第5話 エトワールの手紙
親愛なるジーク様
貴方が魔王と戦い、ちゃんと生き残って、
この手紙を読んでくれていることを神に感謝します。
この手紙は、ダンジョン100階に挑戦する前日の夜に書いています。
貴方を酷く傷つけて、本当にごめんなさい。
私たちは許されないことをしてしまいました。
事情を説明しますので、出来れば、最後まで読んでください。
ジーク、貴方と初めて出会ったのは10歳の時だったよね。
「剣士」の職業を与えられた後、
奴隷の首輪を外されて、喜んでいた君は可愛かったよ。
両親に売られて恨んでいるようだったけど、
一緒に暮らしていて本当に優しい子だなって思っていたよ。
孤児院の子たちにたちまち溶け込んで、
年上の子からの意地悪をやんわり躱し、
年下の子が悪戯した時には厳しめに怒って、
先生に怒られて泣いている子がいたら慰めていたよね?
そんな貴方が私と同じ立場だったから、すっごく安心していたんだ。
そういえば、貴方の主だったエルンストさんは月に1回、
貴方の様子を確認に来ていたの。
知っていた?
少額の寄付と院長先生とのお茶会に出されたお菓子を持って来ていたんだよ。
心配してくれる大人がいて羨ましかったな・・・
15歳になって「巫女」に選ばれたら、さっそく神託を受けた。
『10年後、魔王が蘇ります。』
すぐに神官長さんに伝えたんだけど、重大すぎてとっても怖かったんだ。
「エトワール、大丈夫だよ。絶対に君を守るからね。」
だけど、貴方が私の背中を優しくなでてくれて、すっごく安心したんだ。
王都へ行くことになって、馬車に二人っきりでいた時だって
貴方が隣にいてくれたから、将来に対して、不安なんてカケラもなく、
希望でいっぱいだったんだ。
魔王と戦うために王都に行くのにね。
孤児院では妬みや嫉みを二人で受けていたけれど、
王都では6人で期待されて、随分楽になっていた。
貴方以外の4人も楽しく、優しく、いい人ばかりだったよね。
最後はああなっちゃったけど・・・
2度目以降の神託はずっと『急ぎなさい』だったから、
ずっと6人でダンジョンにこもっていたのに、
たまの休みでもやっぱり6人で遊びに行ったよね。
今、思い出しても微笑んじゃう。
17歳のあの日、貴方が私に「好きだ」って言ってくれた。
私も、貴方のことがやっぱり特別だったから、すっごく嬉しかったよ。
本当に20歳になるまでは楽しいことばかりだったよね。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
20歳の新年のお祈りの際、ビジョンが見えたんだ。
貴方にも伝えたよね。
白い、大きな羽で空を飛んでいる貴方が、巨大な魔王と戦っているところが。
そして、魔王を圧倒して、倒したところが。
凄く嬉しかった。
私たち6人の努力が報われることが。
大好きな貴方が大活躍することが誇らしかった。
その後、二人っきりになった時の話は嬉しかったな~。
「エトワール、魔王を倒したら結婚しよう!」
「うん!ねえ、魔王を倒したら、どうしよう?」
「そうだねえ、俺は衛兵になりたいな。」
「どうして?」
「大切な人たちを守りたいんだよ。」
ジークは胸と声を張った。
「ジークにぴったりかも!私は子どもの面倒をしたいな。」
「うん!いっぱい産んでくれよ!」
「違う!先生になりたいってことなのに・・・
子ども、たくさん欲しいけど・・・」
「ごめん、ごめん。」
私が恥ずかしさの余り、つい怒ってしまうと
ジークは優しく抱きしめてくれた。
★★★★★★★★★★★★★
春のお祈りの際もビジョンが見えたんだ。
初めての残酷なビジョンだったよ。
神殿のようなところで、エドアルド、カリン、グスタフ、フィリス、
そして私が倒れ伏しているところ。
ショックを受けた私を貴方は懸命になだめてくれたよね。ありがとう。
でも、貴方に相談しようとは思わなかったの。ごめんね。
まずは、フィリスに相談したら、やっぱり貴方抜きで話し合おうってなって。
私がビジョンを伝えたあと、青ざめたフィリスがこう言ったの。
「新年のビジョンで、魔王と戦っているのがジークだけだったのは
こういうことだったのね。」
エドアルド、カリン、グスタフも青ざめていたわ。
しばらくの沈黙の跡、エドアルドが尋ねてきたの。
「僕たちは死んでいたのかな?体に傷はあったかい?」
「・・・なかったみたい。」
「そうか。じゃあ、毒か魔法だな。」
エドアルドはそう呟いたあと、私たち一人一人と目を合わして、
力強く言ったわ。
「僕たちがやることは一つだ。強くなること。
フィリスと僕は防御魔法も、エトワールは状態異常回復魔法だな。」
「そうね。今のままだとこうなるから頑張れってことだよね!」
「そうだ。今のままだと危ないって言う警告だぜ。」
「うん、私たちなら乗り越えられるよ。」
みんなは心も強かったから、もっと頑張ろうってなったわ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
夏に見えたビジョンはこうだったわ。
神殿の中、壊された魔法陣の上で、貴方に剣を突き付けた私たち。
そして、フィリスの転移魔法で貴方は消えたの。
あんなに頑張ったのに、ジークが一人になる未来は全然変わってない!
