第3話 過去②
20歳の新年を迎え、神様に祈りを奉げると
歓喜の表情となったエトワールが俺の両手を掴んで弾む声を出した。
「ねえ、ジーク。私、見えたの!
ジークが魔王を倒すところ!
凄いの!
ジークってば翼が生えていて、空を自由自在に飛んで、
巨人の魔王を倒すのよ!」
「空も飛んじゃうか、俺!
我ながら凄いな!
でも、そんなことよりエトワールと結婚したいよ。」
最後の言葉はエトワールの耳元で囁いた。
「そうだね!」
嬉しそうなエトワールの笑顔に幸せが加わっていた。
ダンジョンの80階を超えると魔物が異様に強くなっていった。
後衛には傷一つ、付けなかったけど、
俺たち前衛は何度か死にそうになっていた。
エトワールも、フィリスも蘇生魔法は使えなかったから、結構、危なかった。
春になって神様に祈りを奉げた時、
エトワールはまたビジョンが見えたようだった。
だけど、こんどは眉を顰め、何が見えたのか教えてくれなかった。
「・・・エトワール。俺が絶対にお前を守るからな。
まあ、俺だけじゃ頼りないけど、あと4人の頼りになる仲間いるし。」
笑顔を向けると、エトワールは固い笑顔を浮かべた。
「そうだね。うん、頼りにしているよ。」
21歳の新年を迎え、神に祈りを奉げ、神託をもらった
エトワールはこれ以上ないくらい落ち込んでいた。
「エトワール、何を見たんだ?何を伝えられたんだ?
教えてくれ!お願いだ!」
「・・・大丈夫。ジークは必ず、魔王を倒すから。」
それだけ言うと、エトワールは俺の手を優しく振りほどいて、
悄然と教会から出て行った。
去年の春、夏、秋、そして今日とエトワールはどんなビジョン、
神託を受けたんだ?
その度ごとに彼女は落ち込み、ふさぎ込んでいた。
俺たちの互いに対する愛情は変わらなかったけれど、
小さいけど、固い、固い壁の存在を感じていた。
さらに、それはパーティに広がっていて、
あんなに楽しかった6人がなんとなくよそよそしくなっていた。
だけど、俺たちは着実に強くなり続けていて、
連携も相変わらずバッチリだった。
100階のボスをやっつけると、部屋にある魔法陣により、
隠しダンジョンに転移するが、その隠しダンジョンからは途中で帰れないらしい。
しかもその隠しダンジョンは30階もあるのに、マップがないので、
これまでの勇者パーティは半年ほどかかったようだ。
だから準備を念入りにした。
カリンが王宮の宝物庫からエリクサーとアイテムバッグを借りてきたのだ。
おいおい・・・
そして、フィリスがエリクサーを複写して、俺たち全員に1個ずつくれた。
いつの間に、複写を・・・フィリス、やるな。
アイテムバッグの容量は20食くらいの小さな物だった。
アイテムボックスを持っていない俺に与えられたので、
エトワールと色んな店を回って好きな食事を放り込んだ。
そして、ついに100階のボス部屋の扉へたどりついた。
ボスをやっつけると、部屋にある魔法陣により、隠しダンジョンに転移する。
そしてそのダンジョンを攻略すると、
魔王を倒す実力とアイテムを手に入れるんだ。
これまでの勇者パーティはダンジョン初挑戦から、
100階のボス部を倒すまで9年くらいかかったそうだ。
俺たちはたった6年だ。
俺たちこそ、最強、最良のパーティだよ!
「よし、行くぞ!」
扉の前に立つなり、エドアルドが珍しく檄を飛ばした。
「おい、休憩しないのか?」
「・・・うん、みんな余裕あるだろ?
・・・いや、装備だけは確認しようか。」
落ち着きを取り戻したエドアルドの言葉に6人は
いつもの組み合わせで装備を確認した。
いつもは笑顔で簡単に確認をすますエトワールが、
神経質なまでに詳しく、俺の装備をチェックし始めた。
「うん、防具は大丈夫ね。
予備の剣も大丈夫。
アイテムバッグとエリクサーはちゃんと持ってる?」
「おかんか!」
「大丈夫ね。」
エトワールにボケを入れてみたけど、
ひどく真剣なみんなに無視されてしまった。
凄い緊張感が漂っていた。特に、エトワールは吐きそうなカンジだった。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと緊張しているだけ。」
エトワールは無理やり笑顔を浮かべた。
隠しダンジョンは途中で抜けられないからかな?
「俺たちは6人で勇者だ。こんな所で躓いたりしない。
行くぞ!」
もう一度、エドアルドが檄を飛ばした。
「おう!」
中には4体の魔族、竜人、狼人、山羊人、吸血鬼がいた!
「くそっ、遅かったか!」
エドアルドが呟いた。
敵はメチャクチャ手ごわかったけれど、
なんとかみんな怪我無く倒すことが出来た。
「ちょっとヤバかったな!」
俺は笑顔を浮かべ、みんなを見比べたけれど、
みんなは勝利の喜びもなく、真剣に部屋を調べていた。
「魔法陣が壊されている!」
「なんだって!」
エドアルドの悲鳴のような声が響いたので、彼の元へ急いだ。
そこにいる4人は壊された魔法陣を呆然と見ていたが、
エトワールが最後、重すぎる足取りやってきて、
ようやく6人そろったので声を出した。
「どうする?」
エドアルドが初めて見る壊れた笑顔を浮かべた。
「・・・魔王を倒すのはジーク一人、だろ?
