第7話 カガト村
「いらっしゃい! おや、二人とも見ない顔だね? 観光客かい?」
雑貨店に入ると一見すると厳つそうなスキンヘッドの男が朗らかに笑いながら俺たちに話しかけてくる。
ゲームでは他のモブNPCの立ち絵を流用していたから分からなかったけど、店主はこんな姿をしていたのか。
「あー、まあそんな感じです」
「へぇー、オレが言うのも何だがここいらには何もないぜ」
「そんなことはありませんよ。この牧歌的な雰囲気と自然は中々味わえるものじゃありません」
「オレぁは生まれてから一度もこの村を出たことがないからなあ。ここにそんな価値があるとはねえ」
「一度どこかに旅行してみたら自分の故郷の素晴らしさが分かると思いますよ」
「そういうもんかねえ……。とと、駄弁ってたらまた母ちゃんに叱られちまう。わりいな、オレなんかの話に付き合わせちまって」
「いえいえ、お気になさらず」
店主とそんな雑談を交わしつつ、俺はお目当てのレアアイテムが置かれた棚へと向かう。
棚の上にお土産物のように置かれているパッと見ではチャタル・ヒュユクの座った女性に似た木像。これこそがゲームではこのタイミングでしか購入することが出来ない【聖魔法】を強化するための特殊素材である【原初の聖女神像】なのだ。
別にこのアイテムが無くてもラスボスを倒すのは容易なことなのだが、それでもこれがあるのとないのでは難易度がぐんと変わる。
実際一週目をクリア後にネットでこのアイテムの存在と効果を知り、二週目で入手した時はゲットしていれば良かったと大いに後悔したものだ。
「おにいちゃん、それかうの?」
と、前世を振り返っているとアイシャに声をかけられる。
「あ、ああ。何かこうこの像から歴史を感じてな」
「……ふーん」
「えっと、アイシャちゃんは何を買うんだ?」
「これ」
アイシャが俺に突き出したのはクレヨンの詰め合わせセットだ。
そういえばフィーネと話している時にお絵かきが好きだとか何とか言ってたな。
「絵を描くのがそんなに好きなのか?」
「うん。おやしきだとこれしかやることがなかった――あっ」
そこまで言ってアイシャはやってしまったと口に手をあてる。
……やっぱりこの子は家のことや家族について口外しないよう言いつけられているようだ。
「このことは他のひとに言わないで。その、おかあさんにも……」
「大丈夫。誰にも言わないよ」
俺はできるだけ優しい笑顔を作ってそう言うと【原初の聖女神像】をカウンターへと持っていく。
「すみませーん! お勘定お願いします!」
「はいよ! ……お兄さん、本気でそれ買うの?」
「え、ええ。棚に置いてあったから特産品なのかなって」
「……は、恥ずかしい話ですがそいつは前に山にキノコを採りに行った時に土の中から見つけたものなんです。何だか妙にありがたそうなものだなと思って棚に置いてたんですよ……ははは」
「あー、それだとこれは非売品ということですか……?」
「え、えっとまあ、そういうこと、ですかねえ……?」
店主のこの口振りから察するに偶々見つけたありがたそうな像をお守りに飾っていた、ということか。よくよく思い返せば値札もついてなかったし。
このアイテムは不測の事態に備えて確保しておきたかったのだが、売り物ではなくお守りということなら買うことはできないだろう。フィーネがここにいれば譲ってくれたのかもしれないが。
……いや待てよ? ゲームではこれに値段はついていたし、そもそもお守りにしてはあの数は多すぎる。というかよくよく見て見ると発掘品というよりつい最近職人が手作りしたものだ。
「ねえおじさん、売りたくないならおうちに置いておけばよかったんじゃないの? それにお守りってこんなにも必要なの?」
そこでアイシャが店主に純粋無垢な顔でそう尋ねる。
「あっ、あー。た、確かにその通りだったなあ……?」
アイシャの質問に店主は額に汗を浮かべしどろもどろになりながら返事をした。
店主のこの態度、もしかして……。
「おじさん、ほんとはよそ者だから売りたくないんじゃないの?」
「いや、その……」
「ねえ、ほんとはどうなの?」
「う、うう……」
容赦のないアイシャの質問責めに店主の顔は真っ青になっていく。
そして耐えられなくなったのか店主はカウンターに両手をついて俺に頭を下げた。
「すいやせん! その像はよそから来た方には売ってはいけないと言いつけられてるんです!」
「……それはこの村のルールのようなものですか?」
