第15話 親不孝、子不幸②
――三十時間前、カガト村教会。
「えと、これにわたしの魔法をかければいいんですか?」
「ああ。何か呪術がかかっているかもしれないから、それを君の魔法で浄化してほしくてさ」
「は、はい。それは構わないのですけど……」
教会の一室に呼んだフィーネは困惑した様子を見せながら、机の上に置かれたものと俺の顔を交互に見た。
そこにあるのは先ほどカルラさんたちを襲った刺客から剥ぎ取ってきた装備一式だ。
夜とは言え気温が高くなってきたこの時期に、こんな暑苦しい格好をしてよくもまああんなに動けたなと思っていたのだが、どうやら内部は空調服になっているらしい。こりゃ薄着でいるより着込んでいた方がよっぽど快適だな。
「あの、この服は何なのですか?」
「これ? これは昨夜この村を襲った刺客が着ていたものだよ」
「え、え? あの、アッシュさんはこれを使ってどうなされるのですか?」
フィーネは困惑半分不安半分といった表情で、俺の顔を見る。
んー、まあフィーネがあいつらと繋がっている可能性は限りなくゼロだし、話してしまっても構わないか。
「ああー、これを着てあの暗殺者のふりをしてあいつの雇い主……敵陣へ乗り込もうかなと」
「そ、そんなことをして大丈夫なのですか?! 危険ですよ!?」
「乗り込む場所の間取りもそこにいる相手も大体分かっているから、一人でも十分――」
「……一人? アッシュさん、まさかお一人で乗り込むおつもりなのですか!?」
あ、やべ。つい余計なことまで口走っちゃった。
「い、いや! 相手の戦力は大体把握できているから本当に一人で大丈夫なんだ!」
「だとしても、お一人でそんな場所に行くなんて危険すぎます! どうしても行くとおっしゃるのならわたしも着いていきます!」
「待て待て! それこそ危険過ぎる! 相手は何をしてくるか分からないんだぞ!?」
「それはアッシュさんも同じです! ともかくあなたお一人に危険なことをさせられません!」
そう言ってフィーネはふんすと鼻息を荒くしながら扉の前に立ち塞がる。
キズヨル本編でもそうだったが、こうなった時のフィーネを止めることは容易なことではない。というかバッドエンドルート以外で、意思を固めた彼女の行動を変えるのは不可能と言ってもいいだろう。
しかし攻め込むとしたらこのタイミングしかないし、うーむ……。
俺は腕を組み、天井を見上げて、大きくため息をつくと、改めてフィーネの顔を見る。
「……わかった、ついてきてもいい。ただし俺が逃げろと言ったらすぐに逃げること。それともし自分で危険だと感じたのなら、その時もすぐに逃げるように。いいね?」
「はい!」
結局、俺は色々と呑み込んで、フィーネの同行を許可することにした。
あの暗殺者を尋問して得た敵の情報から察するに、恐らく今のフィーネであれば余裕で逃げられる……どころか、敵を一人で打ち倒してしまうことも十分可能だろう。
それに彼女が一緒に来てくれるというのなら、より成功率の高い強襲作戦を取ることができる。もちろんフィーネに危険が及ばないよう、油断や慢心はせず、最大限用心するが。
そんなことを考えている間に、フィーネは早速【聖魔法】で奴が着ていた黒ずくめの衣装を浄化さてくれたようだ。
「アッシュさん、終わりました!」
「ありがとう。あー、それで仕事をしてもらったばかりで悪いけど、もう一つお願いしたいことがあるんだけど頼まれてくれるか?」
「はい! 何でもお申し付けください!」
「それじゃカルラさんのところに行って、この村に来る時に着ていた服を借りてきてくれないか?」
「カルラさんの服を、ですか?」
「ああ。さっき敵陣に乗り込むって話をしただろ? その時にフィーネが怪しまれないようにするために必要なんだ」
フィーネとカルラさんの背格好はかなり似ている。髪や顔立ちについてはフードを深く被ることで隠すことができるだろう。これに加えてカルラさんの服装を着れば少しの間でもあるが誤魔化せられるはずだ。まあ一応念には念を入れてさらに
それ仮にもし、カルラさんと親しい人間から疑われたとしても、隣に全身黒ずくめの怪しげな男がいれば注意はそちらへ向くだろう。
そしてカルラさんから聞いた話や、微かにだが記憶に残っている親や兄の性格や言動から考えるに、あの人たちは短慮なところがあるから、差し向けた刺客と同じ格好をした男とカルラさんと同じ服を着た女性が来たとなればあっさり屋敷の中に招き入れると思われる。
そしてさらに予定時間をオーバーしたとなれば、彼らは大した身体検査を行わず、早く自分たちのところへ来るようにと言ってくるはずだ。
この最終関門を越えれば、後はまあ何とかなるだろう。
そうして服を調達した俺とフィーネは、それを持って王都に一番早く着く列車に乗り込み、一度屋敷に戻って変装してから目的の場所――レーベン家本邸へ乗り込んだ。
