第四十八話
翌日、枝鳴長屋に勝五郎親分がやって来た。当然のように栄吉の家にみんなが集まり、ちゃっかりとお恵まで入り込んだ。
「結局潮崎の船戸様の采配で鳴海屋はお取り潰しだそうだ」
「七篠診療所はどうなっちまうんですかい? お玉ちゃんとこのおかみさんみたいな人は他にもいっぱいいるんだ、七篠先生が仕事辞めちまったらみんなが苦しんで死ななきゃならなくなる。問題大あり名古屋の金のしゃちほこだ」
勝五郎は上がり框で片足を組むと煙管に刻み煙草を詰め始めた。
「そりゃあよ、森窪の旦那のことだ、上手く続けられるように見逃したってことらしい」
「さすが森窪の旦那だな。見上げたもんだよ屋根屋のふんどし」
お恵がすかさず「甚六さんは?」と割り込んだ。
「甚六さんもそうだけど、子供たちは?」
「そりゃあ、七篠診療所がお咎めなしなんだ、甚六さんだってそうだろうよ」
「だけど騙されたとはいえ、鳴海屋の受注でアヘンを作ってたのよ」
「そんなもん、麻酔薬の在庫として取っておいて、あの腕のいいヤブ医者に売ればいいだけの話だろう?」
「だから一言で矛盾するのやめとくれよ」
今日の悠は露草色に白の流水紋の着物だ。こんな派手な着物も悠が着ると地味に見える。合う石が無かったのか、今日の耳飾りは錺細工のものだ。
「子供たちにはそろそろ七篠先生の仕事を教えると言ってたねぇ。そのためにも薬は必要だって。あと五年もすれば羊四郎と酉五郎が薬を売りに街に出る。それまでは三郎太の兄さんがたまに在庫を持って棒手振りするって、いったいどこまでお人好しなんだか」
「上の三人は?」
お恵の食い付きが凄い
「甚六さんは金の方の帳簿で卯一郎は薬の在庫の帳簿を任されることになったらしいねぇ。辰二郎は薬の製造と調合、午三郎はとにかく知識が凄いからね、あの家は午三郎を中心に回るだろうね」
「そっか。みんなそれぞれに頑張るんだね。あたしも頑張らなきゃ」
「何をだい?」
彼女は急に耳まで真っ赤になった。
「なっ、なんだっていいじゃない。とにかく松太郎さんに報告してくるわ!」
お恵はバタバタと逃げるように出て行ってしまった。それを見て三郎太が悠に肩を組む。
「幼女はお恵だけじゃねえからな」
「言っときますけどあたしは兄さんの髪と違って女には不自由してませんからね。しのぶだっているし、お清だっているし」
栄吉の「幼女ばっかりじゃねえか」という呟きを敢えて無視していると、部屋の引き戸がバーンと開いた。
「来・た・わ・よ~!」
「良かったな、おめえには琴次がいる」
「やめとくれよ」
「何よ何よ何の話よ?」
「なんでもねえよ、三郎太の髪でも結ってやってくれ」
「またそんな無茶な~」
「無茶って何だよ無茶って!」
今日も枝鳴長屋は平和である。
(了)
柿ノ木川話譚5 ーお恵の巻ー 如月芳美 @kisaragi_yoshimi
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