「へ、へえ。この像はよその方に渡すと大変なことになるという村の言い伝えがありやして……。売っていいのは村長とマザーがお認めになった方だけなんでさあ」
なるほど、ゲームで買い物をしていたのはあくまで村長やマザーから孫娘のように可愛がられているヒロインのフィーネだ。俺のようなどこの誰とも知れない輩においそれと売るわけにはいかないだろう。
それにこの木像は聖女神教で一般的な教えに反するものでもあるからな。仕方がない、ここは諦めるとしよう。
「わかりました。ならオススメのお土産とかってありますか?」
「でしたらこのペンダントがオススメです! この村で一番腕がいい鍛治屋だけが作れる代物で女性へのプレゼントにもぴったりなんでさあ!」
そういえば購入可能アイテムにこんなのがあったな。
一応装備品という扱いだったが能力向上はなく、殆どフレーバーテキスト(それも大したことない)だから金が有り余っていたら買うものくらいの扱いだったけど。
でもまあ見てくれは良いし、フィーネやイアン、それとこの前の襲撃事件で手伝ってくれたサラサに買っていってやるか。
「ならこれを四つ買います。幾らですか?」
「いやいや! お兄さんには本当に失礼なことをしてしまったから、これはプレゼントします。本当にすいやせんでした!」
「え、いいんですか!?」
店主の言葉に思わず声が弾む。価値があるかどうかは別としてタダでもらえるというのはありがたいからな。
「それじゃあその、いただきます」
「へえ、今回は本当にすいやせんでした!」
ペンダントを包装して俺に渡すと、店主は改めて頭を下げてくる。
「おじさん、このクレヨンはだいじょうぶ?」
「あ、ああ。それはただのクレヨンだから大丈夫だよ、お嬢ちゃん」
「それじゃこれ買う」
「いや、それもプレゼントするよ。お嬢ちゃんにもウソついちゃったからな」
「ん、ありがとう。おじさん」
アイシャをクレヨンを抱き締めて一礼すると足早に店を出て教会の方へ走っていった。
今回は何だかんだあの子に助けてもらったな。また今度会ったら何かお礼をするか。
(……でもあの親子に会うのはすげえ気まずいんだよなぁ)
そんなことを考えつつ村の広場に向かった俺は時間を潰すためにどうしようかと悩む。
その時、武装した青年が血相を変えてやってくると声を振り絞って叫んだ。
「山の方からモンスターの群れが村に近づいてる! 子供たちをすぐに教会か孤児院に避難させるんだ!」
その言葉を合図に住民たちはどよめきつつもパニックにはならず子供を孤児院へと非難させる。
俺はタイミングを見計らいモンスターの襲来を知らせた青年に話しかけた。
「すいません。そのモンスターの種類とかって分かりますか?」
「大半はゴブリンです。ただ後方に痩せ細った巨人のようなものもいました。……あなたは観光客の方でしたね。教会と孤児院は結界が張られてあってモンスターは近づけませんからそちらに避難してください」
「貴方は?」
「自分はこの村の自警団です。仲間と共に教会と孤児院の周囲を警護します。そうだ、もしよければ自分が案内しましょうか?」
「いえ、場所は分かっていますので大丈夫です」
そう答えて俺はフィーネがいる孤児院の方へ向かって走る。
……カガト村でモンスターと戦うイベントはなかったはずだが、マザー・ヒルダのあの台詞といい一体何が起こっているんだ?
「ミーシャ! シャノン! どこにいるの!?」
突然悲痛な叫び声が聞こえてくる。
声が聞こえた方を見ると、そこにはこの村に到着した時にフィーネに言伝をしたあのシスターが必死に誰かを探していた。
「どうかしましたか?」
「それが、うちの孤児院の子が見当たらないんです! 二人ともいたずらっ子だからよく山に入って人を困らせることがあるから――」
シスターは泣き出しそうな顔で俺にそう告げると顔を両手で覆う。
フィクションに置いてこの手の状況で子供がいなくなったという話は大体悪いことになっている場合が多い。
となると俺が取るべき選択は……。
「その子たちがよく隠れる場所って分かりますか?」
「え、えっと山の中腹にある洞窟に隠れていることが多いですが……。あの、もしかして」
俺は念のためにと持ってきておいた秘匿領域産の愛剣が納められた鞘をカバンから取り出してシスターに言う。
「孤児院にいるフィーネに伝えてください。俺は山狩りに行ったって」
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