結章

 実験装置のスイッチを静かにオフにしたヴィクトールは、長い夜の沈黙を破るように、深い息を吐き出した。

 彼の研究室には、もはや装置の低い唸り声もなく、ただ時計の秒針が刻む均等なリズムだけが、時間の流れを確かめさせてくれた。

 ヴィクトールは机に並んだ数々の方程式、計算、そして実験の記録を眺めた。

 彼の探求は、彼が考える以上に、彼自身の内面と外界との対話であったことを、彼は今、深く理解していた。


 彼は静かに外に出て、冷たい星の光の下で立ち尽くした。

 星々は相変わらず静かで、彼の問いには答えてはくれなかったが、ヴィクトールの心は、前よりもはるかに落ち着いていた。

 彼は宇宙の奥深くに答えを求めていたが、必要な答えは、実はずっと彼の内側にあったことを悟った。

 彼が追い求めていたのは、他のどこかの宇宙にある理想の自己ではなく、今ここにいる自己を受け入れ、その人生を全うすることだったのだ。


 彼の実験が示したのは、物理的な現象を超えた、人間の心の奥深くにある真理であった。

 彼は、科学的な探究がもたらす客観的な知識と、哲学的な思索が与える主観的な洞察が、実は同じ現実の異なる側面を照らしていることを理解した。

 彼の内なる和解は、彼が宇宙の法則を解き明かすための論理的な枠組みを超えていた。


 翌日、ヴィクトールは家族の墓地へと足を運んだ。

 彼は、彼らの墓石に手をかざし、静かに語りかけた。


「あの日、僕は明らかに選択を間違えた。でも、その選択が僕に大切なものを教えてくれた。ごめんなさい、そしてありがとう。僕は、この経験を胸に、前に進むよ」


 彼は涙を流しながら、家族への愛と感謝を新たにした。


 星々の光は、ヴィクトールに静かな慰めを与えた。

 彼は星空を見上げ、宇宙の果てまで続くように思える彼の問いに、静かに答えを見つけた。


 存在するということは、


 そして、その選択が、どんな宇宙にも影響を及ぼすこと。彼はその場で、星空の下、心からの微笑みを浮かべた。

 彼にとっての宇宙は、他ならぬ彼自身の内側にあったのだ。


 実験は終わり、ヴィクトールの探究は一つの区切りを迎えた。彼はこれから、自分の内なる宇宙と向き合い、かけがえのない今を生きることを選んだ。彼の心には、科学と哲学が織りなす納得感と、星々のように静かで深い平和が広がっていた。


(了)

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【SF短編小説】星々に問う―ヴィクトールの心の軌跡― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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