第6話 聖地とフラグ
「カルラさん、アイシャさん、お待ちしておりました。色々と大変だったでしょうが、今夜は宿でゆっくりとお休みください」
「心遣いに感謝いたします、シスター様。ほら、アイシャも挨拶しなさい」
「おせわになります。シスターさま」
カガト村に到着し、幌馬車を降りて十数分。
フィーネが育った孤児院から少し離れた場所に建てられた趣があるちいさな教会。そこでカルラ親子は門前で待っていた教会の若いシスターに出迎えられていた。
……あの対応から察するにシスターはカルラさんがここに来ることを予め知っていたのか?
「それとフィーネ! おばあちゃんなら孤児院の裏の畑にいるはずよ! ちゃんと挨拶しておきなさいよね!」
「わかってるよ、お姉ちゃん! それじゃアッシュさん、孤児院まで案内しますね!」
「お、おう。頼んだ」
次いでシスターはフィーネに砕けた口調でそう言うとフィーネもまた笑顔で答えると、俺の手を引っ張りながら原作のスチルで何度も見た孤児院へと向かう。
フィーネの様子は浮かれていると言っても過言ではないくらいご機嫌だ。
まあほんの少し前まで誰にも助けを求められず王立魔法学院で酷い目に浴びさせられていたのだからな。
この反応を見るに去年は帰っていなかったようだし、久しぶりの故郷と孤児院の家族との再会はフィーネからしたらとても懐かしく、そして幸福なものとなっているのだろう。
……家族、ねえ。
「あ! フィーネねえちゃんだ!」
「ねえちゃん遊んで遊んで!」
「あー、お姉ちゃんと遊んでもらうのはわたしが先だもん!」
「ちょ、ちょっと! お姉ちゃんはスライムじゃないんだよ!」
俺たちが孤児院につくと子供たちがフィーネに駆け寄ってきて、フィーネもまた子供たちを笑顔で抱きつく。中には自分と遊んで欲しいとフィーネの手を引っ張る子もいて中々に大変そうだが、当の本人は注意はしつつもどこか嬉しそうにしていた。
ここは邪魔者は退散した方が良さそうだな。
「フィーネ、色々と見てきたいからちょっとこの村を散策してくるよ」
「あっ、だったら案内を―――」
「そこまで遠くに行くつもりはないから必要ない。フィーネはその子たちと遊んでやってやりな」
「わ、わかりました」
そう言って俺は右手を軽く振ると、孤児院の子供たちに囲まれるフィーネを置いて村の方へ向かおうとする。
と、その時。
「子供たちが騒がしいと思ったら帰ってきていたのね」
ゲームで周回する際にムービーなどで何度も聞きなれた老婆の声が俺の耳に入る。
声がした方を振り向くと、そこには農作業服を白髪で小柄な老婆の姿があった。
「おば――マザー・ヒルダ、ただいま帰りました」
「ふふふ、そんなに畏まらなくたっていいのよ、フィーネ。いつものようにおばあちゃんと呼んでちょうだい」
「う、うん……。ただいま! おばあちゃん!」
「おかえりなさい。私の可愛いフィーネ」
老婆に気付いたフィーネは少し躊躇するが、優しく話しかけられたことで涙をにじませながら抱きつく。
この時のフィーネが躊躇したのは原作通りならば言いつけを破って聖魔法を外の人に使ってしまったこと、そして学院での騒動で子供たちやあの老婆の居場所を潰しかねなかったことへの申し訳なさで心がいっぱいになったからなのだろう。
だが老婆はそれを何ともなかったかのようにいつもの温和な態度で接してくれた。
そのことがフィーネにとってどれだけ救いになっただろうか。
そうしてフィーネを抱擁した老婆は俺の方を向くと申し訳なさそうな表情をして会釈する。
「ああ、挨拶が遅れてごめんなさいね。私はこの孤児院の院長をしております。ヒルダ・ラーレシアと申します」
「アッシュ・ヴァイスです。よろしくお願いします」
そう挨拶をするとマザー・ヒルダは笑みを浮かべたまましわくちゃな手で俺の手を包む。
「あなたのことはフィーネの手紙から聞かされていましたわ。王都で色々と助けてくれた
………ん、んんんん?
「あなたの誠実さと優しさは手紙の文字からも伝わっていたけれど、こうして直接会ってみたら私の想像以上に善良な方のようですね」
「あ、ありがとうございます」
「……そんなあなたに話したいことがあります。今夜、教会に1人で来ていただけないでしょうか?」
いや、いやいやいやちょっと待て。この台詞は―――。
「フィーネについてとても大事な話があるのです」
攻略ルート開放を知らせるものじゃないか……!
※ ※ ※
(マジかよ……)
俺はマザー・ヒルダのお願いを断れず受け入れ、今はフィーネの再会を邪魔したくないと適当な言い訳をついてあてもなく村の通りを歩いていた。
キズヨルの共通ルートは魔王軍の尖兵を撃破して夏休みに入った後、いずれかの攻略対象キャラの好感度が一定値に達しているとマザー・ヒルダのさっきの台詞を合図に攻略ルートが開放されることになっている。
しかし俺は魔王軍の尖兵などを倒していない。それなのにどうしてマザー・ヒルダからあの台詞が出てきたんだ?
うーむ、全くわからん。
俺のフィーネへの認識は最初に出会った頃から変わっていないつもりなんだが……。
「あ」
「や、やあ」
そんなことを考えながら歩いていると、村の雑貨屋の前でアイシャとばったり出くわす。
彼女の片手にお金が握りしめてあることからどうやら買い物目的でここに来たようだ。
買い物以外で店に来る理由があるのかって話だが、そこは放置する。
「えっと、お母さんはいないのかい?」
「シスターさまとたいせつなお話中。ここはいい人しかいないから子供でもひとりで出歩いていいっていわれたから買い物にきた」
「……なるほど」
確かにこの村は底抜けの善人ばかりだ。
幼い女の子を捕まえて陵辱しようだなんて発想を持つ人間はいないだろう。
とはいえ子供が1人で出歩いているというのはやはり気になる。
「おにいさんは何をしにきたの?」
「あー、俺は……」
そうだ。この雑貨屋にゲームだとこのタイミングでしか買うことができないお目当てのレアアイテムが売ってるんだった。
「お兄さんはちょっと早いけどここにお土産を買いにきたんだ」
「……ふーん、ならいっしょにはいろ?」
何が“なら”なのかは分からないが、一人でいても気が滅入りそうだしここはアイシャの提案に乗るとしよう。
「おにいさん、て」
「?」
「おてて繋ぐの。ほらはやく」
「わ、わかった」
そうして俺はアイシャに引っ張られながら雑貨屋に入っていった。
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