#3
その次の日学校のカフェテラスで昼食を食べるルナとハル。そんな中ルナは意を決して昨日の決心を打ち明けた。
「あのさ……ハルから勧められたオーディション受けようと思ってるんだ」
ハルが、ルナの言葉を聞いて口をあんぐりと開けた。まさか冗談で言ったつもりの言葉を間に受けるとは思っていなかったようだ。
「ちょ、ちょっと......ルナ、本気なの?」
「本気だよ。ヒーローの夢を思い出すまで、ボクの人生はモノクロだった。だけどその夢を見つけてから、ボクのやるべきことがはっきり分かった気がする。ヒーロー役を演じることを通して、多くの子供たちの人生に影響を与えられるような存在になりたいんだ。ボクがシャイニングラブ、そしてアルファに教わってきたことのように」
ルナが自分の理想を熱く語る。自分だったら気恥ずかしくて言えないようなことを、ルナは平然と言ってのける。彼女自身がそれを信じているからだ。そこがルナの強さだ、とハルは思った。
「そっか。とうとうルナも新しい目標を見つけたってわけね。なんか羨ましいわ」
ため息を吐きつつ、ハルはカフェラテに刺さったストローをクルクルと回している。
近くに感じていた親友が遠くに行ってしまった感じがしてどこか寂しげだ。
「ほら、これはオーディションの台本。すごいでしょ」
ルナは自慢げにポケットのスマホを取り出すとアプリを開いた。すると「シャイニングラブ リビルド版」と書かれた台本がそこにはあった。
「偽善だっていいじゃないか!!」
歌うような口調で主人公のセリフを真似するルナ。せっかくのかっこいいセリフが台無しだ。
そんなルナの空気に水を刺すようにハルは聞いた。
「それはそうとしてルナ。お母さんにはどう説得するの?」
「全然考えてなかった……」
ルナは楽しい顔から一転、しまったという顔をした。
「そんなことだと思ったわ」
やはりと言った顔でハルは言った。
「どうしようハル。もしもうちのママにバレたら殺されちゃうよ」
ルナは怯えた顔でぶるぶると震える。
「もうルナったら大袈裟ね。こんなことがバレたくらいで命までとられないわよ」
呆れた顔をするハル。そうは言いつつも、腕組みしながら対策を考えてあげる。
「じゃあこんなのはどうかしら?」
ハルは人差し指を突き立てながら提案する。
「大学受験のために塾に行くってのは? 練習やオーディションで帰りが遅くなってもそれなら怪しまれないでしょ」
「いい作戦だね。よしそれで行こう」
「今日から忙しくなるからたっぷり栄養取りなさい」
ハルはそう言って、弁当の卵焼きをルナの口に放り込んだ。
満面の笑みで卵焼きを頬張るルナ。問題が解決したことで気が楽になったのだろう。
「いい食べっぷりね」
そんな天真爛漫なルナを前にハルも元気を貰っていた。
●
イフ社のラボの一室。沖永は型遅れのスマホの映った写真を見つめていた。そこにはクラスメイトに囲まれ楽しそうに話しているルナの姿だった。
ルナとそこまで深い関わりのないはずの、沖永が何故彼女の写真を持っているのだろうか。
その時ワープゲートを潜り、アルファが部屋に入ってきた。
〈西波ルナ……マスターは彼女のことが気になるのですか?〉
その質問には答えずに沖永はアルファに聞いた。
「君の方こそ何とも思わないのかい? あれは君に随分憧れてる様子だったぞ」
〈私はマスターに指示されたことをただやっているに過ぎません。何故西波ルナが私に憧れるのか理解出来ないのです〉
そんな言葉とは裏腹にポーカーフェイスでアルファは返す。
それはきっとアルファにはすごい力があるからだよと、沖永は言おうとしたが踏みとどまる。
アルファには医療だけでなく、語学、スポーツ、メカニックなど様々な知識が組み込まれている。そんな彼女が何かに疑問に思うことなど今まで一度もなかった。
