第5話 ノートとヘルプ

「こんなところでしょうか」


 ディアナさんがそう言って立ち上がったのは、すっかり日が暮れてしまい地面に描いた線が見えなくなる頃だった。


「や、やっと終わりですか~……」


 彼女と反対に、私は地面にへたり込む。小さな公園くらいの広さがある中庭の地面には辺り一面びっしりと、魂源魔法のポータル作成実験のために描いた線で埋め尽くされている。スペースが足りなくなり、定期的に線を消して平らに均してもいたので、今見える線の三倍くらいはお絵かきをした。


「これでおおよそ、アリシアさんの魂源魔法の特性を掴むことができました」


 私が様々な条件でポータルを描いては開き、描いては開きを繰り返す中、ディアナさんは気が付いたことを片っ端からノートにメモしていた。彼女はそのノートの一ページを千切って渡してくれた。そこには今回の実験で判明した主要な特性が書かれている。



『・アリシアが線を描いた図形がポータルになる。形、大きさは自由。

・ドアノブ等装飾は不要。

・地面にも壁にも適用される。土台の材質やポータルの角度は自由。

・紙にペンで描いた図形もポータル化可能。

・ポータル展開中に展開している紙を移動させても転移先は移動しない。

・ポータルの転移先はフンタ―家の庭の中心、二メートルの高さの空中。

・実家が引っ越したら転移先が変化するのかについては別途検証が必要。

・ポータルはアリシアが物理的に扉を持ち上げて開いている間有効。アリシア以外が支えることは不可能で、即座にポータルが閉じる。

・開いている間、微量の魔力を消費し続ける。

・新しいポータルを描くと前回使用した図形はポータル機能を失う。

・同時に二つのポータルを展開することは不可能。後から開こうとした方が失敗する。

・描いてから時間が経った図形は、新しい図形を描いていなくてもポータル機能を失う。

・転移先(実家側)からポータルを展開しているアリシア側にやってくることも可能。

・実家側からは、いきなり空間に裂け目が発生し、向こう側に捲れたように見える。

※注意!・ポータルを閉じる際に裂け目に挟まれたものは切断される』



「『実家に転移するポータル作成』っていう短い言葉の裏に、こんなにもたくさんの仕様があるんですね」


 知らないと実戦で大失敗を犯してしまいそうなものばかりである。特に図形を描いてから時間が経つと効果が失われてしまうというのは、ダンジョンで先に脱出口を用意しておくということが不可能だということが分かる。私がその都度図形を描かないと使用することが出来ないため、どれだけ緊急時でも図形を描くための時間稼ぎが必要なのだ。


「一人だけだったら、こんなに効率よく特性を調べられませんでした。本当にありがとうございました」


 私がディアナさんに頭を下げると、ディアナさんは首を振った。


「これからの未来を背負う若者のお手伝いをするのは、この町のメイドとして当然のことでございます」



 そのとき、裏口のドアが内側から開き、赤い角のメイドさんが顔を出した。暇を持て余していた先程とは打って変わって、焦りの表情が浮かんでいる。


「ディア店長~! 人増えてきちゃったので、そろそろお願いしま~す!」


 赤角メイドさんがディアナさんに向かってくねくねしながら手を合わせているのがあざと可愛い。いや、それよりも。


「店長、ですか? このお店の?」


 驚いた私を見て、ディアナさんは両手で口元を隠すように笑った。


「うふふ、内緒にしてましたのに」


 その言葉に、赤角メイドさんがビクッと肩を震わせる。


「て、店長、ごめんなさい~……」


「別に怒ってはいませんよ」


「ひえっ!」


 「た、頼みますよ~!」と言いながら、赤角メイドさんは裏口のドアの中に引っ込んでいった。


「まったく、わたくしを何だと思っているのでしょうか」


 そう言いながらも、ディアナさんは楽しそうに笑っている。


「ディアナさんは、店長だったんですね」


 魂源魔法やダンジョンに関する知識の深さから、ただの子供ではないだろうと思ってはいたが、まさかひとつの店を取り仕切る立場だったとは。


「ええ、実はそうなのでございます。しかし気を使う必要はございませんよ。皆様にお仕えするメイドの一人ということは変わりません」


 そう言ってウインクするあどけない姿とのギャップに、私の頭はグルグルとかき混ぜられる様だった。いったいこの人は何歳なのだろうか。


「……しかしメイドにもプライバシーがあります。お答えできないこともありますので」


「あはは……」


 ディアナさんは両手を胸の前でクロスさせてバツを作る。私はそんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか、先手を打たれてしまった。


「さて、そろそろ店長としてのお仕事に戻らなければなりません」


「はい、今日は本当にありがとうございました。次はきちんと客として来ます」


「お嬢様のご帰宅、いつでもお待ちしております」


 私は石で地面に四角形を書き、地面を掴んで持ち上げるようにポータルを起動させる。落とし穴のように開くポータルの向こう側には、今日何度も見た我が家の庭の芝生が待っている。


 頭を下げるディアナさんに見送られながら、私はポータルへと飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る