第4話 旅

で、祝勝式典の際の、国王、貴族どもの俺に対する感情は、

自分の財産、領地、権力を奪おうとする平民への憎悪、

魔王を圧倒した武力に対する恐怖、

魔王を倒した俺への国民の歓声に対する嫉妬が絶妙にブレンドされていた。


王の御下問はこうだった。

「勇者ジークよ、魔王退治ご苦労であった。

・・・褒美は何がよいかな?」


ははは!下から2番目の予想どおりだよ!

出来れば褒美を少なくしようとの思いが丸出しだよ!


「魔王との戦いに赴く前、

王女様と結婚させていただけるとのことでした。」

にこやかに言ってのけると、俺への憎悪がぎりっと増した。


「ですが、王女様にはずっと以前から婚約者がおられるそうですね。

私ではなく、その婚約者と結婚されたほうがよろしいかと思います。」

この言葉には王と王女がすこぶるホッとしていた。


「次に王位を頂けるとのことでした。」

にこやかに言ってのけると、俺への憎悪が天井知らずに増していった。


「ですが、世間知らずで、政治ど素人の私がもし、国王になったとしたら、

国民に多大なご迷惑をお掛けすることになります。

貴族となって領地をもらうとのことも併せて辞退させていただきます。」

大広間中が脱力していた。


「・・・最後ですが、賞金についてはたんまり頂きたい。

明日からきままな旅に出るつもりです。今日中にお願いします。」

この言葉には、王と大臣だけが怒っていた。

でも、金だけはちゃんともらうぜ。


泊っている宿には縁を結びたい、おこぼれにあずかりたい貴族が、

見目麗しい女たちを連れて、わんさか押し寄せてきたけど、丁重にお断りした。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


まずは、王都で過ごした宿舎のお手伝いさんや周囲の人たちに

勇者パーティのことを尋ねてみたけれど、何にも知らないようだった。


まずは、簡単に見つかりそうな両親に会いに行くことにした。

ゆっくりと歩いて行ったのだが、見るもの聞くもの全く興味を持てなくって、

予定より早く20日で故郷の商業都市にたどり着いた。


門から入ったメインストリートは、子どもの頃、人通りがメチャクチャ凄い、

立派な大通りだって思っていたのに、

それなりの人通りだったから少しガッカリした。


ようやくたどり着いた生家は、建物は変わっていなかったけれど、

店の名前、置いている商品が異なっていた!


開いたドアから恐る恐る覗いて見たら、店員は両親ではなかった!

俺を売った金で引っ越しでもしたのか?


だから、隣家のおせっかいでおしゃべりなオバサンに尋ねることにした。


「あら、もしかしてジークくん?

あらあらあら、ホントに立派になったわね~!」

面影を残しているおしゃべりなお婆さんは俺が勇者だって知らないみたいだった。


「両親のことを教えてください。」

「えっ、あっ、知らないのかい?」

お婆さんは表情を曇らせた。


「お願いします。」

金貨を1枚、差し出すと、お婆さんの目が輝いた。

錆びついた舌に極上の油が差されて勢いよく回転し始めた。


「ジークくんがいなくなった後、お得意様が潰れちゃったみたいでね、

巻き添えをくってお店は潰れちゃったの。

それで、お父さんは奴隷となってどこかへ連れて行かれたの。

その後は知らないわ。

お母さんは・・・この街の娼館で働いていたそうよ。

3年後くらいかな、病気で亡くなったって聞いたけれど・・・」


「・・・そうですか。どうもありがとうございました。」

娼館の名前は教えてもらったけれど、なんだか疲れ切ってしまい、

母のことを聞きに行こうとは思わなかった。


でも、金に困ったからって子どもを奴隷に落としたから天罰喰らったんだって

思ってすっとした。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


次は10歳から15歳まで過ごした孤児院を目指した。


宗教都市まではゆっくり歩いたら20日かかった。

たどり着いたら、俺を覚えていた孤児院の世話人たちが

魔王を倒した勇者が帰って来たって大歓迎してくれた。


院長先生は来客中ということで、待っていたら、

その来客と言うのはエルンストさんだった。

一時期、奴隷だった俺の所有者。


10年ぶりだったけれど相変わらず陰鬱な表情で、

やっぱりお爺さんになっていた。


「ル、ジークくんか?ああ、立派になったな!

