第5話 AVデビューの姉!!

 陽愛ひなを送り届けようと、彼女の住む隣の家に届ける。

 家の前に来ると陽愛は少し青ざめた顔になる。

「わたし」

 陽愛は必死でしゃべろうとしている。

 邪魔せずに足を止めて聞こうとする。

「わたし、お姉ちゃんに、どんな顔で会えば、いいのかな……?」

 自信なさげに俯く陽愛。

 そうだよな。

 俺も亜衣がAVに出演していたらと想うと。

 胸が痛くなる。

 身の切り売り。

 体裁の良くない職業。

 でもこの世界の根幹を支えているような大事な仕事。

 彼女らがいなければ、性犯罪はもっと増えると言われている。

 だから単に汚い職業と罵ることもできない。

 下品だとも想うが、品性を求めるほど、大衆はできた人間ではない。

 あの有名な声優さんでも毎月AVなどに三万は使うという。

 それが決して悪いことではないのかもしれない。

 姉と会う。

 それだけなのに陽愛はひどく動揺した顔を浮かべている。

「分からない。俺もあいつには言いたいことがある。一緒に行くよ」

「……そんな、悪いよ」

「いいんだ。俺との仲じゃないか」

「うん……」

 陽愛は薄い笑みを浮かべて歩き始める。

 隣の家のドアを開けると、目の前には心愛ここあが立っていた。

 下着一枚で。

 上には何もつけていないが、触角のような長い髪が邪魔をしている。

 茶色のショートヘアーを湿らせている。

 タオル一枚で髪をぐしぐしと拭っていた。

「ん。お帰り」

 姉の心愛は気にした様子もなく、自分の部屋へ向かう。

「ま、待てよ! お前に話したいことがある」

「なに?」

 ちょっと苛立ったような声を上げる心愛。

 その目鼻立ちも、スタイルも、陽愛と大差ない。

 違うのは髪型くらいだろう。

 隣で小さく震える陽愛。

 彼女のためにも俺がガツンと言わないと。

「これはどういうことだ?」

 俺はスマホで彼女の出演作を見せつける。

「あー。これね。いいじゃない。私だって稼ぎたいんだよ」

「だからといって、こんな切り売りみたいな!」

「いいじゃない。私の勝手でしょ?」

 さらりと言うと、心愛はブラジャーをつける。

 目のやり場に困り逸らすと、陽愛が悲しそうな顔をしている。

「陽愛が悲しんでいるんだ。お前も姉らしく――」

「は?」

 死んだような目でこちらを睨む心愛。

「そういうの、要らないんだけど?」

 氷点下になろうとしている視線に、俺は震える。

 怖い。

 心愛は昔と変わってしまった。

 もっと穏やかで優しい気の置ける奴だった。

 そんな彼女が俺を冷たい視線で射貫く。

「どうして変わってしまったんだ」

「お互いさまね」

「ふ、二人とも、仲良く……」

 小さな声で言う陽愛。

 すっかり縮こまり、俺の陰に隠れる。

 まるで実の姉とは思えないような対面。

「お互いの、気持ち、考えよ……?」

 陽愛は指をふり、はにかむ。

 そうか。

 否定していては何も産まれない。

 相手の気持ちをないがしろにして否定するなら、誰でもできる。

 いったん、冷静になろう。

 そうだ。

 心愛はどう想っているんだ?

 彼女だって何かを抱えているはず。

 それが何か分からないと、こちらも何もできないか。

 頭ごなしに否定していては何も変わらない。終わらない。

 それにしても最適解が想い浮かばない。

 心愛が傷ついているのは……。

「心愛、デートしよう?」

「「……うん?」」

 陽愛と心愛はほぼ同時にクエスチョンマークを頭に浮かべる。

 いや、言い方が悪かったか?

