【ショートストーリー】永遠の方程式:結の物語

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】永遠の方程式:結の物語

 昔、とある小さな町で、数学という名の迷宮に心を奪われた女性がいた。

 彼女は、数学という冷徹なる世界において、情熱を燃やし続ける数学者である。

 その女性の名を、ここでは「ゆい」としよう。

 結は数式の中に、人生の答えを見出そうとした。

 しかし、彼女が知れば知るほど、数学の世界は容易に答えを与えてくれない。


「なぜ、数の世界はこんなにも厳然として不変だと思いますか?」


 結が、大学の講義で生徒たちに問いかける。

 その問いは、彼女自身の若き日の疑問から生まれたものだった。


「それはね、数学がこの宇宙の言語だからよ。変わることのない永遠の真実を追い求めるのが、私たち数学者の使命なの」


 結の答えは、いつも冷静で、理性的だった。

 しかし、その胸の内には、熱い情熱が渦巻いていた。


 結は、数学の道を歩む中で、多くの問いに直面した。

 定理の証明、理論の構築、研究の失敗と成功。数学という絶対的なことわりの中で、彼女は自分の人生の意味を見出そうとした。

 しかし、数学には答えがあっても、人生の答えはそこにはなかった。


「私の人生に、定理のような答えは存在するのだろうか?」


 結がひとりごちる夜は多かった。

 机の上には、解かれたばかりの複雑な方程式が無数に散らばっている。


「そう、答えなんてないわ。だけど、その問いを構築することに意味がある」


 結は自分自身にそう言い聞かせる。

 数学者としての彼女は、人生の問いにも、数学的な美しさを見出そうとした。


 年月が経ち、結は数多の論文と共に、世界的な数学者として名を馳せた。

 しかし、彼女が最も価値を見出したのは、論文や賞ではなく、自らが構築した「問いたち」だった。

 それは、数学の問題だけでなく、人生の問題にも適用される普遍的な問いである。


「人生における真の価値は、何を得たかではなく、どのような問いを立てられたかにあるのです」


 結は、晩年の講演でそう断言する。

 彼女の言葉には、長い探求の末に得た確信が込められていた。


 そして、結の人生の終わりが近づいた時、彼女は最後の問いを立てる。


「私の人生が、この宇宙の数式の一部になるとしたら、それはどのような形をしているのだろう?」


 彼女の問いは、死を前にしてもなお、数学への深い愛と好奇心を示していた。


 結にとって、人生の終結は問いがなくなることではなく、だった。

 彼女の一生は、数学という名の星座の中で、ただひとつの輝く星となった。

 そしてその星は、永遠に変わることのない数の世界で、静かに問い続けるのである。


(了)


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【ショートストーリー】永遠の方程式:結の物語 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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