第14話 親不孝、子不幸①
王都にある屋敷の本邸。その応接室にてカイゼル髭の男――レーベン家当主ジョシュア・レーベン並びにボウルカットで痩身の男――レーベン家次期当主カール・レーベンは、彼らの対面に座る老紳士を思わせる風貌ながら、それでいて強い覇気を漂わせ、腰に吊るした鞘にレイピアを差し、歴戦の戦士だということを実感させられる壮年の男を前に全身から冷や汗を垂れ流していた。
「さて、期日から既に一日経ったわけですが、約束の品はまだ届かないのですかな?」
「お、お待ちください、サイモン閣下! 必ずあの女を閣下にお引渡しいたしますので、どうか! どうか! 今しばらくお待ちを!」
男が懐から懐中時計を取り出すと、彼らを一瞥してから不満げに呟く。
それに対してカールは背中が冷や汗でびっしょりとする不快な感覚を覚えながらも、ジョシュアと共に必死にその男――ラクレシア王国第二正騎士団副団長サイモン・パーク公に土下座をして懇願する。
「ふむ。レーベン家とはジョシュア殿の代からの長い付き合いだ。ここは卿の言葉を信じて待ってみることにしよう」
「あ、ありがとうございます……!」
「――しかし」
ダグラス公は片手をレイピアの柄に置くと、彼らを殺気のこもった目で睨みつけた。
「私はそう気の長い方ではない。もし今夜中に届かないとなれば、その時は卿らにも覚悟していただこう」
「は、はは……。そ、それでは私共は家の者に状況を確認してまいりますので、す、少しお待ちください……」
カールは背筋が寒くなるのを感じながらも何とか笑みを浮かべてジョシュアと共に応接間を出ると、部屋の外に控えていた使用人の一人を感情に任せて殴り飛ばす。
「おい! カルラは! リストはまだ届かんのか!? 大枚をはたいてあの悪魔の使いを雇ったのだぞ! 知らせの一つも入っていないのか!?」
「い、いえ。まだ何の報も入ってきてはおりません……ぐぅ!?」
「あの役立たずが……! もうよい! お前たち! 誰かカガト村に行って今日中にあの女を引っ張ってこい!」
「わ、若旦那様。そう仰られましてもすでに列車の最終便は出て――」
「平民の分際で! この私に口答えするというのか!? この、この!」
カールは異論を唱えた別の使用人を殴り倒すと、その横腹を執拗に蹴る。
そうしてしばらくサンドバックのように殴る蹴るを繰り返し、疲労から息切れし始めたところでジョシュアがカールの肩に手を置く。
「落ち着け、カール。無茶を言ってそれが叶うのなら苦労はせん」
「し、しかし父上。このままでは我々は……!」
「届かないのであればその時は使用人の女の誰かと適当にでっち上げた書類をカルラだと偽り提供すればよい。そうすれば我がレーベン家は金と得て、今は隣国に落ち延びておられるアルベリヒ殿下より侯爵位と大臣職を任ぜられるのだからな」
「さ……流石です、父上! このカール、感服いたしました!」
「はっはっはっ! お前も私の後を継ぐのならこれくらいの腹芸は覚えねばならんぞ!」
ジョシュアの言葉にカールは仰々しい身振りをしながら感嘆し、ジョシュアはそんな息子の態度に機嫌をよくする。
一方、レーベン親子の周りにいる使用人たちは、カールに殴られた者たち含めて皆冷ややかな目で彼らを見ていた。
今この場にいる使用人たちの中で政治について詳しい者はごく一部だ。しかしこの親子の全く根拠のない楽観的な妄想に基づく計画は、彼らにレーベン家がそう遠くない未来に破滅するのだと強く実感させた。
「だ、旦那様! 至急お知らせしたいことが!」
と、その時。使用人の少女が息を切らせながらレーベン親子の元へ駆け寄ってくる。
「何ごとだ?」
「あ、あの、屋敷の門に旦那様にお目通りを願いたいという方が……」
「! そいつはどんな風貌をしていた!?」
「えと、茶色いフードを被った女性と真っ黒な帽子に真っ黒なコートを羽織られた殿方、です……!」