お前だけ、隠しダンジョンへ転移しろよ。
俺たちは、もう降りるわ。
俺は、エトワールを、嫁にして、楽しく、暮らすわ。」
エドアルドがエトワールの肩を抱くと、
やっぱり壊れた笑顔を浮かべたエトワールはエドアルドの腰に手を回し、
ヤツの肩に頭を預けた。
「・・・ジーク、一人で頑張ってね。」
「おい、エトワール、どういうことだ!エドアルド!」
「はあ、ホントに気づいていなかったのかよ?
エトワールは随分前からお前に冷たくしていただろ?」
後ろからやれやれといった感じのグスタフの声が聞こえた。
「ジークはバカだから、もっと分かりやすくしなさいって言ったでしょう?」
静まり返っていた部屋にカリンの声が冷たく響いた。
「そういうことだから、お前一人で頑張って、魔王を倒せよ。」
エドアルドが、グスタフが、カリンがゆっくり剣を抜いて、
俺ののど元に突き付けていた。
「おい、冗談はよせよ!」
声がめちゃくちゃ震えていた。
悪い夢としか思えなかった。
「さよなら・・・」
下を向いて全く表情が見えないエトワールが呟いた。
「転移!」
ひび割れたフィリスの声が響くと、一瞬にして真っ暗闇の中にいた。
その濃密な空気はひどく不吉なカンジだった。
「エトワール!エドアルド!カリン!グスタフ!フィリス!」
誰の気配も感じなかった。
フィリスのヤツ、いつの間に転移魔法を使えるように・・・
いや、そんなことじゃない!
エドアルドがエトワールを寝取ったのか?
他のメンバーに根回しして、俺をハメたのか?
エトワールが俺を裏切ったのか?
嘘だろ?
アイツら、俺が一人で、魔王を倒すからってか?
さっきのボス戦でも俺一人じゃあ、到底、無理だっただろ!
隠しダンジョンは6人じゃないと無理だろ?
食料は小さなアイテムバッグの20食分しかないぞ!
30階はあるらしいのに!
パーティで半年かかるって言っていたのに!
魔王を倒すより、俺を殺すことを選んだってことか!
くそっ!
絶対に生き残ってやる!
魔王なんかより、アイツらを地獄に叩き込んでやる!
エトワールッ!
くそっ!
泥水だってすすってやる!
毒だって、魔物だって、なんだって喰ってやるよ!
俺の剣はすべてを切り裂くんだから!
俺は回復魔法を使えるんだから!
俺にエリクサーを渡したことを忘れたのか?バカめ!
俺一人で、すべての魔物をぶっ倒してやる!
そして、お前らにたっぷりと復讐してやる!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
暗闇の中、ダンジョンの壁にほんの少しある、
光る苔のほのかすぎる光を頼りに、ゆっくりと進んでいった。
気配だけを頼りに、魔物と出会えばほぼカンで倒していった。
何度も攻撃を食らって死にそうになり、回復魔法が使えることに感謝した。
日どころか時間も分からないまま進んでいった。
地図のスキルを持っていないこともあって、1階を攻略するだけで、
信じられないくらいの時間がかかってしまった。
食料も水も無くなってしまったので、
倒した魔物を生のまま喰った。
腹を壊し七転八倒した。
だけど、また食べた。
青年らしい心、人間らしい心はどんどんすり減っていた。
魔王を倒すことなんてどうでもよくなった。
生きる希望は、俺を捨てた両親、俺をハメた5人、
特に裏切ったエトワールへ復讐することだけだった。
各階のボス部屋をクリアするごとに、凄いアイテムやスキルを手に入れた。
光魔法を手に入れ暗闇から解放されると、
ようやく怪我無く勝てるようになった。
6人の勇者パーティを鍛えるためのダンジョンを
一人で突破して全ての凄いアイテム、スキルを手に入れたから、
隠しダンジョンに入る前とは比べ物にならないくらい強くなった。
★★★★★★★★★★★★★
そして、ついに隠しダンジョンの最後のボス部屋を軽く突破すると、
王都の教会に転移した。
「お、おお!勇者パーティが帰って来たぞ!」
「・・・ジーク様だけですか?」
「うん?アイツ等は帰って来ていないのか?」
「はい。100階に挑戦するためにダンジョンに潜った日から
誰も見ていません。
それより、魔王が復活しました!
北方から魔物の大群が押し寄せて、北部の城塞が蹂躙されたのです!
お願いです!世界を助けてください!」
「くっ!・・・任せろ!」
俺たちがダンジョン100階に挑戦してから3年が経過していた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
魔王との戦いに赴く前に、国王に謁見させていただいた。
魔物の大群に、国軍の主力が壊滅させられた直後だったから、
国王や貴族どもは不安でパニック寸前になっていて、
まず奴らを落ち着けてあげる必要があるんだってさ。
魔王を倒せば金はいくらでも、国宝だってなんだってプレゼントする。
王女と結婚して王位を継いでくれ。すぐに王位を譲る。
だから助けてくれって懇願されたよ。
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