結果は概ね俺の思惑通り、使用人たちは俺の格好を怪しみこそすれカルラさんに扮したフィーネに意識を向けることはなく、黒幕の待つ部屋へとたどり着くことができた。
……途中でクソ兄貴、もといカール・レーベンがフィーネにセクハラをやり始めた時は本気でその顔面を殴り飛ばしそうになりかけたが、そこはフィーネがこっそり手を握って落ち着かせてくれたおかげで、何とか抑えることができたという有様だったのだが。
まあ、何はともあれ、作戦は大方予定通りに進み、そして現在――。
――ラクレシア王国王都レーベン家本邸。
「アッシュ、貴様なぜここに……!?」
兄上、もといカール・レーベンは不倶戴天の敵を見るかのような目で俺を睨みつけてくる。
「なぜも何も一応ここは俺の実家ですよ? 帰ってきてもおかしくはないと思いますが?」
「な、ならばその服はなんだ!? どうして貴様があいつが着ていたものを!?」
「これですか? いえね、イカしたデザインだな、と思って
「譲ってもらっただと? そんな馬鹿なことがあるわけが――」
「待てカール! 奴がアッシュだということは、この女は――!?」
「……騙すような真似をしてすみません。ですが、カルラさんたちを貴方がたのような人に会わせるわけにはいきませんので」
冷たいながらも怒気を孕んだ声でそう告げると、フィーネは羽織っていたフードを脱ぎ捨てた。
彼女が着ているものはカルラさんから貸してもらった服だが、違う要素として胸の近くに小さな宝石が嵌められたペンダントのようなものが縫い付けられてある。
あれは【秘匿領域】にて採取したアイテム、【防護ショックフィールド発生魔導具】で、装着者が敵意を感じている相手に接触されると、その衝撃を完全に吸収する特殊な防護膜を展開するのと同時に、相手はに生身の体を触ったかのように錯覚させられるという代物だ。
これによりカールのあのセクハラ目当ての指が、直接フィーネに触れることは無かったのだが、それはそれとしてその薄汚い手でフィーネに触ろうとしていたことを許すなんてことはしない。
そんなことを考えながら、俺もまたコートを脱ぐと、ズボンのポケットからある直方体の箱を取り出した。
「父上たちの会話はこの録音魔道具に記録させてもらいました。……指名手配されている第二王子殿下との内通、賄賂、反乱の準備。これらが公になればタダでは済まないでしょうね」
「っ、だ、だが、そんなことをすれば貴様もタダでは……!」
「ええ、でも俺は宝剣クリアを第二王子殿下から取り返し、ヴァイス子爵家を継承しています。そんな俺が堂々とこれを告発すればどうなるか、それくらいのことはお分かりになりますよね?」
「き、貴様! 実の親を売ろうというのか!? 今日まで育ててやった恩を忘れるとは、なんという恥知らずの親不孝者が……!」
育ててやった恩、ねえ……。
勉強を見てもらったことも、何かプレゼントらしいものを買い与えてもらったことも、遊んでもらったことも、共に食事をしたことも、まともに会話したこともない。
俺と彼らにある関係は血が繋がっているということくらい。
これでもし今の俺を俺たらしめている前世の知識がなかったら一体どうなっていたことやら。
ま、それでもこうして産んでもらったことと、フィーネと暮らすあの屋敷をもらったことについては感謝していなくもない。
だからこそ……。
「これ以上過ちを犯して罪を増やす前に、今ここで止める。それが俺なりの思いやりというやつですよ」
「き、貴様ぁ……」
「まあまあ、ジョシュア殿、そう慌てることもないでしょう」
と、そこで、父上たちが閣下と呼んでいた紳士のような風貌をした男が鞘からレイピアを抜き、不敵な笑みを浮かべながら俺の方を見る。
「今ここでアッシュ君とそこの彼女を口封じすれば、我らの取引が知られたという事実はなかったことにできる。そうではありませんかな? ジョシュア殿。カール殿」
「お、おお! その通りです、閣下! 親不孝者のクズの息の根を止めれば万事解決いたします!」
「閣下! どうかその愚弟共を、いえその不届き者共に正義の鉄槌を!」
それに対して兄上と父上は止めようとするどころか、むしろ積極的に俺を殺すよう訴えてきた。
「……アッシュさん」
「気にしなくていいよ。覚悟はできていたからさ」
悲しげな表情で俺の服の裾を掴むフィーネにそう告げると、俺は【秘匿領域】産の高攻撃力の片手剣を構える。
――さて、さっさと片付けるとしますかね。
【書籍化】路地裏で拾った女の子がバッドエンド後の乙女ゲームのヒロインだった件 カボチャマスク@ろじうら11月29日発売 @atikie
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