「ここまで時間をかけるとは、あの愚図め……。おい、早くそいつをここに連れてこい!」
「は、はい!」
カールは圧を効かせながら使用人の少女に命令すると、改めて自分が出てきた応接室へと向き直った。
「ひとまず工作の必要は無さそうですな、父上」
「うむ、これも儂らの人徳を天がお認めになってくださったということだろう」
そう言って満足げに頷くジョシュアに、使用人たちは内心呆れ果てるが、怒りを買わないようにするため真剣な顔で感情を出さないようにする。
「……旦那様! お連れしました!」
それから数分ほどして、先の使用人の少女が全身黒ずくめの男と顔が見えないほどにフードを深く被った女を連れてくる。
「ずいぶんと時間がかかったものだな。この遅れは報酬から削っておくぞ」
「……」
ジョシュアが低い声でそう告げると、黒ずくめの男は無言で頭を下げた。
一方カールはフードの女に近づくと、嫌らしい手つきで彼女の肩や胸、尻などを触りながら、その顔に鼻息がかかる距離にまで顔を近づけて口を開く。
「よくもこの私の元から逃げてくれたものだな。後できっちりと罰を与えてやるから覚悟しておくのだぞ」
その言葉に女は顔を伏せて、恐怖で体を震えさせる。
それを見たカールは口角を上げると、女の肩を掴み無理やり自分の元へ引き寄せた。
「ではサイモン閣下に約束のものを引き渡すとしようか。行くぞ、カール」
「はっ、父上!」
ジョシュアとカールは上機嫌になりながら、黒ずくめの男とフードの女を伴って応接室へ入る。
「サイモン閣下、お待たせして申し訳ございません。約束のリストの在り処を知る女です。これには後ろ盾となる者はおりませんから、どうぞ閣下のお好きなようになさってください」
「ほほう。それはそれは……」
「ところで閣下、例のものについてなのですが」
「もちろん分かっております。リストが手に入れば醜聞を暴露されることを恐れたラクレシア貴族は、必ず我々ラクレシア王国正統政府との交渉に応じる。そして殿下が共和国から凱旋し、真の王として即位された際には、約束通りレーベン家に侯爵位を叙し、財務尚書の地位をお渡ししましょう。これはその前祝いです」
そう言ってサイモンは大きな白い布袋をカールに手渡す。
カールが急いでその封を解くと、中に入っていた金貨や様々な宝石が照明の光を反射して眩く輝いていた。
「ありがとうございます、閣下!」
「それはアルベリヒ殿下の恩賜です。感謝は私にではなく、殿下になさってください」
「ははっ!」
レーベン親子は深く頭を下げると、改めて袋の中の財宝に目を輝かせる。
一方のサイモンはそんなレーベン親子を冷ややかに一瞥してからフードの女の前に立ちふさがった。
「それではカルラ殿、貴女の口から直接宝の在り処について話していただきましょうか。ああ、下手な抵抗はなさらない方がよろしいかと。貴女も、貴女のご息女も大変なことになるでしょうからなぁ」
そう言ってサイモンが女の顔を隠すフードを取ろうとした、その時。
「なるほど、リストを欲していた理由は逃亡中の第二王子を支援するためだったというわけですか」
「な、あ……!?」
黒ずくめの男の手のひらから雷撃が放たれ、サイモンはその衝撃でフードの女から手を離す。
「き、貴様! どういうつもりだ!?」
「……どうもこうもありませんよ、クソ兄貴」
「き、貴様は!?」
突然の展開に、カールは混乱しつつも黒ずくめの男を糾弾する。
対して黒ずくめの男は帽子とコートを脱ぎ捨てると、隠れていた背中の鞘から剣を抜き、その剣先をサイモンたちへと向けた。
「あんたらに不始末のけじめを取らせる。それが身内の俺のせめてもの慈悲ってもんです」
「アッシュ……!」
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