・・・また、貴方に内緒で、5人で集まったわ。
こんなに頑張っているのに・・・
みんなショックを受けていた。
「・・・フィリス、君は転移魔法を使えるようになってくれ。」
エドアルドが声を絞り出すと、フィリスは微かに頷いていた。
「・・・まだだ。まだ、時間はたっぷりある。
僕たちなら出来る!大丈夫だ!やるぞ!」
「おう!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
秋に見えたビジョンはこうだった。
魔王軍の四天王が神殿の中で、何かを仕掛けているところ。
そして、彼らが魔法陣を壊すところ。
こんなに頑張っているのに、
運命が変わらないことに焦りまくっちゃったよ。
だから、その後のダンジョンでは魔物との戦いでミスして
貴方がフィリスを守って怪我してしまったんだよね。大失敗だよ。
いつも、私とフィリスを守ってくれて、ありがとう。
貴方が守ってくれているから、安心して戦えたの。
初めて行くダンジョンだって、どんなに強そうな敵も怖くなかった。
それなのに・・・ごめんなさい。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
そして、直近のビジョンがこう。
暗闇の中、たった一人になって泣いている貴方に
魔物が襲いかかって食い殺してしまうところ。
泣き叫びそうになったけど、なんとか抑え込んでいた。
だけど、やっぱり気づかれちゃったから、
貴方は私を酷く心配してくれた。
だけど、そんな貴方に何にも言えなくって、私は逃げ出してしまった。
そして、また貴方をのけ者にして5人で話し合ったわ。
「どうしたらいいと思う?」
「何にも言わなくても、本当のことを伝えても、ジークはそうなっちゃうよ。」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「怒らせたらどうだ?」
「そうだな。だけど、ジークは底抜けに優しいぜ。
どうすれば・・・」
「・・・両親だけは憎んでいるわ。彼を捨てたから。」
「そうか、裏切り、か。
・・・エトワール、君には辛い思いをしてもらうけど・・・」
「かまわない。ジークが助かるなら。」
もう、間に合わないってみんな思っていたわ。
だから、カリンは王宮の宝物庫から
エリクサーとアイテムバッグを盗んできたの。
貴方が少しでも楽になるようにって。
それでも、強くなろうとみんな必死で頑張ったわ。
魔族四天王より早く、100階のボス部屋にたどり着こうって。
そして、100階のボスに挑戦する2日前の夜、
久しぶりに6人で和気あいあいと対策を練ったよね。
「予定より1か月、早くなったな。」
「俺たち、歴代最強だからな!」
「そうね。でも油断は禁物よ。
はい、これ。一人、一つ、エリクサーよ。」
カリンが小さな瓶を6つ、差し出した。
中身は銀色に輝く液体が入っていた。
「おお、エリクサーだけでも凄いのに、それを6個も!どうしたんだ?」
「カリンがごにょごにょしたヤツを、私が複写したの。」
フィリスも得意げに胸を張っていたよね。
「おい、おい、大丈夫なのかよ?盗んだりして?」
「大丈夫よ。証拠は何一つ、残していないから!」
「・・・ありがとう。まあ、俺たちなら使うことなんてないけどな。」
フィリスからエリクサーを受け取った貴方はそんな軽口をたたいていたよね。
でもね、エリクサーの複写なんて出来るわけないんだよ。
みんな、貴方にバレないように必死に演技していたんだよ。
だけど、この世界にたった一つのエリクサーを
無事、貴方に渡すことが出来たってホッとしたわ。
カリンがこう言って貴方にアイテムバッグを差し出したよね。
「ジーク、これ、貸してあげる。
エトワールとしばらくデート出来ないんだから、
明日、二人の好きな食べ物を入れておきなさい。」
「いいのか?ありがとう!」
カリンには感謝しかないよ。
ほんの少しでも、貴方に食糧を渡すことが出来たから。
最後に、貴方と二人っきりになれたから。
ダンジョンや魔王のことなんて忘れて、
美味しい食事を仲良く選ぶことが出来たから。
エドアルドは私たちを励まし、きちんとした目標を示してくれた。
グスタフは沈みがちな私たちを面白おかしく楽しませてくれた。
フィリスは転移魔法を覚えてくれた。
たった一人しか転移出来ないけど。
でも、ジークを送り出すことが出来る。
そうすれば、ジークがきっと魔王を倒してくれる。
平和な世界を作ってくれる。
・・・悪いビジョンは変わらなかったけれど、
私たちはみんな1年前と比べてずっと、ずっと強くなっている。
私は究極の状態異常回復魔法を覚えたし。
うん。きっと大丈夫。
この手紙を6人で見て、みんなで笑っていることを願っています。
そして、ジーク、貴方が幸せになることを心から願っています。
エトワール
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