第9話 包囲殲滅戦

「っと、君たち怪我はないかい?」


 洞窟によじ登ろうとしていたゴブリンの群れを洪水で一掃すると、俺は背後の子供に声をかける。


「あ、あたしは大丈夫だ。どこも怪我はしていない。だけどシャノンが――」


 ゴブリンに石を投げつけていた短髪の少女はそこで洞窟内の大きな岩に腰かけている赤い髪の少女へと視線を移す。

 その少女の右足は赤く腫れていて、その痛みを和らげるためにか鎮痛作用のある薬草などを巻く応急措置がされてあった。


「ごめん、なさい。私がドジして転んで足を捻ったから――」

「違う! 謝るのはあたしの方だ! 孤児院から無理やり連れ出したのもあたしなんだし……」

「ミーシャ、でも――」


 シャノンが申し訳なそうに謝罪の言葉を口にしながら俯くと、それを否定するようにミーシャが自分にこそ非があると叫ぶ。

 ……友達思いなのはいい。しかし今重要なことは。


「どっちが悪かったかは後で好きなだけすればいい。それよりも今は家に帰ることを最優先に考えるべきじゃないかい?」

「でも私がこんな足じゃ村に帰るのも危ないんじゃ……」

「それについては心配しなくていいさ」


 そう言って俺は指を鳴らすとイアンが使っていた【ウインドロック】を応用して生成した風の椅子に2人を座らせる。


「ちょっとばかし派手に飛ぶけど舌を噛まないように気をつけて、な!」

「「え、ええええ!?」」


 そうして俺は2人が座る風の椅子をそれぞれ片手で抱えると、全速力で駆け出し、村の方角に向かって大ジャンプをしたのだった。

 


