最終話 二人は幸せなキスをして終了

 Ding-dongディン・ドンDing-dongディン・ドンと教会の鐘が高らかに謡う。人々が教会の前に集い、新たな門出を迎える二人を祝っていた。


 一人は長身の女。今日ばかりは黒い外套ではなく、白無垢のドレスを身にまとっている。頭には銀製のティアラが載っているが、腰まで伸びる銀髪の方がそれよりもなお美しい。長いまつげに縁取られた瞳は真珠のようで、茫洋としてどこを見ているのかわからなかった。


 一人は白髪混じりの短髪の男。決して背が低いわけではないのだが、女と並ぶと小男に見えてしまう。目の下には濃い隈ができ、頬はげっそりとこけていた。口さがないものが見れば「死相が出ている」とでも評しただろう。


「まさかサイラスさんとエンバー師匠が結婚するなんて……」


 目の前の光景に呆然としているのはオドゥオールだった。エンバーを高位の魔術師と誤解し、教えを請ううちにいつの間にかエンバーを師匠と呼ぶようになっていた。結局何も教えてもらえてはいないのだが、あの超然とした態度を崩さないエンバーが結婚などという俗事に関わるとは信じられなかったのだ。


「あー、もしかしてショック受けてんの? ウケるー。誰がどう見たってあの二人は事実婚状態だったじゃん」


 そんなオドゥオールをからかうのはツバキだった。ツバキはツバキで盛大に誤解をしているのだが、それを否定する者はここにはいなかった。


「俺も未だに信じられんがな……」


 濃い髭をしごきながら呟いたのはゴゴロガだった。サイラスとエンバーとは二十年来の付き合いだが、二人の関係が只事ではないことは気づいていても、それが色恋沙汰とは到底思えなかったのだ。


 そんな二人に、ツバキはあからさまにため息を吐いてみせる。


「はあ、これだから男どもは。ね、アイラだってわかってたでしょ」

「あ、ははは。どうですかね。お二人とも仕事とプライベートは分けるタイプだったので……」

「えー、アイラちゃんもお子ちゃまだなあ。そんなじゃき遅れちゃうぞ」

「は、はは、そ、そうですね」


 冷や汗をかきながら応えるのはアイラだった。

 この結婚の発案者はアイラだったのである。エンバーが骸の王の后ではないことを証明するには、別の誰かと結婚すればよいと言ったのだ。そんなのは承知するわけがないとサイラスは呆れたのだが、試しに尋ねてみるとあっさりと「わかった」と了承されてしまったのである。


 そのときの光景を思い出すと、アイラは笑ってよいものなのかよくわからなくなる。具体的にはこんなやり取りだ。


「なあ、エンバー。結婚しないか? 教会を説得するにはそれぐらいしか手が思いつかん」

「わかった」

「まあ、そりゃダメだよな……って、お前、いいのか?」

「わかったと言った」

「そうか、じゃあ相手を探さねえと――」

「お前ではないのか」

「は?」

「結婚しないかと聞いたのはお前だろう」

「はあ!?」


 そして、そのまま現在に至る。サイラスの煙草の消費量が増え、反比例して体重が減った。エンバーの方は相変わらずで、死体を回収し、不死者を狩る日々を淡々と続けていた。


 サイラスの献身・・と、一連の騒動の黒幕である死霊術師の身柄を教会に引き渡したことでエンバーへの討伐令はひとまず撤回された。そして、骸の王についての詳細は厳重に口止めされた。


 骸の王の出自が元々は教会の信徒であったなど、とても表には出せないことだからだ。禁書庫でさえ骸の王の記録がほとんど残っていなかったのはそういう理由だったのかとアイラは言葉に出さず納得していた。


「それでは、誓いの口づけを」


 司式者を務める司教が厳かに告げた。

 聖光教会において結婚とは最も重要な祭祀のひとつだ。偽れば神罰が下り、死後も永劫に地獄で苦しめられるとされている。離婚も極めて難しく、重婚などはもってのほかだ。だからこそエンバーの潔白を示せるのだが、その相手とされたサイラスは生贄の羊のように蒼白な表情となっている。


 ぷるぷると小刻みに震える手がエンバーの顔にかかったベールをめくり、サイラスは目をつぶって唇を合わせる。エンバーが微動だにしないため、つま先立ちになっていた。


 口づけの瞬間、エンバーが一瞬微笑んだように見え――たりするといいなとアイラは思ったが、残念ながらエンバーの表情は相変わらず何も変わらないままだった。


(了)

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