第11話 暗殺者
教会を後にした俺は松明で周囲を照らしながら避難所となっている孤児院に戻りながら、マザー・ヒルダとの会話を思い出す。
(それにしても……、どうしてあのイベントが発生したんだ?)
もちろんあの人との約束を破るつもりはないし、フィーネにとってよい友人でありたいと思っている。
しかしあのイベントは攻略ルートへの突入を知らせるものだ。攻略キャラでも何でもない俺に発生するとは一体どういうことだ?
(うーむ、わからん)
確実に言えるのは今のこの疲れた頭であーだこーだと考えてもあまり意味はないだろう。
とりあえずさっさと寝床に戻って休んで、詳しいことは明日考える。きっとそうした方がいい。
そう考えて俺は自分の布団が用意されている孤児院の方へと歩き出す。
と、そこである違和感を覚える。
(……んん? 静か過ぎじゃないか?)
深夜なのだから静かなのは普段であれば何もおかしいことではない。
しかし俺が教会に入るまでは自警団が大声を出しながら見回りをしていた。
なのに今は梟や虫の鳴き声しか聞こえてこない。
加えて民家の明かりも所々消えている。
(何かが村に入り込んだのか……?)
頭をよぎったのはゴブリンを率いていた悪魔を始末した何者かの存在だ。
聖水、あるいはそれに近いものでコーティングされた銀の矢を用いていたことから、あれを打ったのは人間だと思われるのだが……。
「……?」
そんなことを考えながら村の広場に近づくと、何やら大きなものが複数地面に転がっているのが見えた。
モンスターや何者かが仕掛けた罠の可能性を考慮して、いつでも魔法を放てるように警戒しながら慎重に近づくと、松明の明かりに照らされて
「これは――」
「う、うぅ……」
そこに倒れていたのは自警団の青年たちだった。
彼らは皆、苦悶の表情を浮かべており、また手足が思うように動かせないらしく、その場から立ち上がれないでいる。
……これは明らかに異常事態だ。すぐにでも安全な場所に連れていって治療を施さないと。
しかし今、俺の手元には回復用のポーションはない。そうなると俺が取れる手段は……いち早くフィーネを呼んで彼らに聖魔法をかけてもらうしかないか。
「……ここで待っていてください。すぐに孤児院のフィーネを呼んできますから」
俺はそう告げると孤児院の方に向かって走り出そうとする。
「まっ、待ってくれ……教会、が……」
しかしそこで一番近くで倒れていた自警団の男が、必死に俺の足に手を伸ばし、呂律が回らないながらも声を絞り出して話しかけてきた。
「教会、に……黒い奴が……僕たちを、攻撃した敵が……向かった……助けに――」
「なっ!?」
「たの、む……。僕たち、はいいから、敵を――」
そこまで言って、青年は力尽きたように動かなくなってしまう。
急いで容体を確認するが、どうやら意識を失っただけのようで息はしている。それでも何らかの毒に犯されていて猶予が残り少ないというのは変わらないし、急いで治療を受けられるようにするべきなのだろう。
だけど。
「……わかりました。すぐに敵を倒して、それでフィーネを連れて戻ってきます」
もしかすると俺の声は聞こえていないのかもしれないが、それでも意思表示を兼ねてそう告げると使えそうな
※ ※ ※
「っ、遅かったか……」
「みんな、早く広場の方に走って!」
「自警団のお兄さんやお姉さんが必ず助けてくれるからね!」
駆けつけた時には教会の窓は破られていて、あちこちから黒い煙が立ち上っており、シスターたちは混乱状態にある住人を落ち着かせながら、自警団がいる村の広場へ向かうよう避難誘導をしている。
そのシスターたちの中にフィーネがお姉ちゃんと呼んでいた女性の姿を見つけると、俺は何が起こったのかを知るべく彼女に駆け寄った。
「あの! 何があったんですか!?」
「あなたは昼間の……。えっとその、突然弓のようなものを持った人が押し込んで教会を攻撃し始めて……」
話しかけるとそのシスターは取り乱しながら何が起こったのかを話し始める。
「教会にいた人たちは皆、逃げられたんですか?」
「……それが上の階に逃げた人たちが取り残されていて、マザー・ヒルダもどこにいるのか分からないですし」
「分かりました。俺がその人たちを助けに行きます。あなた方はここにいる人たちを孤児院に避難させてください」
「孤児院、ですか? 村の広場の方が自警団の人が大勢いて安全だと思うんですが……」
「……広場にいた自警団の人は侵入者に無力化されました。今は孤児院の方が安全だと思います」
「わ、わかりました……」
俺が自警団の現状を伝えるとシスターは息を呑み動揺した様子を見せた。
しかし今はより正確な情報を伝えて被害が増えるのを防ぐ方が重要だ。
「それと広場の方に倒れている人が大勢いるのでフィーネをすぐに向かわせてください」
「は、はい!」
シスターはそう返事をすると俺の話を伝えるために同僚の元へ走っていく。
さて、それじゃあ俺もやるべきことをやるとしよう。
(侵入するとしたら……煙がそこまで入り込んでいない2階からだな)
教会を観察してそう結論を出した俺は、助走をつけて全力で跳躍すると、狙い通り目的の2階の窓から建物内に突入する。
(とりあえず中に入っていきなり敵と出くわす、なんて事態は回避できたな……)
中に入るとそこは二階の廊下で前後に曲がり角があり、俺以外に人の姿はない。
思っていた通り、煙はまだこの階に届いていないようだ。しかしこの状況は長くは保たないだろう。敵に見つかってしまう前に取り残された人たちと合流しないとな。
(この階に俺以外の気配は感じられない。なら3階に移動するか)
俺はそう考えると自警団から拝借した武器……というか鉄の鍬と家屋から剥がしただけの簡易的な木の盾を構えつつ階段の方へ向かおうとする。
その時だった。
『……!』
「っと」
角を曲がろうとしようとすると、機関銃のような速さで小さな矢が連射され、俺は廊下に後退することを余儀なくされる。
(くそ、なんて速さだよ……!)
