第144話 水底栗鼠の見る先は

「よ、ようやく終わったッス……」

「マジ疲れた~」


 大量の物資を蔦の大アーチの下へ運び入れたジョニー達。地道な荷役をようやく完了して、ロイとミリカはその場にへたり込んだ。彼らの前には自分達の努力の結果が山となって置かれており、汚損を防ぐために布で覆われている。ここで半月暮らせと言われても余裕で達成出来そうな程の物資量だ。


「二人ともお疲れ様。はい、これどうぞ」


 コップに僅かに桃色な液体を注ぎ入れ、リーシャは疲労でヘロヘロな二人へと渡した。ちょっと濃い目に成分を抽出した、疲労回復に効果のある飲料である。しっかりとした甘さは身体に染み、内側からすぅっと疲れを癒してくれる。


 リーシャ自身も疲れが溜まっている。自分用のコップにも同じものを注いで一口飲み、ふぅ、と一息吐く。


「これからの方針だが」


 彼女達が落ち着いたのを確認して、ジョニーは話し始める。病の元凶調査第一段階の物資用意を終えた、次は第二段階である探索だ。


「手掛かり無しでしらみ潰しになるかと思ってたが、幸いにして道案内してくれる連中を見付けた……まぁ、そいつらだが」


 彼はピッと指をさす。向ける先はリーシャの隣、座る彼女の胸の高さ。そこには灰黒の獣が大人しく腰を下ろしていた。


 水底栗鼠ヴァグルエーウカ

 後にそう名付けられる、湿地に多く生息している魔物である。簡易なものではあるが道具を作る知能を持っており、水草などで器用に球状の巣を作る。それは下半分が水中、上半分が寝床という、彼らにとって実に快適な住処だ。


 まさに湿地の匠とでも呼ぶべき生物である。


「しかしまあ、懐いてるな」


 魔物は基本的に危険なものだ。しかし中には例外もあり、以前大草原で乗った炎尾馬フラメヴァンツなどの人に馴れやすいものも存在する。だが今リーシャの隣にいる水底栗鼠は本来、水の中に隠れて獲物を狙う警戒心の強い魔物だ。発熱で無警戒になるのではなく、普通の状態で見慣れぬ大きな生物人間の傍にいるのは異常である。


「お薬を飲ませてあげたらこんな感じに」

「元気になったから感謝感謝ってカンジ~」


 ミリカになでなでされて水底栗鼠はきゅうきゅう鳴いた。その顔にはまるで緊張感は無く、完全に野生を忘れた表情だ。


 冒険者は現実主義、それは薬師も同じだ。しかし大きな違いがある。自然から得られる物を利用して薬を作るリーシャ達は、そこに生きる動物植物そして魔物に少なからず感謝の心を持っている。無論、必要とあれば破壊する事も狩猟する事もあるが、自身が害されるような危険が無いのであれば助けるという選択を取る場合もあるのだ。


 今回の水底栗鼠はまさにそれであった。


「前の馬もそうッスけど、魔物とも仲良くなれるもんなんスね~」


 ロイにとって魔物は大きかろうが小さかろうが恐ろしい敵、もしくは実家の農作物を荒らしに来る厄介者だ。冒険者としてある程度の経験を積んだ今もそれは変わらないが、探索の中で新しい一面を知る事となっている。全ての魔物が人間に対して敵対的なのではなく、友好的なものもあれば、縄張りさえ侵さなければ襲ってこないものもいるのだ。


「痛ッ」


 ミリカに倣って友好的な魔物の頭を撫でようとした。が、その手は栗鼠の尾撃によって弾き返されてしまった。毛がもふもふで勢いほどの威力は無いが、ドシッとした衝撃がロイの手を襲う。


 拒絶された自分の手を見ながら、ロイはしょんぼりと肩を落とした。可哀想な彼をリーシャとミリカが励ます。魔物にも人間の好き嫌いがあるようだ、ロイはまた一つ新しい経験を積んだ。


「明日からは地上に出てるそいつらを辿って病の根源を探しに行く。ここに来るまでに見た奴らはふらふら程度だったが、大元に近付けば近付くほど症状が悪化した奴が見つかるはずだ」


 栗鼠たちには悪いが手がかりは手がかり、これを利用しないわけにはいかない。最終的に根源を排除できれば水底栗鼠たちも助かる、遠慮なく彼らを道標として進んで問題は無いのだ。


「途中で見付けた子にも薬をあげたいですけど……」


 リーシャはそう言って傍らの栗鼠を見る。


「薬にも限りがあるだろう。元凶に接近した時に何が起きるか分からない以上は、一旦放置するべきではないか?」

「うん……そうですよね」


 気持ちでは助けたい、しかしそれでは駄目だと頭では理解している。ラオに指摘されてリーシャは一つ頷いた。今は仕方がない、そう自分の心に言い聞かせて気持ちを切り替える。彼女は聡く、慈しみの心を持つと同時に現実主義なのだ。


きゅいきゅいっ


 複雑な表情を浮かべるリーシャに水底栗鼠が鳴き掛ける。自分達の事はいいからやるべき事をしてくれ、と励ましてくれているように感じた。が、どうにも様子がおかしい。立ち上がってジョニー達に背を向け、ある方角へ彼らの目を促すような仕草をする。


「どうしたの?」

「もしかして……彼らは知っているんじゃないですか?自分達を蝕んでいるものの元を」


 元凶に近い場所ならばアーベンとは違って毎度毎度、毒花粉の影響を受けていてもおかしくはない。そして湿地に生きるものならば、その原因となるものを知っている可能性も十分に考えられる。つまりリーシャに懐いた水底栗鼠が、あちらを見ろと促すように鳴く理由は一つだ。


「あっちに病気の原因がいるの?」

きゅっきゅっ


 栗鼠は魔物だ、人間の言葉など分からない。しかし自分を助けてくれた相手の様子から、伝えようとしていた意を汲み取ってくれた、と理解した。ゆえに彼は、そうだ、と言わんばかりにリーシャの問い掛けに反応する。


「明日、向かう先が決まったな」


 ジョニーはそう言って、湿地の奥を見る。

 より一層、深い霧に覆われた場所を。

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