第4話 踏み台とドアノブ
「……という感じで前世の私の死の瞬間を追体験して、それから元の部屋で目が覚めたんです」
「それはそれは、怖い思いをされましたね」
私は今、メイドカフェ「ストレイアリス」のテーブルに座っている。客は私しかいないようで、一人優雅にディアナさんが淹れてくれたカフェラテを飲みながら話を聞いてもらっている。カフェラテには、片耳を前に倒したウサギがウインクをしているラテアートが描かれている。飲むのがもったいなくて、イラストを崩さないように端からゆっくり口を付けた。
「それから覚醒した魂源魔法を調べました。あんな機械で分かるものなんですね」
目が覚めた私は、小型の白い箱に水晶が取り付けられたような測定器で魂源魔法の内容について測定された。水晶に触れてすぐに能力が記述された紙が出てくるものだから、あんなに緊張していた能力の内容が、こんなにあっさり分かってしまうものかと少しがっかりした。
「魂源魔法を測定するプリンターですね。あれは魂源魔法を測定できる根源魔法の使い手が、膨大な仕事量に過労死寸前になったことによって開発されたという経緯があるそうで。ご自身の健康のために開発に尽力されて、その結果また過労死寸前になったとか」
お仕事熱心な方ですね、とディアナさんは上品にくすくすと笑う。ちなみに、彼女は今私が座るテーブルの横に立っているのだが、その足の下には踏み台が設置されている。これを使わないと背が低すぎてテーブルの上に手が届かないのだろう。踏み台の側面には「ディア専用」と書かれている。妹がいたらこんな感じなのだろうか。
「それからはディアナさんも知る通りで……」
路地裏で手に入れたばかりの魂源魔を使ってみようとして失敗した恥ずかしいところをディアナさんに見られてしまったのだ。こんなに小さくて可愛い人なのにどこか底知れなさを感じて、私は自然と敬語を使うようになっていた。だって、明らかにただの幼女じゃないんだもん。
「魂源魔法の使い方が分からない、とのことでしたね」
「はい、そうなんです。魔導士クラスの魔術の使い方とも違うみたいで」
「魂源魔法は魔術とは違います。誰にでも使える魔術と異なり、魂源魔法は人それぞれ異なるかたち、能力、発動条件があります。地道に調べるしかありません」
「そうなんですね……」
「よろしければ、わたくしがお手伝いいたしましょうか? 魂源魔法の内容をわたくしも知ることになってはしまいますが」
「それはもう、私だけではどのように検証したらいいのかも分からないので、是非ともお願いしたいです! でもお店は大丈夫なんですか?」
ディアナさんはチラリと振り返る。カウンター席の向こう側、厨房ではもう一人のメイドさんが座っている。メイド服はディアナさんと同じもののようだが、大きく違うのは頭に赤い角が二本生えていることだ。ウサ耳に角に、バリエーション豊かなカフェのようだ。彼女は暇そうにあくびをしていたが、私達の視線に気が付いて、慌てて口を閉じて背を正した。さらにディアナさんは、私以外誰も座っていないフロアを見渡した。
「……ご覧の通り今は余裕があるみたいですので、お店は任せても問題ないでしょう」
「あはは……」
ディアナさんは踏み台から下りて厨房へ向かい、赤い角のメイドさんに小声で何かを言ってから、また私の方へ戻ってきた。
「広いところがいいでしょう。裏庭があります」
私とディアナさんはキッチンに設置された裏口から店の外に出た。いくつかの建物の裏手に隠れるような位置にある裏庭は思っていたよりも広く、端に置いてあるベンチからは公園のような印象を受ける。話している間に日は少し落ち始めていて、裏庭を囲む建物の影が長く伸びている。
「確かにここなら、周りから見られにくそうですね」
「日向ぼっこに適した時間が短いのだけは難点です。暗くなる前に進めましょう」
「はい!」
まず、私は神殿で渡された魂源魔法の内容が書かれた紙を取り出した。
「これが私の魂源魔法なんですけど」
「『実家に転移するポータル作成』ですか。なるほど、先程はこれで家まで帰ろうとしていたのですね」
「はい。戦闘には向きそうもなくて、正直微妙ですよね……」
