Ver.1.0「After.10.12」

#1

 絶え間なく街を包むように降る雨。

 三英町と呼ばれるこの街は、突如現れた未確認生物により、まるで地震災害の後のような光景と化していた。


 そんな街の真っ只中で、綺麗な顔の女子高生が倒れ込んだ。

 黒のタンクトップに制服のスカートを着た長身の少女。


 そんな彼女の背中から大量の血が流れている。

 痛みで苦しいのだろう。整った形の胸を上下させ、ハァハァと激しく息切れしている。


〈●●……〉

 

 それを目にした女性型AIロボットは、巨大化した身体を人間サイズに縮小。少女の側に急いで駆け寄った。

 AIはたった今、この街を襲った未確認生物と戦い勝利した。

 しかし彼女の本業はヒーローではない。

 人類を医療で救済すること。それが彼女の本来の役目だ。


 AIは目のレーダーで少女の身体を隅々まで照らす。


〈●●、しっかりしてください〉


 冷静に呼びかけるが、少女は虚な目でこちらを弱々しく見つめるだけだった。


〈●●、今から私が輸血をします。それまではどうか頑張ってください〉


 人工血液を生成しようとする。だが出血量が多く、生成が間に合わないことは明白だった。


 その時少女は最後の力を振り絞り、AIに言った。


「ボクは……」


〈●●喋らないでください。お身体に触ります〉


 AIは人工血液のプラグを少女の身体に差し込む。    

 しかし少女は小さく首を振り、こう言葉を紡いだ。





「ボクは......あなたみたいに......なりたかっ......」




 最後まで言い終わらずに途切れた声。それが少女とAIが交わした最後の会話だった。


ーーーー


AlーPHA

Ver.1.0「After.10.12」


――――

 

 ーーーー翌日。


 日本、三英町西部、10月13日月曜日、午前6時55分。

 

