第12話 悪徳貴族①

「アッシュさん。準備が整ったとのことです」

「ぁ、はい。すぐ行きます」


 割り当てられた教会の一室。

 窓からは朝焼けの空が見える中、仮眠を取っていた俺はこの施設の子供に呼ばれて目をこすりながら何とか声を絞り出してそう返事をすると、伸びをしながらベッドから起き上がり部屋を出る。


「あ、アッシュさん。おはようございます……」

「ん、ああ。おはよう、フィーネ。そっちはその……大変だったみたいだな」

「……はい。でも皆を助けるためですから」


 そうして待ち合わせ場所に指定した告解室へ欠伸をしながら向かっているとフィーネと鉢合わせてしまう。

 彼女は見るからに精根尽きたといった様子で、本当に今すぐにでも倒れてしまいそうな状態だった。

 それもそうだろう。彼女は一晩中、件の襲撃で負傷した自警団を休憩することなく治癒するためにこの村を奔走していたのだから。


『絶対に死なせない……! 絶対に助ける……!』


 負傷者に聖魔法で治癒している時に鬼気迫る表情のフィーネが漏らしたあの言葉は当分忘れられないと思う。

 捨て子であるフィーネにとって幼い頃から面倒を見てくれたこの村の住人は家族同然、そんな人が目の前で死にかけていたとしたら何が何でも助けるというのはある意味ごく自然なことだ。

 そんな彼女の必死の奮闘のおかげで死者どころか生活に支障をきた障害を抱えた人間を1人も出さなかったのだから本当に頑張ったと言えよう。


「まあとりあえず危険は排除したから、フィーネは部屋でゆっくり休んで。本当によく頑張ったよ」

「……はい、そうさせていただきます」


 俺がフィーネの頭を撫でると、彼女は心地よさそうにしながらそう答える。

 そうしてふらふらと自分に割り当てられた部屋へ向かうフィーネを見送った俺は、告解室の前にたどり着くと、深く息を吐いてその扉をノックした。


「――どうぞ、入ってください」


 すると室内からマザー・ヒルダの普段と変わらない温和な声が聞こえてくる。

 俺はその声にこれからすることへとギャップのようなものを感じながら扉を開いて中に入っていく。


「……くそ。こんな小僧にこの私が……」


 機密性が保たれた小部屋の中には、武器を奪われ、両手両足を椅子に縛られて身動きが取れなくなり憔悴した様子の男の姿があった。

 キズヨルの劇中にこんな見た目のメインキャラはいない。だがこいつらがどういう人間なのかは劇中の描写から容易に察することはできる。

 聖女神教会にて退魔術を叩き込まれ悪魔退治の精鋭として活躍しながらも、汚職に手を染めて破門され裏社会に流れ、悪徳貴族を相手に悪魔の召喚方法を教えたり、その後始末を行うことなどで金銭を得る悪党。通称、【悪魔の使い】。それがこいつの正体だ。


「……それでは私は失礼いたします」


 俺はマザー・ヒルダに目配せをして2人だけにしてもらうと、予備の椅子を拘束されたままの男の前に置いてそれに座る。


「まあ、あんたの正体については察しがついてる。知りたいのは依頼主が誰なのかと、他に仲間がいるのかってことだ」

「はっ、素直に話すと思うか? 私はこれまで何体もの悪魔や教会の追手を――」

「へえ、ところであんたは知ってるか? 第2王子様を殴り飛ばして頭を下げさせた大馬鹿野郎の話を」


 そう言って俺は手のひらに小さな雷雲を生成すると、それで男に軽いショックを与えた。


「がっ……!? ま、まさかお前は――」

「素直に喋る気になったのなら早めにした方がいいぜ? あんた、自分でやったから分かるだろう? この村の自警団が味わった苦痛がどんなものかを」


 そうして俺は怯える男の襟首を掴んでこちらに引き寄せると、にっこりと笑みを浮かべながら話を続ける。


「あんたにやられたこの村の自警団員の数は10数人だったか。あんたが耐えられなくなるまであの人たちが受けたものと全く同じ苦痛を浴びるか、それともさっさとゲロって衛兵に突き出されて檻の中で神様に無事を祈るか、選択肢はどっちかだ。さあ、どうする?」


 俺は手のひらに雷雲を浮かべたまま、顔をひきつらせている男にこれからどうしたいかを訊く。

 男が項垂れ、俺が予想していたものと全く同じ依頼主の名前を喋り出したのはそれから程なくしてのことだった。




「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらず。こちらも着いたばかりですから」


 それから時間が経ってすっかりと日が昇った頃、近くの詰所から衛兵たちが村へ着く前に俺は教会でカルラさんと会っていた。

 カルラさんの顔は暗い。昨夜の一件の影響もあるのだろうが、それ以上に彼女が気にしているのは追手・・が現れたことと、ある意味そいつの関係者とも言える俺が呼び出したからだろう。


「……改めて自己紹介させていただきます。自分の名前はアッシュ・レーベン。一応ではありますが、貴女の義理の弟に当たる者です」

「やはりそうなのでしたね。貴方からはあの人の面影が感じられますから……」


 そう話すカルラさんの肩は震えている。

 やはりこの親子は――。


「まず自分は家族と全く面識はありませんし、レーベン家から独立状態にあるというか、実家とは絶縁状態なので一方的にあの人たちに味方するということはありません。ですので……信じるのは難しいと思いますが、貴女方に危害を加える意思は決してありません」

「い、いえ。信じます。……失礼な話ですがあの人たちが貴方について話すことはどれもその貴方への怒りや嫉妬にまみれたものでしたから……」

「――なるほど」


 カルラさんは申し訳なさそうに話すが、俺はそれにむしろ安心感のようなものを覚えていた。

 これからのことについて考えると、あの人たちが仮にもし俺に対して好意的な感情を持っていたら恐らく覚悟が揺らいでしまっていただろうからな。


「さて、隠し事は無しにしましょう。貴女は兄と無理やり結婚させられ、虐待を受け、親を頼ってこの教会に逃げ込んだ。そしてレーベン家は貴女を連れ戻すために魔王軍残党に悪魔の使いを追手として送り込んできた。合っていますか?」

「……はい、概ね合っています」


 キズヨル本編には腐敗し汚職などに手を染めた上、悪魔と契約して富や名声、政敵の排除を目論む極悪非道な悪役の貴族が何人か登場していた。

 そして俺の今世の生みの親、レーベン家はそういう類の悪徳貴族だったというわけだ。


「ですが分からないことがあります。俺の実家は下級貴族でお世辞にもそんなことを可能にするコネや金、政治力があるとは思えないし、俺を仕留めるならともかく貴女方を狙うためにこんなことをする理由が分かりません」

「……」


 昨夜この村に奇襲した男はレーベン家に雇われてカルラさんとアーシャを拐ってくるようにと命じられたとのことだ。

 各方面から恨みを買っていそうな俺やフィーネではなく、貴族社会で名前が上がってくることのないカルラさんらを狙ってここまでの騒動を起こすなんて普通じゃない。


「もし何か思い当たることがあるなら喋ってはいただけませんか? また今回のようなことを引き起こさないためにも」


 俺がそう言うとカルラさんはうつむき押し黙ってしまう。

 やっぱり俺ではダメだったか。

 そう諦めかけたその時――。


「あの人たちは私の……私の家の【宝】が目当てなのです」


 カルラさんは決心を固めた表情で喋り出したのだった。

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