第10話 【聖女】

「中央広場にモンスターの姿はなし。オレらはこれからモリスさんの牧場の方を見回りしてくる」

「分かった。僕たちはもう一度孤児院の方を見てくるから何か異変を感じたら迷わず発煙弾を使うように」


 深夜、モンスターの侵攻を退けることには成功したが依然脅威は残っているということで、カガト村の住民で戦えない者は避難所として解放されている孤児院と教会で寝泊まりし、それ以外の全ての建物には明かりが灯され、自警団員が武器を持ってグループを作り、声を張り上げて報告をしながら村中を見回りするという物々しい雰囲気が漂っていた。


 一連のモンスターの襲撃でカガト村が負った損害は郊外の畑が荒らされたことと廃材などで造ったバリケードが少し壊されたくらいで直接的な人的被害はない。

 強いて言えば勝手に山へ行ったミーシャたちにシスターから雷が落ちて拳骨を食らったのが人的被害なのだろう。

 ともかく兵士が1人も駐屯していない辺境の小さな村でモンスターの大攻勢を退け、これだけの被害で済んだのは奇跡としか言い様がない。

 そんな村の光景を傍目に孤児院を抜け出した俺は目的の教会へと急ぐ。


「ふぅ……」


 教会の裏門の前に立った俺は大きく息を吐いてからそれを開く。


「こんばんわ、ごめんなさいね。こんな時に教会まで来ていただいて」

「いえいえ大丈夫ですよ。避難所にいても時間を持て余していたでしょうから」


 俺を出迎えたのは古びた燭台を持ったマザー・ヒルダだ。

 軽く挨拶を交わすと俺はマザー・ヒルダに先導されて礼拝堂へと案内される。


「改めてではありますがミーシャたちを助けていただき本当にありがとうございました」

「お礼を言われるようなことではありませんよ。大切な友人の家族ですから」

「大切な友人……ですか。あの子はずっとこの村から出ることなく過ごしていましたし王都の学院でうまくやっていけるのか心配でしたが、貴方のような素敵な人が友人なら安心できますわ」


 礼拝堂が薄暗いせいでマザー・ヒルダがどんな顔をしているのかは分からないが、その声色はどこか安心しているようなものに聞こえた。

 そんな話をしている間に俺たちの前に燭台の明かりに照らされた聖女神像が視界に入る。

 さて、この像の前までやって来たということはゲーム通りならあの話をされるだろう。


「アッシュさん。もうお分かりのことでしょうがフィーネには特別な力があります」

「……はい。確かに彼女は自分や他の生徒とは違う特殊な魔法を持っているように見えますが」

「ええ、まさしくその通り。フィーネが持つ力は神聖であり唯一無二のものなのですよ」


 そう言ってマザー・ヒルダは懐から銀色の鍵を取り出すと、聖女神像の台座に差し込む。

 すると台座はずず、ずず、と地面と擦れるような音を立てながら礼拝堂の奥へと僅かに移動し、代わりに地下空間へ通じている階段が現れる。


「そして貴方には知っていただきたいのです。フィーネのあの力の源と、あの子に待ち受けている運命について」


◇◇◇


 階段を降りていった先にあったのは分厚い本が所狭しに納められた本棚に囲われ、奥に何かの研究に使っていたのであろう机と椅子が置かれた地下室だ。

 本と本の間には防湿防虫のための特殊加工がされている年季の入った魔導具が置かれており、それから発せられる独特の臭いが鼻を刺す。


「貴方はこのラクレシア王国の建国神話でもある勇者伝説で勇者様と聖女様がどうなったかご存知ですか?」

「……勇者様と聖女様についてですか? 確か聖女神メーア様に祈りその身を剣へと転じて魔王を屠り、その後は勇者様の子孫である王家の宝物庫で永遠の安寧を享受していると聞かされてきましたが」


 これはこの大陸に生まれた人間なら誰もが知っている伝説だ。

 一般的には【始まりの聖女】とされているクリアが聖女神に心から祈りを込め光輝く宝剣となって勇者を助けた。

 そして勇者は荒廃したこの地にラクレシアという国を建国しそして今へ至る。

 これが人々が知っている一般常識だ。


 しかし時として真実は伝え聞かされたもの と大きく異なる場合がある。


「世間一般に伝わっている勇者伝説における勇者アーロン様と聖女クリア様の最後は貴方が語ったものその通りです。ですが事実は伝説とは大きく異なります。……アーロン様は魔王を討伐した後、人里離れたこの地で聖女クリア様を元に戻す研究に生涯を捧げ、勇者様や聖女様と共に魔王討伐に参加した勇者様の弟君と剣聖殿、そして賢者様が勇者様の名を使い戦乱で荒れ果てたこの地にラクレシアを建国したのです」