 どこにでもある普通の一軒家。

 白を基調とした、高校生くらいの女子の可愛らしい部屋。


 ピンクのネグリジェを着た少女が鏡に映った自分の姿を見つめている。

 長い黒髪が背中まで伸びていて、人気女性アイドルのようだ。きっと男女問わずクラスのみんなに好かれるような子だろう。


 そんな綺麗な自分に見惚れているというよりも、どこかおかしな所がないかしきりに触りながら心配しているようだった。


「起きたんでしょ!? 早く下りて来なさい! 遅刻するわよ!」


 一階から女性の声がする。

 サッと扉の方に顔を向ける。母親が娘を呼ぶ声。しかし少女は何か警戒した様子だ。


「早くしないと遅刻するわよーっ!」


 先程よりも痺れを切らしたような声が響く。

 急いで返事をしなければ、この部屋に来るかもしれない。さっきまで自分の姿をずっと見ていたことに対する言い訳は残念ながら持ち合わせていない。


「はーい! 今行くよ!」


 少女は出来るだけ元気な声を取り繕いながら言った。


 慌ててネグリジェを脱ぎ、ベッドに放り投げる。

 ハンガーに掛けて置いたセーラー服を引っ掴むと、頭から被った。


 着替えた少女は階段を駆け降りた。制服の名札には"西波ルナ"と記されていた。


「おはよう」


 リビングでは、ルナの母が朝ごはんの準備をしていた。


「やけに下りて来ないと思ったら、今日は身だしなみ整えてきたのね」


「いつものボクはしっかりしてないの?」


「そうね。毎日ママが直してあげてるじゃない」


「じゃあ明日から寝癖をつけてくるようにするね」


「何、寝ぼけてんの。早く朝ごはん食べなさい」



『あなたと共に未来を創る街、ここは三英町。イフ社はこの街で暮らす人々の幸福な生活のお手伝いをします』


 ルナと母はバーチャルビジョンの映像を見ながら朝食を食べていた。

 ルナが、お茶を飲んだ後に申し訳なさそうに母に言った。


「昨日はごめんね」


 母はそんなことどうでもいいと言わんばかりに、大きく首を振った。


「もうルナったら。あなたが無事で良かったって言ったじゃない。この話は終わりにしましょ」


「……うん、そうだね」


 ルナは伏目がちに笑った。


 しばらく無言が続く。カチャカチャ鳴る食器、ビジョンに流れている朝の物騒なニュースの音だけになる。


〈昨日未明に現れた未確認生物ホークスですが、死体を検出したところ肉体は人工物で出来ていたことが明らかになりました。それにより今後は未確認生物改め、人工生命体と呼称すると政府により決まりました〉