◇◇◇


side.カガト村


「押し込めえ! てめえらはガキすら捕まえられない愚か者だ! あんな簡単な命令すら果たせない役立たず共はオレ様の盾になって死んでしまえ!」

「何としてもここで食い止めるんだ! 僕たちが倒れたら子供たちに明日はない!」


 カガト村の周囲に使わなくなった木材などを用いて即席で用意したバリケード。

 ゴブリンたちはそこへ奥の巨像にまたがる悪魔の命令を受けて必死の形相で攻め込んでいた。

 彼らは石の短剣や弓矢、木の棍棒を用いてバリケードを突破しようと試みている。

 それに対して村の自警団は古びた剣や斧を手に持ち同じく必死の形相でゴブリンの侵攻を抑え込んでいた。


「くそ、左翼の防御が崩れた!」


 一進一退の攻防が続き、自警団側にも負傷者が出て戦況はモンスター側に有利なものとなる。

 出来ることは自分たちの命をかなぐり捨てて最後の特効をしかけることぐらいか。

 防衛に参加している誰もが悲観的な結論に達し、心の中で家族との最期の別れを始めたまさにその時。


「【セイントシールド】!」


 突如、ゴブリンの小柄だが全身に筋肉がついている緑色の体は出現した光の壁によって全て弾かれてしまう。

 自警団の青年たちが声が聞こえた方を振り向くと、そこには木の枝を杖代わりにして立つフィーネの姿があった。


「ふ、フィーネちゃん!? どうしてここに!?」

「わたしは学院で戦う術を覚えてきた。なのにみんなに任せて避難所にいることなんて出来ない。だから――」


 フィーネが枝を振ると無数の光が再びバリケードに迫りつつあったゴブリンやダブルホーンウルフの心臓を的確に貫いていく。


「だからわたしにも戦わせて。皆の命を守るために!」

「――っ、わかった。だけど絶対に無茶するんじゃないぞ!」

「! うん!」


 自警団団長の青年の言葉を聞いてフィーネは力強く頷くと前線の自警団たちに仲間入りする。


「あ、あの力は……。いや、何かの見間違いだ! お前ら! さっさとその薄汚いバリケードをぶっ壊せ!」


 悪魔のモンスターは怒りで拳を自身が騎乗している巨像に叩きつけるとあらんかぎりの怒声をゴブリンたちに浴びせた。

 それを聞いてゴブリンは体を震わせながらも再び武器を手に取り、肩で息をしながらバリケードとその背後の自警団を殺意と恐怖が入り混じった目で見る。


「みんなの怪我を癒して! 【ハイ・ヒール】!」

「うおっしゃあ! これで俺も戦えるぜ!」

「こっちにはフィーネが付いてるんだ! 負けるわけがない!」


 一方、自警団の方はフィーネがかけた聖魔法による治癒で負傷者たちが戦線に復帰したことで先ほどまで死を覚悟したような目が一転して生き残るという渇望が生まれ士気が向上していく。

 

「さあ武器の補充を! 戦いはまだまだ続くぞ!」

「ギャ……ギャギャア!」


 自警団の長が他の自警団員を鼓舞するように叫ぶと、それに続いてゴブリンのリーダー格が悲鳴のようにも聞こえる声を上げてバリケードに向かって突撃するように命令する。


「クソ、クソ、クソ! お前らさっさと落とせ――ひぎゃっ!?」


 苛立った魔王軍残党幹部は唾を吐きながら血走った目で叫んでいると、その肩をフィーネが放った光線に貫かれ、思わず巨像から落ちてしまう。


「みんな! 落ち着いて、冷静にモンスターの急所を狙って!」


 フィーネは聖魔法による盾で自警団とバリケードを守りながら先陣に立つ。

 ゴブリンたちは上位存在である魔王軍幹部残党が負傷したことで混乱し、その隙を突くように自警団が石を投げたり弓を射つなど攻勢に出る。

 

「……クソ、クソ、ちくしょう! おい、お前! お前も魔王様のために蘇ったというのならその力を使ってみせろ! このうすのろがっ!」


 魔王軍残党は肩を手で押さえながら自分が騎乗していた巨像を蹴り罵声を浴びせた。

 それに反応したのかどうなのか、巨像は目に当たる部分に埋め込まれた赤い宝石のようなものを輝かせると槍のようになっている右腕を自警団が守るバリケードの方へ向け、その形状をトライデントの様に変化させると、中心部に膨大な魔力を集め始める。


「っ、みんな! バリケードから離れて!」


 フィーネはとっさにそう叫び魔力の殆どを使い巨大な光の壁を自分と巨像との間に生成した。

 巨像が放とうとしている魔力はアッシュが実力試験で放った魔法には及ばないが、それでもあれが村に向かって撃たれたら大惨事は避けられない。

(――だからここで全力で巨像の攻撃を止めるしかない。アッシュさんが帰ってくるまで……!)

 覚悟を決めたフィーネの光の壁と巨像の魔力がぶつかろうとした――その瞬間。


「「……ぁぁきゃああああ!?」」


 場違いとも思える子供の悲鳴が空から聞こえてくる。

 続いて何かが地面に衝突したことで衝撃と砂煙が発生し、その場にいた者全員の視界が遮られてしまう。


「けほっ、けほっ、一体何が……」


 フィーネは咳き込みながら落ちてきたものの正体を確かめる。


 そこにいたのは何かに座る子供2人を抱え上げている彼女がよく知る青年と――。


『………―――』


 その青年が落ちてきた衝撃によって真っ二つに砕けた巨像の残骸があった。


◇◇◇


 砂煙が晴れると俺たち以外のその場にいた者は唖然とした表情を浮かべていた。

 どこに着地しようか村の全体を見渡していると、バリケードで自警団とモンスターがフィーネが展開したのであろう光の壁で分断されていたのでこれ幸いとモンスターが密集している方へ落ちてきたわけなのだが。


