第13話 悪徳貴族②
「……私の家は王都で特注の服を作ってそれを売ることを生業にしておりました」
教会の告解室で、カルラさんは俯きながら口を開く。
「特に祖父の仕立てたドレスはその品質の高さから貴族の方々の間で評判を集め、公爵様でも数年待ちという状況になっていたそうです。そうして貴族のお得意様が増えるに連れて私の家は上流階級の方々と私的な関係を持つようになりました。……旦那様のお家、レーベン家とのお付き合いを持つようになったのもその時です」
確かに上流貴族の間で流行りの店の中には例え公爵様でも品物の完成までにそれくらい待たせる店はそれなりにあるという。そしてそれが店と客という関係を超えて家同士の付き合いということになるのもこれまたよくあることだ。
「その時の私は子供だったというのもありますが、上流階級の方々にも祖父が仕立てたドレスは高く評価されているんだとただ無邪気に考えていました。父が祖父の壁を越えられないことに焦っていたことにも気づかずに」
上流階級、その中でも最上位というべき貴族ですら惜しげもなく金を注ぎ、辛抱強く完成までに長い時間を待つという偉大な職人が仕立てた最上級のドレス。
しかしそれはその家の跡継ぎからすればそんな偉大な先代と全く同等かそれ以上の質で、なおかつ上流階級の最新の流行りを取り入れたものを作らなくてはならないということになる。
「祖父は父にも殆ど手ほどきをせずに『見て学べ』という昔気質の職人で、自分が満足いくまで何度も何度も作り直す凝り性な人でした。ですがそんな祖父だからこそ貴族の方々を唸らせる美麗で着心地のいい最高のドレスを仕立てられたというのも事実。
その祖父が工房で発生した火事で急逝して突然仕事を引き継ぐことになった父の心境は察するに余りあるものでした」
カルラさんによるとそれでも最初の方はまだ先代が完成直前まで仕立てたドレスが残っていて、独学とはいえ普通の服屋の職人としては合格点に達する技量を持つ跡継ぎが細かな調整をした上で売りに出すことである程度は売上を維持することに成功したという。
だがそのストックもすぐに尽きてしまい、遂に新たなドレスを1から仕立てる必要が出てきてしまった。
跡を継ぐことになったカルラさんの父親も決してボンクラというわけではないのだが、それでも先代ほどの才能を持っているというわけではなくカルラさんの家はお得意様に逃げられ経営状況も徐々に、そして確実に悪化の一途を辿っていくことになる。
「あの、先ほど仰っていた【宝】を使うなり売るなりして家を建て直すということはなさらなかったのですか?」
「……しなかったのではなく、できなかったのです。なぜから宝は――」
そこで俺が質問をすると、カルラさんは一瞬言葉に詰まってしまう。
しかし素直に話した方がいいと判断したのか、彼女は声を潜めながら口を開いた。
「我が家の宝、それは貴族のお客様情報が載った顧客リストなのです」
「あー……、なるほど」
この世界の貴族にとって何を買ったか、何を利用したかという情報は使い方によってはその家を潰すをことができる武器となり得る。
だから貴族御用達の店ではその情報を厳重に管理されているはずなのだが。
(そういう店が潰れる時には何かしら騒動が起きると聞いたことがあるけれど、こういうことね……)
さて、長年雇っていた職人や店員も解雇せざるを得ない状況になり、上流階級の間でカルラ夫人の実家の名前が出ることはなくなり、服に使うための高級生地を取り寄せることも出来なくなり、宝も使うこともできないとなると、先代が遺した遺産を食いつぶして生きていくしかない。
最早再起の可能性など殆どない、そんなレベルで追い詰められていた時、
「……ジョシュア・レーベン卿。祖父の代から懇意にしていただいていた貴族様で、あの方は父に私をカール様と結婚させれば援助を行うと持ちかけてきたのです。そして父は、父は泣きながら私に頭を下げてレーベン家へ嫁いで欲しいと懇願し、私はそれを受け入れることにしました」
そいつら――俺の実家でもあるレーベン家は、カルラさんを兄に嫁として差し出せばその見返りに援助を行うと持ちかけたらしい。
かくして破滅一歩手前という状況にまで追い込まれていることを理解していたカルラさんは、苦渋の決断でレーベン家に嫁ぐことを決めたそうだ。
「ですがあの方たちはアイシャが生まれると親族である自分たちに宝の在処を教えろと父に執拗に、脅迫と言っていい程までに執拗に迫り、そして父は……、父は自分の首を……。それからはあの方たちはまるで用済みだと言わんばかりに、私に暴力を振るうようになって……」
よほど辛い記憶だったのだろう。カルラさんは顔を両手で覆い、嗚咽まじりに泣き出してしまった。
実の子に全く会いにこようとしないことから酷い家だと思ってはいたが、まさかここまで酷いものだったとは……。
まともに会話したことなど全くと言っていいほどないが、それでも血の繋がっている身内であることに変わりないので本当に申し訳なくなる。
「そんなある日、私は王都で今は田舎の教会でシスターをしているという旧友と再会しました。……そして、彼女に自分が置かれている状況について相談したところ、縁切りというものを教えてもらったのです」
そこからのカルラさんの行動は早かった。
彼女はそのシスターに受け入れを頼み、もしもの時のためにと貯めておいたお金を使って列車の切符を買うと、アイシャを連れて密かに屋敷を抜け出してこのカガト村に逃げ込んできたそうだ。
「あとはアッシュさんも知っての通りです。……ところでその、お伺いしたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「今この村で起きていること、これとレーベン家には何か関係があるのでしょうか?」
まあ、ここまで来たらその可能性に思い至るよな。
「……それについては今はまだ何とも。ただその可能性も十分にあり得ます」
「そうですか……」
俺の返答を聞いたカルラさんは目を閉じて深呼吸をすると、突然俺に対して土下座したのだ。
「か、カルラさん!?」
「私はどうなっても構いません。ですがあの子だけは、アイシャだけは助けてください。どんなことでもいたします。だから、だからどうか、あの子だけは……!」
カルラさんは額が床に擦りつくほどに頭を下げながら、涙声で必死に頼み込んでくる。
この人は本当に子供のことを、アイシャのことを愛しているのだろう。
……アイシャは今世の俺にとっては血の繋がった存在。なら俺が取るべき選択は決まった。
「顔をあげてください。アイシャも、そしてあなたにもこれ以上辛い思いはさせません。身内の不始末は身内の俺がけじめをつけさせます」
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