魔王を倒してくれて、どうもありがとう!

大変だっただろう、ご苦労だったね。」

意外にもエルンストさんから温かい言葉がこぼれた。


「エルンストさん、両親のことを教えてください。」

エルンストさんのほんの少しほころんでいた表情が、

最大級の陰鬱な表情となった。


院長室で、院長先生も加えて話を聞くことになった。


院長室はエトワールと3人でお茶会をしたころと変わっていなかった。

ただ、新聞の切り抜きが壁に貼り付けられていた。


5年前の記事で、勇者パーティ6人への期待。

2か月前の記事で、俺がたった一人で魔王を倒したこと。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


エルンストさんは何度か唇を開いたり閉じたりした後、

ようやく話し出した。


「私がジークくんを奴隷にする1年くらい前、

私が番頭として勤めていた商会が代替わりしたんだ。


そして、ジークくんを奴隷にする前日なんだけど、

若商会長が詐欺師に騙されていて、

商会がすぐに潰れることに気が付いたんだ。


巻き添えを恐れた私は逃げ出すことにしたんだけど、

商会の主要取引先で、親友である君のお父さんに知らせに行ったんだ。


私の店から売掛金を回収出来なかったら潰れる!

そうしたら、親子3人とも奴隷となってしまうって

君のお父さんは頭を抱えていたよ。


悩みに悩んでいる君のお父さんを、

私と親子3人、一緒に逃げようと誘ったら、

君を逃亡者に、借金から逃げた犯罪者にする訳にはいかないって。


だから、君の両親は、君だけ逃がすことにしたんだ。

借金は二人で背負うから、君を遠い所に連れて行ってくれって。


私が世話をするのが無理なら、孤児院にでも放り込んでくれって。

君だけ逃げる訳がないって断ろうとしたけれど、

じゃあ、奴隷にしてもいいから頼むって。」


じゃあ、両親は俺を助けてくれたのか?

俺の未来を大事にしてくれて、

本当に奴隷にならないよう、エルンストさんに預けただけだったのか?


エルンストさんは目を潤ませ、時折声を震わせながら話し続けた。


「教会で君に「剣士」の職業が与えられたこともあって、

この院長先生に相談してみたら喜んで受け入れてくれたんだ。

・・・君と、君の両親の人生を捻じ曲げた責任は私にもある。

本当に申し訳ない。」


いつも表情の変わらなかったエルンストさんが泣いていた。

俺の体はブルブルと震えていた。


「エルンストさん、ありがとうございます。

・・・だけど、まだ話していないことがありますよね?

全部、お願いします。」


「ああ、すまない!

・・・君の両親が亡くなったことは知っているかね?」


「!!!父もですか?

母が娼館で働いて、しばらくして亡くなったとは聞きましたが・・・」


「そうか・・・お父さんは鉱山で働いていたんだけど、

5年くらい前に岩盤事故で亡くなったそうだよ。


・・・ジークくん、君には全く責任がないからね。絶対に。

ジークくんを連れて行くために、君の両親は手持ちの金貨、銀貨を

全て私に託したんだ。

・・・だけど、もし親子3人が奴隷となっていたら、そのお金があったら、

その辺りの農奴として親子3人で暮らしていたかもしれないんだよ。

私が悪いんだよ。すまない・・・」


!!!ホントに、俺の未来のために!


両親は過酷な仕事についたのか!


そして、早死にしてしまったのか!


全部、俺を守るためじゃないか!

俺のせいじゃないか!


何も気づかなかった自分のバカさ加減に腹が立った。

エルンストさんだって、奴隷の俺をずっと大切に扱ってくれていたのに!

なんで、何にも考えず、両親をずっと恨んでいたんだ。

俺はバカだ!


そして、両親との思い出が溢れて来て、ずっと涙を流していた。


「両親のお墓を作らないと・・・」

しばらくして立ち上がると、院長先生は俺の肩を抱いた。


「ジーク。君の両親は、君のことを誇りに思っている。

もし、君が勇者じゃなくっても、健康に生きているだけで喜んでいるよ。

大丈夫だ。

安心しなさい。

・・・お墓の前に、エトワールからの手紙を読んでくれないか。」


可愛らしい封筒には「ジークへ」とエトワールの綺麗な字が書かれていて、

懐かしく温かい魔力で封がされていた。

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