「あ、アッシュさん? 一体どこから……?」


 するとバリケードの向こう側にいた俺が言伝を頼んだ自警団の青年が恐る恐るといった様子でこちらに話しかけてきた。


「山の中で迷子を見つけてきたから直接飛んできただけですよ。ああ、そうだ。この子たちが例の迷子で合ってますよね?」

「あ、ああ……」

「なら保護をお願いします」


 俺は風の椅子を消して2人を地面に下ろすと、ミーシャたちは一礼してから自警団の青年たちに背負われてバリケードの内側、避難所の方へと連れていかれる。


「き、き、貴様ああああ!? オレの、オレの像をよくも壊してくれたなあああ!?」


 その光景を見てホッとしている今度は耳を突き破るような叫び声が聞こえた。

 見ると腰を抜かしている魔王軍残党幹部が青筋を立てながら俺の足元を指差している。

 そして俺も視線を下に向けるとそこには腰の辺りを中心に砕けたあの猿のような巨像が突っ伏しているではないか。


「あ、あー。壊しちゃってごめんな……?」

「ふさげるな! 貴様は、貴様ら人間共はいつもいつもオレたちの邪魔ばかりして……! お前ら! 契約・・なんてどうでもいい! あいつを何としてでも殺せ!」


 魔王軍残党幹部はそう叫ぶがゴブリンたちは及び腰だ。

 しかしそいつが巨像の残骸を勢いよく蹴りつけるとゴブリン共は各々の武器を持ってこちらに向かって走ってきた。


「フィーネ、こいつに加護をかけてくれないか?」

「あ、は、はい」

「サンキュー。それじゃあ、よっと」


 俺は巨像の右腕だった槍の先端部を拾うと、フィーネに聖魔法で加護をかけてもらう。

 それを確認すると俺は槍を剣に見立てて風魔法で発生させた旋風で刃先を覆うと、俺は迫り来るゴブリンに向けて放つ。


「ヒギャ!?」

「ピギイッ!」


 放たれた斬撃は周囲の砂粒や小石などを巻き上げながらゴブリンらに向かい、その緑色の肌を切り裂いていく。

 かまいたちをイメージしたその攻撃は見事ゴブリンの大半を無力化させることに成功し、俺の周囲で攻撃ができるモンスターは魔王軍残党幹部のみとなった。


「は、話がちげえよ……。兵士が1人もいない雑魚だけの村のはずだろ? なのに何で……」


 魔王軍残党幹部は俺から徐々に後退りしながら何事かを呟く。


 話が違う? こいつは誰かに言われて意図が合ってこの村を襲ったということか?

 ……癪だがこいつは殺さず捕まえて情報を絞り出した方が良さそうだな。

 そう考えて俺は洞角の悪魔を捕まえようとすると。


「クソ、街から来た人間のメス2匹を捕まえたら勇者の末裔について――あがっ」

「っ!?」


 何処からか放たれた矢が魔王軍残党幹部の頭部と心臓をピンポイントに貫き、悪魔は何かを喋っている最中に命を失い、その体は急速に腐敗し黒い灰となってしまう。


「ギャ……ギャアエア!」

「「ヒギャアア!」」


 それを見て生き残ったゴブリンは森へと逃げていく。


「やった。やったぞ! 俺たちは勝ったんだ!」

「うおおおお!」


 その光景を見てバリケードを防衛していた自警団は歓声を上げる。


 一方俺は矢が射たれた方を見るが、そこは薄深い森で人影は全く見えない。

 口封じを行った狙撃者は既に逃げたのだろうと判断した俺は今度は魔王軍残党幹部を殺した矢を見るが、それは水に濡れた銀の矢だった。


「フィーネ、この矢から何か感じたりするか?」

「え? ……そうですね。教会の儀礼で使う聖水に似たものを感じるような……」

「……聖水」


 ということは奴を仕留めたのは人間?

 それに街から来た人間のメスという発言……もしかして奴らの狙いカルラさん親子だったのか? そうなると黒幕は……。


(こいつはまた厄介なことが起こりそうだな……)


 周囲の自警団の勝利の歓声とは反対に何ともスッキリしない感覚を覚えながら、俺は再び森の方を見るのだった。

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路地裏で拾った女の子がバッドエンド後の乙女ゲームのヒロインだった件 カボチャマスク @atikie

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