今見た攻撃は明らかに出る作品を間違えていると言っていいレベルのものだ。
そしてキズヨルの武器にあんなことを可能にするフレーバーテキストが書かれたものは存在しない。
ゴブリンの件と言い、敵は何者で、いつどうやってあんなものを入手したんだ?
(……出所を探すのは後だ。今はあいつをどうにかする手段を考えないと。でも、どうやって?)
俺のステータスと各種耐性ならある程度の毒や麻痺などは防ぐことはできる。
しかし正体不明のあの矢に当たったらどうなるか分からない以上、うかつな行動を取るわけにはいかない。
はぁ、ここにフィーネがいてくれたら聖魔法で防御バフをかけてもらって攻撃を気にせず敵に向かって突進することもできたんだけどな。
……ん? フィーネの聖魔法で?
「……」
俺は音を出さないよう注意しながら先程倒れていた自警団の一人から拝借した原初の聖女神象を取り出す。
これはフィーネの聖魔法を強化するためのアイテムだが、その効果が判明するのはあるイベントで期せずして魔法がこの像を掠めた際に強い光を発し、その現象にフィーネたちが疑問を抱き調査クエストを開始したからだ。
そしてあの強い光は何らかの魔法というわけではないと作中でハッキリと明言されている。
であればこれを閃光弾代わりに使えるのではないか?
「……試してみるか」
俺は壊してしまわないよう、力をセーブしながら女神像を廊下の方へと転がす。
敵はそれを攻撃だと思ってくれたようで、行く手を塞ぐように再び矢が機関銃のような勢いで連射した。
これで奴がまだすぐ近くにいるということは分かった。
後はあの像を掠めるように魔力を放って――。
『……!?』
俺が手をかざして目をカバーしたのとほぼ同時に女神像は激しい閃光を発する。
(今だ!)
光が収まるタイミングを見計らい、俺は木の盾を構えながら廊下に飛び出し、突然の閃光に床で身悶えている、黒い帽子に黒いコートと全身を真っ黒な衣装で固めクロスボウらしきものを装備している不審者に近づく。
『――!』
口元を季節外れのマフラーで隠したそいつが再びクロスボウを構えると、弦にどこからともなく矢が装填されて俺に向けて掃射してくる。
その威力はやはり強烈で、木の盾はあっという間に木っ端微塵になってしまう。
「っ、『ウインドロック』!」
『!?』
対して俺は風魔法『ウインドロック』を放つ――ように見せかけて水魔法の濁流で矢の勢いを消す。
敵は水魔法が放たれるとは思っていなかったようで動揺を見せる。
魔法を扱うのに最も必要なのはイメージ、そしてそのイメージをより強固なものにするのが発動する魔法の名前を口に出すことだ。
しかしそれをしなくても魔法を放つことは可能だ。なら口に出した魔法の名前と全く違うものを発動すれば相手を動揺させられるのではないか?
そう考えてやってみたが効果は抜群だったらしい。
「らぁっ!」
『――っ!?』
俺は全力で奴の右腕を蹴り上げクロスボウをその手から引き離すと、続けて足にもう一発蹴りを入れて姿勢を崩す。
「これで、終わりだ!」
『が、アァァ……』
俺は奴の頭を掴むとそれを勢いよく床に叩きつける。
そして敵は苦悶の声を上げた後、意識を失いピクリとも動かなくなった。
「ふぅ……」
それを見て俺は深呼吸をすると奴が持っていた武器、クロスボウやナイフなどを奪い、その体を拝借したロープで柱に拘束し、3階へと駆け上がった。
◇◇◇
「皆さん、怖がらないでください。必ず助けが来ますからね」
教会の3階にある談話室では上の方に逃げてきて怯える避難民をマザー・ヒルダが優しい声色で落ち着かせていた。
「……あ、おにいさん!」
その避難していた者の一人、アイシャ・レーベンは俺に気がつくと立ち上がってこちらへ駆け寄ってきて抱きついてくる。
続いてマザー・ヒルダや他の避難民も俺の存在に気づき、こちらに近づいてきた。
「アッシュさん? どうしてここに……?」
「皆さんを助けに来ました。武器を奪って下の階で拘束しています。今の内に外へ逃げてください。それと一階は煙が充満していますから布か何かで口や鼻を抑えてください」
「……なるほど。危険な中、私たちを助けに来ていただき本当にありがとうございます。それでは皆さん、外へ退避しましょう」
マザー・ヒルダのその掛け声で避難していた人は下の階へおりていく。
「ほら、君も早く下へ行きな」
「うん……」
俺はアイシャになるべく優しい声でそう言うと、彼女は抱きつくのをやめてマザー・ヒルダの後をついていく。
とりあえずこれで一件落着かな? そう思った矢先――。
「アッシュさん。その、捕らえた人はこれからどうなるのでしょうか?」
アイシャの母親、カルラ・レーベン夫人は不安そうな顔で俺に犯人の今後の処遇について訊いてくる。
「多分このまま拘束して、早馬で衛兵に来てもらって引き渡すという形になると思いますが……何か不安なことでも?」
「いえ……。それなら良いのですが……」
そう語るカルラ夫人の顔は不安で真っ青な表情になっていた。
この人がこんな表情をするということは、もしかすると今回の騒動の裏には……クソ、そういうことかよ。
「……カルラさん。明日、この教会でお話したいことがあります。それまではこの村に留まってください」
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