この文字と広い空白を見た瞬間のがっくり感と言ったらない。ロレントほどではないが、私だって自分の魂源魔法には期待していたのだ。
「そんなことはありません。何事も使い方ですよ。上手に使う方法を考えるためにも、まずは発動条件を割り出さなくてはなりません」
「路地裏では私の家の外観や家族の顔を想像して祈ってみたりしたのですが、何も起きませんでした」
「そうですね……。 アリシア様は、ポータルがどういうものかご存じですか?」
「ポータル、ですか」
言われてみると、ポータルがどういう意味のどういうものなのか、正直よく分かっていない。
「ポータルとは入口のこと。出口ではなく入口であることが重要なのかもしれません」
「……私、出口になる家の方のことばかりを考えていました」
出口になる家の方ばかりに目が行って、入口の方については何も考えていなかった。
「入口と言われて一番に思い浮かんだのは、ドアですね」
家の入口、玄関のドアが一番入口という言葉に合致していると思う。
「そうですね。ではドアの向こうにアリシア様のご実家があるとイメージしながら、そこを開けてみてください」
「分かりました」
私は裏口のドアノブに手を掛ける。ドアを開けた向こう側は家、うちの玄関、玄関には靴箱とお母さんが手入れしている花が生けて飾ってある。今朝は、名前は分からないが黄色と白の花が生けられていた、はず。
「よし」
十分にイメージできたと思った私は、一つ気合を入れてから、ノブを回してドアを開く。
「あれ」
しかし、そこに見えたのはカフェのキッチン。ドアの先に広がっていたのは、ストレイアリスの裏口のままだった。
「これは、違ったみたいですね」
「ドアがないと発動できないのは、ドアの少ないダンジョン内ではあまり有効ではありませんので、わたくしはこれがハズレで良かったと思います。また別の方法を試してみましょう」
私が落ち込む暇もなく、ディアナさんはすぐにフォローと切り替えの言葉をかけてくれた。
「自分で自由なところにポータルを作れた方が使いやすいですもんね」
「はい。緊急時にダンジョンから脱出することが出来るというのはとても重要です。実際に発動する場合だけでなく、最後の安全弁として同行者全体の安心感を支えることにも繋がりますので」
まるでダンジョンに潜入したことがあるような、緊張感と実感を伴ったセリフだ。
「どこでも自由にドアを作り出す……っていうと、例えばこうやって絵を描いてみるとか」
私は転がっていた石を拾って、地面に四角い簡単なドアの絵を描いた。そして、絵のドアノブを捻って開くように動かしてみた。すると、地面の土が剥がれてめくれ上がるように空中に浮かび上がった。
「うわっ!」
びっくりして尻餅をつきそうになった私を、後ろからディアナさんが支えて転ばないようにしてくれた。とっさに私は手を離してしまい、空中に持ち上がっていた土がまた元通りに地面に張り付いた。地面には切れ目もない。
「こ、これって!」
「おそらく成功でございます」
「やったー!」
「うふふ、おめでとうございます」
手を振り上げて喜んでいる私をほほえましく見るディアナさん。
「魔力の消費はいかがですか?」
「正直、全然魔力は使われてません。火球一発分くらいです」
「全力で戦った後でも残しておける程度の魔力しか使わないなんて、とても燃費の良い魔法です。ますます緊急脱出という用途に適しているように思われます」
「本当ですか!」
一度は絶望しかけたこの魂源魔法だが、それを活かしたダンジョン探索者として活躍できる道があるというのは、私にとって希望の光以外の何物でもなかった。
「さて、消費魔力が少ないなら、もう少し条件を調べていきましょう。壁には描けるのか、形はどのようなものでもいいのか、ドアノブは必要なのか、ドアはどれくらいの大きさまで広げられるのか、逆にどれくらい小さくできるのか、あとは持続時間、どれだけドアを開いたままでいられるのか、それから……」
「多くないですかー⁉」
結局私達の研究は陽が沈んで地面に描いた線が見えなくなる頃まで続いた。ディアナさんは研究熱心で学者気質な面もあるということを知った。
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