二分二十秒程度の独白
薄く雲が空を覆っていてさ。
淡いグレーに世界は染まっていたんだ。
雲は陽の光を透かして、天井に濃淡を作って。
それはグレースケールのマーブルで。
車の窓をほんの少しだけ、多分そう二センチ程かな、僅かに開けて風を取り込もうと思った。
動く空気を感じながら、ぬるい温度とその湿度、外の喧騒、それに相反するような密室感。
何だか別の世界に居るような気分で心地良かった。
僅かな休憩時間に少しでも体を休めようと目を閉じていたら、袖を捲し上げていた右腕に小さな小さな冷たい点を感じたんだ。
それは空から舞う雨の粒で、重力と空気の力にされるがままにこの僅かな隙間から僕の腕に辿り着いたんだ。
一粒、二粒、三粒。
どれだけの確率なのかと頭をよぎったんだ。
一粒目は何千何万分の一。
数分後には何十万何百万分の一。
十数分後には何千万何億分の一。
そんな確率かも知れない。
そう考えると、奇跡的に僕の腕を濡らすこの一雫は奇跡なのかも知れない。
そんな奇跡が次々に僕の腕へとやって来る。
ああ、奇跡ってこんなに簡単に起きるものなのかと思ったんだよ。
そんな事を考えてるとさ、ふと思うんだ。
眠る前にやっとの思いで絞り出した言葉の羅列が、誰かの心を軽く出来たら良いなだとか。
男手一つで僕を育て、無理が祟って早逝した父さんに、夢でも良いからもう一度会いたいだとか。
前妻が引き取って、もう会わせるつもりは無いと言われてしまった娘に一目で良いから会いたいだとか。
出来るだけ綺麗なものだけを見て、それを瞼の裏に焼き付けたまま眠って、そのまま目覚める事はなければ良いのにだとか。
どうしようも無い程に辛く苦しくても、それでも縋り付く何かを、歩く為の理由を、明日を待つ意味を、そんなものに出逢いたいだとか。
そんな奇跡とも呼べないような、小さな願い。
そんな願いすら僕の下へはやって来ない。
買いもしない宝くじが当たったらどうしようかなんて、そんな妄想が現実になるよりよっぽど堅実な願望なのに。
そんな事を考えているとスマホのアラームが鳴って、また午後も一踏ん張りだなって車のエンジンを掛けてフロントガラスを見ると、驚く程に濡れていなかったんだ。
僕の腕を濡らした奇跡は、やっぱり奇跡だったんだなって。
きっといつかその軌跡を逆に辿って雲の向こうへ僕が行くまで。
もう一踏ん張り頑張らなきゃなってそんな話しさ。
だから昼飯食べて眠くなっても頑張れよって事さ。
それじゃあお仕事はじめますか。
私的選外〜其の一 花恋亡 @hanakona
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