第6話 決断

 俺に、頭を下げる東堂教授。

 じ、と、俺を伺うように見つめる百瀬。


 そして、何かを期待するように、でも、躊躇うように考え込む、慎吾。


 三者三様な3人に囲まれた中、俺は、口を開いた。


「モデル選考会の時さ、百瀬、なんか言ってたよな」


 確か、「お前の顔がいちばん見分けられる」とかなんとか。


「俺の顔だと、お前は描けるのか」

「……おそらく」


 百瀬は、頷いた。


「おそらくって」


 俺の隣の慎吾が、眉間に皺を寄せて少し百瀬を攻めるような声音でそう言った。それに、俺は百瀬と東堂教授から見えない、机の下の慎吾の太ももを軽く叩く。


「俺、相貌失認っていうのがある事自体初耳だから、よく分からないけどさ。全部が全部の顔が、全て分からないって訳じゃないってこと? かろうじて分かりやすそうな顔があって、モデル候補の中で、その見分けられやすそうな顔が、俺だったって事か?」


 俺の問いに、百瀬は頷いた。

 

「そう、だ。お前が、唯一」

「そっか」


 俺は、椅子に深く座り直して、軽く頬を撫ぜる。ふと、窓の方を見ると、ぼんやりと俺の顔が写っていた。別に、イケメンってわけでもなければ、ブサイクってほどでもない、平凡な顔。


 親父似、と言うよりは、親父の弟であった、俺の叔父さん似の顔。


「悠」


 慎吾が、心配そうな、でも、期待しているような、でも、遠慮しているかのような、複雑な声音で俺の名前を呼んだ。


「いいよ、やるよ、モデル」


 俺の言葉に、3人とも、目を見開いた。


「その代わり、二人分のモデル代、よろしくお願いしますからね、教授」


 いいのかい、と席を立ったのは東堂教授だった。


「ああ、モデル代は分かったよ。安心してくれ」

「お願いしますよ」


 その、と、遠慮がちに声をかけたのは慎吾だった。


「いいの、悠」

「まあ、俺は立ってるだけで金がもらえるし、お前らはモデルが必要なんだろ。これくらい、な」


 俺は、慎吾の視線に少し照れ臭くなりながらも頷いた。


「まあ別に俺は顔くらい描かれても構わないし、慎吾も手伝ってくれるんだろ。これから夏休みで、停部が明けて部活が始まっても時間あるし、少しくらい時間が掛かっても平気だって」


 それに、と、俺はこっそりと慎吾の耳に囁いた。


「お前の親から、お前の道を認められるチャンス、かもしれないしな」


 俺の言葉に、また、慎吾が目を見開いた後、顔を少し赤くして俯いた。肘で、俺の体を慎吾が小突く。でも、痛くなんか全くなくて。俺もまた、照れ臭く頭を掻いた。


「で、でもさ、悠」


 まだ遠慮がちな慎吾は、俺の顔を見た後、何やら真顔の百瀬をじい、と見つめた。


「こいつ、悠にその、キス、しようとしたんだよ。いいの?」

「あー、まあ、流石に二度目は許さないけどさ」


 俺は、慎吾の肩を軽く叩く。


「俺、結構強いし。それに、お前だって見てくれるんだろ。なら、平気だって。俺たち、し、親友、だもんな」

「ゆ、悠……」


 何やら、感極まったような慎吾に、俺はもう完全に照れ臭くさって、慎吾を直視できず、視線を彷徨わせた。


 そして感じる、強い視線。俺は、そちらの方向に目を向けた。


「……………」


 百瀬だった。

 百瀬が、何やら言いたげな目で、俺をじっと、見つめていた。


「な、なんだよ。モデルにはなるからいいだろ」


 何か言いたい事あるのか、と俺は百瀬の様子を伺うと、百瀬は、なぜか頷いた。


「あるのかよ言いたいこと。なんだよ」

「さっきから、思っていたんだが」

「なんだよ」

「佐竹とお前は、恋人か」


 ガタン、と俺は立ち上がり、そして慎吾に腰を掴まれて押し留められ、百瀬は東堂教授に両肩を掴まれていた。


「クリスくん」


 んんっ、と東堂教授は咳払いの後、百瀬の目をしっかりと見た。


「以前も言ったが、その、アメリカはともかくね、日本ではね、こう、異性間以上に、同性間でこう、アプローチをする時は慎重になりなさい、と私はね、言ったね、クリスくん」

「景政おじさん、でも、こいつら、さっきから、」

「二人は、長い付き合いの親友なんだ。いいか、そう言うことにしておきなさい。分かったね」


 東堂教授の言い聞かせに、百瀬は明らかに不詳不承な様子で頷いた。正直、東堂教授の言い方もなんか引っかかるところはあるが、まあ、日本は確かに同性愛はまだ隠されるものという認識が根強く、人に無遠慮に「同性愛者か」と指摘するのは失礼になりうる、と生まれも育ちも純日本人の俺はきちんと分かっている。アメリカはどうなのだろうか。女優俳優がが同性愛者であるのを公表した、というニュースを俺は見たことがあるが、でも、一方で同性愛者であるせいで事件に巻き込まれて殺された、というニュースも目にした事がある。なんというか、アメリカは寛容なのか不寛容なのか分からないな、本当に。


「言っておくが! 俺がゲイでもいきなり公衆の面前でキスとかあり得ないからな本当に!!


 俺は思い切り百瀬の顔を指さした。でも、百瀬は何やら変わらず納得し難い表情をしていた。少し考えた様子の後、分かった、と、百瀬は声を出した。


「確かに、いきなり順序をすっ飛ばした俺にも、非はあった。殴られても仕方がない。すまなかった」

「わ、分かったならいいんだよ」


 いきなり謝ってきた百瀬だが、表情は真顔で、俺をじっと見つめていてーーそこに、男の俺にはなかなか向けられない、熱い何かが点っているような気がして。俺は、つい視線を逸らせずまじまじと百瀬の瞳を見つめてしまった。


「お前、フリーだな?」

「な、何。彼女がいるかどうかってこと? いないけど、なんだよ」

「恋人は」

「彼女いるわけないんだからいないだろ同じ質問すんな」

「よし」


 百瀬は、ゆっくりと、立ち上がった。


「なら、俺にもチャンスはあるな」


 百瀬は、確かにそう言った。


 そして、唖然としている俺を半ば無視するように、百瀬は、俺の手を握ると、そっと。


 俺の、右手の薬指に、口付けたのだった。

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分からぬ顔を描け くぅちょ @19ayay91

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