第6話 グラタンと確執
研究ノートに書いてあった通り、ポータルの出口は地上二メートルの位置に出現する。つまり、地面に作ったポータルに飛び込んだ私は二メートルの高さを飛び降りたも同然なのである。
「とうっ」
私は手をついてしゃがむように、地面に飛び降りた。幸いうちの庭は芝生が生えており、着地に失敗しても固い地面に激突するわけではない。とはいえ痛いのは嫌なので、高いところから着地する練習をしようと思った。
上を見ると、ポータルによって作られた空間の裂け目が少しずつ閉じられていく。私が手を離した後、向こう側の地面は重力に従って勝手に閉まるのである。空中の切れ目が消え、完全に陽が落ちて真っ黒に染まった空に戻ったことを確認して、私は玄関に向かった。
「ただいまー」
「おかえりなさい、アリシア」
キッチンではお母さんが夕飯を作っている。この香ばしいにおいは……!
「グラタン?」
「せいかーい」
グラタンは私が一番好きな食べ物である。チーズとホワイトソースのクリーミーさと、とろけそうなくらいほくほくになった芋が大好きなのだ。
「今日は成人の儀だったから、アリシアの好きなものにしたのよ」
「そういえばそうだった」
ディアナさんと出会ってからの時間が濃密で、成人の儀があったことをすっかり忘れていた。
「帰り遅かったじゃない。昼過ぎに帰ってくると思って早帰りしてきたお父さんがずっと待ってたわよ」
「別にそんなんじゃないぞ!」
リビングの方からお父さんの抗議の声が飛んでくる。
「たまたま早く仕事が終わっただけだからな」
「あらあら、一昨日くらいから心配で心配で良く眠れてなかったじゃないの」
「ちょっと寝る前に水を飲み過ぎただけだ!」
基本的にお父さんはお母さんに頭が上がらない。私は、こういう口論でお父さんが勝ったところを一度も見たことがない。今回はそもそもお父さんに不利な状況からスタートしているようだし、どれだけ言い訳をしてもドツボにハマっていくだけだろう。案の定、お父さんは逃げるように話題をもとの路線へと戻した。
「とはいえ、確かに遅かったな。そんなに時間かかったのか?」
「まあ、ちょっとね。それより、早く夕飯にしよ!」
二人に話したいことはたくさんあるのだが、とりあえずまずはグラタンが食べたい。儀式で昼食を食べ逃してから、屋台で買ったクレープとストレイアリスのカフェラテしか口にしていないのだ。実験で疲れたこともあって、私はお腹が空いていた。
「いただきまーす」
私はグラタンを食べながら、二人に今日の出来事を順番にすべて話した。
「……メイドカフェの店長に魂源魔法の指導をしてもらって帰ってきたと。それで遅かったんだなあ」
「ディアナさんにはお礼を言わなくてはいけませんね」
「そうだな…… 経緯や能力の内容はどうあれ、魂源魔法を手に入れられてよかった。最近の防衛ギルドでは、魂源魔法を持たない非転生者を軽んじる意識が強いらしくてな。アリシアに嫌な思いをして欲しくはないからな」
人口の半数以上を転生者が占めるリンカで、転生者と非転生者の間の確執は少なくない。特に、戦闘の最前線であるダンジョン攻略、防衛の中心となる防衛ギルドでは、実力主義と称した非転生者への差別が少なくないらしい。
「ロレント君も転生者であって欲しいものだな」
「そうねえ。転生者と非転生者でパーティーを組むのは難しいもの」
私のお父さんは転生者だが、お母さんは非転生者である。お母さんは、もともとダンジョン探索者だったお父さんのその行きつけの酒場の店員だったらしい。大怪我で探索者を引退することになったお父さんと結婚することになったらしいのだが、その際に周囲から色々なことを言われたようで、こういう問題に対するお母さんの言葉には苦労が滲み出ている。
「……きっとアイツも転生者だと思うよ。根拠のない自信だけが取り柄なんだから」
「明日、お家に行ってみたら?」
「そうだね。進路とか魂源魔法とか、話してくる」
それから、お父さんが成人の儀を終えてすぐの話を聞いた。お父さんも自分が死ぬ直前の出来事を見たらしい。それから少しずつ夢で前世の記憶を見るようになり、今では前世の記憶をほとんど全て思い出せたらしい。「これから少しの間、怖い夢を見るかもな」と脅されながら、私は自室のベッドに向かった。
路地裏のストレイアリス ~転生者街のコンカフェロリ店長が導くダンジョン攻略物語~ 一角あんこ @anko_ikkaku
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