 キズヨルの勇者伝説では勇者アーロンと聖女クリアの活躍に特に焦点が当てられているが、魔王討伐の冒険には勇者アーロンの弟で魔法使い見習いのルオ、女剣士で後に剣聖と呼ばれるエリー、ルオの師匠である賢者ウラノスが同行していた。

 そして魔王討伐後、勇者アーロンは宝剣クリアを持って行方知れずとなり権力者なきこの地は人間同士の戦争という新たな脅威に直面することになってしまったのだ。

 そんな状況でアーロンの弟であるルオはとある決断をする。

 勇者の弟の存在を消し、自らが【勇者アーロン】となってこの地を治めるという大決断を。

 幸か不幸か勇者アーロンの魔王討伐の旅の全容を知る者は彼らの仲間くらいで、ルオが勇者パーティーに参加したのは魔王城攻略直前のこと。

 そしてルオは幼くはあるがアーロンと容姿が似ており、賢者、剣聖と名を馳せた勇者パーティーの元メンバーたちの後ろ楯もあり彼はあっさり『救国の英雄、勇者アーロン』として認められ、彼を君主とするラクレシア王国は新たな戦乱が起きる前に建国されることになった。

 これがマザー・ヒルダとの会話イベントと公式資料集で明らかとなるラクレシア王国誕生の物語だ。

 さて、これだけなら王国の影の歴史というだけでわざわざ俺をこの隠された地下室に呼び出す理由にはならない。


「……そのお話と自分をここへ連れてきたことに一体何の関係が?」

「勇者アーロン様は先ほど申しました通り、宝剣と共にこの地へやって来て古代の魔導書を研究し彼女を元に戻そうとしました。ですが、聖女神様の神具の効果は絶大でアーロン様が宝剣から取り出せたのはクリア様の聖女としての力だけでした。そして聖女の力は先代の聖女が死亡すると別の聖女神様の寵愛が深い赤子に移り新たな聖女にするという性質があることが分かりました。そのことが判明した後、アーロン様は宝剣を弟様へ預け行方知れずとなったのです」


 そう言いながらマザー・ヒルダは本棚から華美な装丁がされた分厚い書物を取り出し、それを机の上に置くと、それを開いてあるページを見せる。


「この本にはクリア様以降に誕生した歴代の聖女の名とその生涯が綴られています。そして現在、最新の聖女として記録されているのがあの子、フィーネなのです」


 そこには幼少期のフィーネの模写と孤児院に迎えられてから王立魔法学院へ入学するまでのことが詳細に書かれてあるが、その本にはフィーネの両親に関する情報は一切記されておらず、ただ一文『墓場に放置されていた幼児を保護、後に今代の聖女だと判明。』という記述だけがあった。


「聖女として生まれた者は皆どういうわけか似た容姿をしています。そのため不義の子と疑われ不遇な扱いを受けたり、捨てられることが多いのです。幸か不幸か、フィーネは実の両親の記憶はありません。ですが彼女にはもう『聖女』ということで不幸な目には遭って欲しくないのです」


 マザー・ヒルダは本を閉じると俺に深く頭を下げたのだ。


「お願いします。あの子の、フィーネの良き友で居続けてあげてください。これが私から貴方へのたった1つの頼みです」


 ……ゲームで最初にこのイベントを見た時はフィーネの不遇さなどから思わず「きっつ……」と声を漏らしたことを覚えている。

 しかもこの世界で彼女は一度バッドエンドになりかけた。そのことを考えるとマザー・ヒルダのこの頼みを断れるわけがない。


「……わかりました。だからヒルダさん、どうか頭をあげてください」

「ああ、本当にありがとうございます……」


 マザー・ヒルダは目尻に涙を浮かべながら何度も感謝の言葉を口にする。

 その言葉に俺はむず痒さを感じながらも、フィーネを心から裏切るような真似は絶対にしたくないと心から思うのだった。

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