第8話 魔王軍残党
(ふぅ……。とりあえずここまで来れたな)
ゴブリンたちの警戒網をうまく掻い潜りモンスターの群れが一望できる小高い丘にたどり着いた俺は、近くにあった大きな岩の影に隠れて様子を見る。
ゴブリンの数は少なくとも50体以上、さらにゴブリンたちが騎乗動物として手懐けている2本の角を生やした灰色の体毛の狼『ダブルホーンウルフ』が30頭。こいつは下手な盗賊よりも厄介そうだ。
しかしそれ以上に気になるのは……。
『―――』
「キキキ、さあ進め! 我らが魔王様のために人間共の血肉を集めるのだ!」
ゴブリンの群れの最奥部にいる1頭、それとも1体と呼ぶべきか。馬くらいの大きさで、全身に奇怪な紋様が刻まれ、青銅のような肌に黒い体毛を生やし、右腕が槍のような形状をしている猿のような巨像がズシンズシンと音を立てながら四足歩行で移動している。
そしてそいつの上には赤茶けた肌をして頭に洞角を生やした『悪魔』を彷彿とさせるモンスターが王様のようにふんぞり返っていた。
あの悪魔のモンスターはゲームにも出てきた、アーロンやフィーネによる封印から逃れて、潜伏していた『魔王軍残党幹部』で間違いないだろう。
キズヨルのストーリーでは魔王復活のための儀式を行うため人間に化けて悪事を働く序盤から中盤にかけての悪役として登場している。
しかしあのボスはステータスはやや魔法攻撃が強いだけでいざ戦闘に入ったら楽に倒せる程度のものだった。
問題は奴がまたがっているあの巨像だ。
外見は魔王城を構成しているものに似ているような気がしないでもないが、ゲームであんなモンスターは見たことがない。
(……でもまああのスピードなら村に到着するまで少なくとも1時間はかかるだろう。俺はそれまでに山で迷子になってる孤児院の子を――)
「ギャギャ、ギャギャギャ!」
そこで山の方から石造りの短剣を握ったゴブリンが慌てた様子で魔王軍残党幹部の方へ走っていく。
「ギャギャ!」
「何、それは本当か?」
「ギャ、ギャギャア!」
ゴブリンは大げさな身振りをしつつ山の中腹の方を指差すと、魔王軍残党幹部は口角を上げてパンと大きく手を叩くと、村に向かって進軍している他のゴブリンたちはどこか怯えながら歩みを止めた。
「お前たち、あの山の中に人間のガキがいるとのことだ。人間共はガキを盾にすると何も出来なくなる。ここまで言えば分かるよな?」
「ギャギャ……」
「さっさと山に戻ってそのガキ共を生きたままオレの元へ引っ張って来い! 待たせたらどうなるか、分かってるよなあ!?」
魔王軍残党の言葉にゴブリン共は怯えた様子で山の方に戻っていってしまう。
それを見て俺もすぐに山の中腹にあるという子供たちがよく隠れる洞窟へと駆け出す。
今のところ奴と奴がまたがっている巨像が動き出す気配はない。ああしてふんぞり返っている間に迷子を見つけ出すとしよう。
「っと」
「グゥワーワッ!?」
山中を全速力で走っているとダブルホーンウルフにまたがるゴブリンと出くわす。
ゴブリンは人間と遭遇したことに一瞬驚くが、即座に石の短剣を取り出してこちらに襲いかかろうと試みる。
「邪魔だ!」
「ギャブ!?」
それに対して俺は水属性魔法【タイダルプレス】で洪水を発生させるとゴブリンとダブルホーンウルフを周囲の木々ごと押し流した。
「ギャギャッ!」
「ちっ、しつこいな……!」
今度は背後からゴブリンが矢を俺に向けて放ってきたので、風属性魔法【テンペスト】でゴブリンもろともそれを天高く舞い上げる。
この山の頂上より高く飛ばしたのだから魔法を解除すれば奴らは落下して呆気なく即死してしまうだろうな。
……山の頂上より高く飛ぶ?
(そうだ。これを使えば手っ取り早く子供たちを見つけられる……というか
空中で身動きが取れないでいるゴブリンを見てそう考えた俺は、既に発動している魔法を解除して今度は自分自身を中心にして【テンペスト】を発動する。
「うおっ!?」
「ヒギャッ!?」
急速に空中へと押し上げられて若干驚きながらも何とか山全体を視界に入れられる地点にまで飛んだ俺は、魔法が消えて地面へと落下というより墜落していくゴブリンを傍目に目的の洞窟を探す。
(! あれがその洞窟か? しかしこれは……)
山の中腹の岩壁にある洞窟、そこには子供と思わしき人影が必死に洞窟の石を下の方に向けて投げているのが見える。
そして石が投げられた方に視線を移すとそちらには10数体のゴブリンが武器を手に持ちつつ岩壁にしがみついて洞窟へとよじ登っていた。
(……投石の効果はなし。奴らがあの岩壁を登り切るのも時間の問題。だったら!)
俺は微妙に位置を調整しながら
「――『発射』!」
魔力は強い勢いの突風となり、俺はそのまま目標に定めた岩壁に向けてぶっ飛んで行った。
※ ※ ※
モンスターにとって上位存在からの命令は絶対的なものだ。
それが例え自分の命が失われる可能性が高いものだとしても、一度下された命令には必ず従わなくてならない。
そのことを考えると、今回カガト村の近辺に潜んでいたゴブリンの群れを訪れた魔王軍残党幹部の命令は比較的優しいものだった。
『魔王様のため近くの村を襲って人間の血肉を集めろ。人間の抵抗力を削ぐために山にいるガキを捕まえろ』
人間の子供を拐うというのは過去何度もやってきたことだ。
潰して肉にしたり種を植え付け出来ないのは残念だが、鋼を着込んだ人間の群れに突っ込まされるのに比べたら遥かにマシだし、人間の村を1つ潰したら魔王様へ献上する分を含めても肉や種を植え込むメスは相当余るだろう。
あの村には殆ど戦える兵士がいないから無駄に犬死にさせられるわけでもない、群れを維持するための肉もメスも得られる、これほど楽な命令はない。
それに自分たちには魔王軍残党幹部が連れてきたあの巨像がある。
ゆえにゴブリンたちはどこか気楽な気分で上位存在からの命令を実行していた。
……しかし。
「キヒィ!?」
「ギャギャ!」
空から何かが落ちてきた衝撃によって岩壁にしがみついていたゴブリンの大半はまとめて吹き飛ばされてしまう。
それでも必死に衝撃に耐え抜いたゴブリンの一部は何とか洞窟の方を見上げる。
そこには鋭い視線の人間の男がゴブリンたちを見下ろしていて――。
「【タイダルプレス】」
次の瞬間、どこからともなく発生した強烈な勢いの洪水はゴブリンたちを一瞬で押し潰した。
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