「いいわ。それで手打ちにしましょう」

 心愛は意外にも承諾してくれた。

「いいなー……」

 小さくうめく陽愛。

 だが、今回は心愛と二人っきりになるべきだろう。

 そうでなくては心愛の気持ちと向き合うこともできない。

 なぜAVなんて……。

 分かっている。

 俺にもその責任の一端はある。

 俺には彼女を知る義務がある。

「ふふ。では楽しみにしているわね。あきら

「ああ。飛びっきりのタイムにしてやる」

 俺は覚悟を決めて心愛に目線を配らせる。

 きびすを返し、帰ろうとすると。

 ギュッとつままれる陽愛。

 俺の裾をつまんだのだ。

 可愛い。

「ど、どうした?」

 俺は困惑し、陽愛の顔を見る。

「ず、ずるい……!」

 その顔には怒りがにじみ出ていた。

 今まで穏やかな性格だった陽愛が一変、俺と心愛を睨む。

「お姉ちゃんのバカ!」

 そう言って自分の部屋に引きこもる陽愛。

 ドアを閉める仕草はいつも通り大人しく、ゆっくりと閉める。

「いや、どうしたんだ? 陽愛は」

「あんた。本気で言っているのかい?」

 心愛は眉根をつり上げて、冷笑を浮かべる。

 俺、悪いことしたのかな。

 なんだろう。

 この心のモヤモヤは。

「あんた……」

「なんだよ。可哀想なものをみる目は」

 それは不愉快だ。

 俺だって人並みの能力はある。

「ちょっとつら貸せ」

 心愛は負けん気が強いのを忘れていた。その上陽キャと来ている。

 彼女が声をかければ、俺は無意識に反応してしまう。

 弱い立場なのだ、俺は。

 心愛に促されるまま、彼女の部屋に怖ず怖ずと入る。

 シンプルな作りの部屋に、本棚やパソコンが置いてある。

 殺風景な印象を与える部屋だ。

「あんた。陽愛に何したの?」

「え。いや、なにも……」

「はぁ……。これだから童貞は」

 なんでため息吐かれているんだ?

 俺は何もしていないのに。

 まるで俺が悪いみたいじゃないか。

「そんなことよりも、お前はどうなんだよ」

「どうって?」

 心愛は顔を歪めて、ははーんと声をつんざかせる。

「私のAV、みたんだ?」

「まあ、その……」

「いいじゃない。健全な男子高校生の、いや今は大学生か」

 にたりと笑みを浮かべた心愛は陽愛と同じ声でしゃべる。

「ふふ。劣情した?」

「そんなことねーよ」

 むしろショックだった。

 ショックすぎて胃から逆流するかと思った。

 ひどく胸くそ悪い光景に見えた。

「もう止めろ。あんなことは」

「なに? 心配してくれているの?」

「……ああ」

「ははは。それをあんたが言うんだ。私をフッたあんたが!」

 じくじくと痛む心。

 心臓がわしづかみにされるような痛み。

「まあ、いいよ。考えてあげる。次のデートで私をエスコートしてくれれば」

「それで、いいんだな?」

「いいよ。その代わり、完璧にエスコートしてよね」

 これは試練だ。

 陽愛の声で、顔で、身体で、AVに出る罪深さを理解させるためには、姉の心愛を落とさなくちゃいけない。

 彼女を納得させるだけの応えを突きつけなくちゃいけない。

 そのために俺は頑張る。

 心愛だって望んでいたはずはない。

 だから俺は彼女を満足させる。

 恋愛をした後の方が気分が良いことを証明してみせる。

 愛のない性行為など、俺が否定してみせる。

 否定する。

 最低最悪な日々を変えてみせる。

 そして陽愛を救うんだ。

 一番の被害者は彼女なのだから。

 俺はやるよ。やり遂げるよ。

「いい顔になってきたね」

 苦笑を浮かべる心愛。

「え?」

「さ。行きなよ」

「……」

「デート、楽しみにしているからね」

 心愛はそう呟くと、嬉しそうに微笑むのだった。

 俺は心愛の部屋から出ると、五橋家を後にする。

 そして自分の家に戻ると、妹の亜衣の部屋をノックする。

「なに?」

「頼む。俺にデートを教えてくれ」

「はぁ!?」

 怒りを露わにした亜衣がドアを開ける。

「どういうこと!?」

「俺がやらなくちゃいけないんだ」

 面食らった様子の亜衣。

「そんな顔をするときは本気なんだから」

「本気だ。彼女を楽しませることが俺の任務だ」

「はいはい。分かった。じゃあ、彼女のプロフィールから考えようか?」

「いいのか?」

 意外と乗り気な亜衣の行動に目をまたたく。

「その代わり、あたしにもチャンスをくれる?」

「え。ああ……」

「じゃあ、考えていくよ」

「ありがとう」

 そのあとデートプランをめちゃくちゃ考えた。


 デートまで二日。

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AVデビューした双子の姉。妹は悲しむ 夕日ゆうや @PT03wing

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