 気まずい空気に耐えられなくなったのか、ルナの方が話題を振った。


「なんかボクたちSF映画の世界にいるみたいだね」


「そうね。これから私たちどうなっていくのかしら……」


「どうしたの? ママ、もしかして怖いの?」


 母は食卓の隅に飾られた夫の遺影を見つめる。


「正直怖いかも。昨日はパパみたいにルナも急にいなくなっちゃうんじゃないかって思った。またあんな思いをするなんて嫌だもの」


「大丈夫だよ。だってこの地球には"アルファ"がいるから」


 "アルファ"の気持ちを代弁するかのような口ぶり。それは母を安心させるよりかは、自分に言い聞かせているかのようだ。


 アルファ。イフ社の最新型AI、AlーPHA(アルファ)のことだ。イフ社のナノテク、"トワイライト"によって作られた医療AIだ。


 先日の人口生命体事件も彼女が巨大化して戦ったことにより、この街が守られていたのだった。


「そうかしら。いくらアルファでも全ての命を救えるわけじゃないわ。昨日の人工生命体事件の死傷者も少なくなかったわけだし……」


 母の不安そうな言葉。それに呼応するかのように、ルナは小さな声で呟いた。


「もう誰も死なせない」


「あら、何か言った?」


「うぅん。あ、もうこんな時間だ」


 スマホで時間を確認したルナは椅子から立ち上がる。鞄を肩にかけると、いそいそと玄関に駆けていった。


「行ってきます!」


「はいはい、いってらっしゃい」


 娘が家を出た後、食べ終わった食器を片付ける母。


「珍しいわ……野菜が嫌いなあの子が残さないなんて。人が変わったみたいね」


 空になった皿を見つめながら母は不思議そうに呟いた。



 三英町。十三年前、糸杉という男が新型ナノテク装置を開発した。そのナノテクは自然が綺麗でありふれたこの街を、一ヶ月も経たずに近未来の街へと変貌させた。


 以降、糸杉は世界各地に"イフ・インターナショナル"という会社を設立。本社であるイフ•タワーをこの町に構えた。


 いつしかSF映画のような空想の世界が日常となった現在。人々はイフ社が開発するナノテクアイテムと共に暮らしていた。


 黄金に輝く三人の戦士の像。三英町のシンボルが人々の生活を見守るように聳え立っている。


 その像の前を行き交う人々の群れの中にルナもいた。

 ふわりとした人口天候装置の風が吹きつけ、ルナの髪をきらきらと揺らす。

 辺りを観察するように歩くルナの横を、同じ学校の制服を着た学生たちが駅に向かっていく。


 学生たちの後に着いて行き、駅の改札を通ると、プラットフォームに既に電車が停車していた。AIが運転する飛行電車だ。

 なんとかギリギリ間に合ったルナを乗せ、電車はけたたましい煙を蒸せながら空へと浮上した。


 彼らが向かう先は、イフ・アカデミア。三英町にあるイフ社が運営する有名私立高校。世界的企業イフ社の未来の社員を育成するための学校である。



「人工生命体!」


「見たかよ」


「あれスゴクね」


「何なのアレ」


「イフ社のアルファもデッカくなっちゃってさ」


「マジかよー」


「どーなってんの、この国」


 ルナがイフアカデミアの二年生の教室に入る。クラスメイトの中でも人口生命体事件の件で話題は持ち切りだった。


「ルナは大丈夫だった?」


 ルナが机に鞄を置いていると、会話の中にいた一人の女子生徒が話しかけてきた。


「……うん。昨日はずっと家にいたから」


 ルナは、ぎこちなく笑った。


 その時だった。


「ルナ!」


 お嬢様のような女子生徒がルナの前に駆け寄ってきた。

 女子生徒は碧い目を見開き、少し怒った顔で言った。それだけで、どれほど心配していたのかが伝わってくる。


「生きてたんならちゃんと連絡してよ! あんたが死んじゃったんじゃないかって、こっちは気が気じゃなかったんだからね!」


 ルナは女子生徒の名札に目をやる。"糸杉ハル"と記されていた。

 イフ社の社長と同じ苗字なのは、彼女が糸杉の実の娘だからというのは誰もが知る事実である。

 出来るだけ自然な口ぶりでルナは説明する。


「ごめん。昨日はずっと家にいたの。スマホの充電が切れてそのままにしちゃってて……」


「はぁ? 昨日はオーディションにあんた行ったんじゃないの?」


ーオーディション?


 何のことを言ってるのかさっぱり分からないルナ。小首を傾げると、天然少女っぽく尋ねた。


「えっと、昨日のボクは何のオーディションを受けたんだっけ?」


 上目使いでハルを見ると、彼女は呆れている。

 ルナには天真爛漫なイメージがある。惚けたフリさえすらば受け入れてもらえると思ったが失敗だったようだ。


「特撮ヒーローの主演女優オーディションよ」


「そう言えばそうだった気がするかも」


「気がするかもって……あんたが無理して元気なふりなんかしてるから、オーディションの結果が散々だったんじゃないかってこっちは心配してたんですけど。あれ嘘だったわけ?」


「嘘じゃないよ。ボクはちゃんとオーディションに行ったよ」


 ルナはきっぱりと言う。


「この話はこれで終わり」


 ルナは明るい笑みを浮かべると、胸の前で手を叩いた。ぱんっと乾いた音が、クラスメイトの雑談の音にかき消される。


 納得がいかないハルは、


「待ちなさいよ。まだ話は」


と食ってかかる。


「ハルちゃん、そんなことよりももっと楽しい話をしようよ。ねっ」


 変に話を広げたくないのか、ルナは強引に話題を逸らそうとする。

 しかし、ハルは先程のルナの発言にある違和感を抱いたのか、眉を顰めながら言った。


「ハルちゃん? いつもはそんな呼び方しないのにどうしたのよ?」


「いつもは何て呼んでるんだっけ?」


「ハルって呼んでるじゃない。初めて親友になった時からずっとよ」


「そっか! そうだよねっ! ボクたち親友! アハハハッだよねー!!」


 ルナは可愛く微笑みながら、ハルの手を握った。


ー冷たっ……。


 思わずハルは心でそう呟く。

 その手の冷たさが、今日の話が噛み合わない親友との距離を表しているようだった。


 やがてチャイムが鳴り、クラスメイトたちの面々も自らの席へ戻り始めた。

 しかしハルはしばらくその場を一歩も動けなくなっていたが、チャイムで我に返ったのか自分の席に戻った。



 一時間目が終わった頃、ルナは辺りをキョロキョロしながら空き教室の入口を通過した。

 誰もいないことを確認して、パスワードを入力して内側からロックをする。


「どうやら女子高生になりすますのも、一筋縄ではいかないみたいですね」


 ルナはこめかみのスイッチを押し、顔を覆っていたナノマスク、首から下に身を包んだナノスーツを取る。


 女子高生の皮が脱皮するように、ハラリと地面に落ちる。

 そこから白黒ボディに金色のライン、白い翼を折りたたんだAIロボットが出てきた。


 実は西波ルナはアルファが成り代わっていた姿だった。


つづく

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