコツと努力を重ねてきた俺は控えめにいっても好成績を収めていった。
勉強のコツは深く考えすぎないことにあると思っている。
純粋な気持ちで向き合うことでより良い結果を得られると信じている。
それから心の中で復唱をすることだ。
俺にできる努力とは、そういったものだ。
特段、優れているわけじゃない。
それでも亜衣に並ぶ日が来るとは思っていなかったけど。
「なに。このゲーム。つまんな」
「そうかい」
「お兄ちゃん、なんで笑っているんだ?」
「え。いや、まあ……」
自分でも顔に表れているとは思わなかった。
亜衣が飽きてくれて嬉しいと感じていたなんて。
自分の汚れを感じて目を伏せる。
「お兄ちゃん。ごはんだって」
「ん。ああ……分かった」
俺は亜衣と一緒にリビングに向かう。
鼻歌を歌いながら料理を並べる陽愛。
「あの子、いいこよ」
母さんが鬱陶しい顔で俺の腹をつつく。
「わかっているって」
だからこそ、姉のAVデビューにショックを受けているんだよな。
俺がしっかりしないと。
陽愛を守るんだ。
俺の罪でもあるのだから。
食卓に並んだ料理はロールキャベツに、生サラダ、春雨スープ。
どれも美味しそうな匂いを漂わせている。
「うまい!」
「まだ食べていないけど!?」
「あらあら。いつも通りね」
亜衣と母さんが何か言っているが気にする必要もない。
陽愛はクスクスと自然な笑みを浮かべている。
ホッとした。
頑張ったかいがある。
陽愛は強い子だ。
負けるはずがない。
もう姉の心配などいらないだろう。
ロールキャベツを口に運ぶ。
肉の旨味と、キャベツの甘みがほのかに香る上品な味わいだ。
これならどこへ出してでも恥ずかしくない娘だ。
ついさっきまで箱入り娘と想っていたが、こんな一面もあるらしい。
家事ができる女子は魅力的だな。
「こっちのスープもうまいな」
「そうでしょう? 彼女さん、お料理がとってもお上手なのよ」
母さんが嬉しそうに両手を合わせる。
「彼女?」
亜衣が不機嫌そうに顔を歪める。
「お兄ちゃんの彼女だったら、あたしの試練を超えることね」
ツンと口酸っぱく言う亜衣。
「そんなことを言うな。まあ、陽愛は彼女じゃないんだけど……」
悔しい気持ちで吐露すると、困ったようにこめかみを掻く。
「……彰くんのいじわる」
「え」
どういうこと!?
「ほら。お兄ちゃんに下心もっているじゃない!」
亜衣はふくれっ面を浮かべて陽愛を睨み付ける。
「馬鹿言うな。女の子は下心なんてないだろ?」
俺は名推理を披露する。
なぜか困ったような顔をする陽愛、亜衣、それに母さん。
え。どうしてそんな顔をするんだ?
俺は混乱の極みに立たされている。
「ま、まあ、お兄ちゃんのいいところだね」
「わたしもそう想う……」
「あらあら」
三者とも受け入れる顔をしている。
なんなんだ。
俺の発言がおかしかったのか?
まあいいや。
陽愛が元気そうに笑っているから。
今度、あいつにはガツンと言わないとな。
大人しくて、清楚で、可憐な陽愛をここまで苦しめたのだから。
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