もしかしたら西波ルナという少女には誰かに影響を与え、成長させるだけの何かがあるのかもしれない。そう思うと、彼女とアルファをもう一度会わせたくなったのだ。
少し考える素振りをして、沖永は言った。
「そうだな......本人に直接聞いてみたらどうかな?」
〈聞いてみるですか?〉
「そう。彼女は糸杉社長の娘の友人。そのつてで会わせてあげよう」
〈私は西波ルナの友人ではありません。そんな私が彼女に再び干渉してもよろしいのでしょうか?〉
と、冷静にアルファは問いかける。
「友達じゃないなら、次会った時に友達になればいいんだよ! なっ!」
大丈夫さ、というように、沖永がアルファの肩をぽんと叩いた。
それに対し、〈承知しました。マスター〉といつものように無機質に返すアルファだった。
学校からの帰り道の電車。ルナはオーディション用の台本を人目も気にせず読み耽っている。
『次は円香、円香』
アナウンスが車内に響き、電車は停車駅に停まる。扉が開くとどっと押し寄せるように人が入ってきた。まだらに空いていた席は次々に埋まって満席になる。
すると少し遅れてから妊婦が車内に入ってきた。その妊婦のお腹はもうすぐ赤ちゃんが産まれてもおかしくなさそうな大きさだ。妊婦はルナの丁度正面に立つ。
だが、台本に夢中になっているルナはそのことに気づかない。
その時だった。ルナの二つ隣の席に座っていた少女が立ち上がった。
その光景を前にやっとルナも気づく。同い年くらいだろうかーーボーイッシュな格好は一瞬男子と見間違えそうになる。黒縁眼鏡の奥に光る素朴な瞳が、なんだか優しそうに妊婦を見据えていた。
「どうぞ」
低めのハスキーな声で妊婦に声をかけるボーイッシュ少女。
「ありがとう。ありがとうございます」
それに対し、妊婦は何度もお礼を言うとゆっくりと空いた席に座る。
ヒーローならこんな時はすぐに立ち上がって妊婦さんに席を譲る。台本に夢中にさえなってなければやろうと思っていたのに。あと一歩のところでそれが出来なかった。
席を譲ったボーイッシュ少女。彼女はシャイニングラブやアルファのように特別な力はない。だが、心だけは彼女たちに負けずとも劣らないはずだ。
その後の電車内ではルナは恥ずかしさのあまり、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。ヒーローになろうと決意した矢先にこの有様ではこの先が不安で仕方なかった。
一週間が過ぎた。ルナの不安は見事に的中し、失敗だらけの日々が続いた。
ルナが学校の廊下を歩いていると、クラスの女子生徒がお掃除ロボットの前で立ち往生していた。
「どうしたの?」
ルナは出来るだけ心配そうな口調を取り繕って聞いてみる。だがその胸の内は、ヒーローになれるチャンス到来と心が踊っていた。
「お掃除ロボットが壊れちゃって……」
ロボットは目の光を失い、起動スイッチを押しても何の反応もない。
「さっそくヒーローの出番だね! ボクがメンテナンスルームまで運んであげる」
ルナは自分の胸をばんっと叩いた。
「男子に任せようよ。女の子が持つには重いよ」
心配そうにする女子生徒に、ルナはふふんと笑った。
「大丈夫、大丈夫。これくらい楽勝」
ロボットを両手で抱き抱える。持った瞬間に腕が千切れそうになるくらいにズシリと負荷がかかった。
「と、思ったけど……案外……重いぃぃ……」
ふらふらとおぼつかない足取りで歩くルナ。丁度エレベーターに差し掛かり、ロボットを床に置こうとする。しかし気が緩んでしまったのか、するりと手を滑らせてしまう。
「しまった......」
そうルナが叫んだ時にはもう遅かった。
ドンガラガッシャーンとけたたましい音を立てながらエスカレーターを転がり落ちるロボット。
急いで駆け寄るルナ。地面に落ちたロボットはもはや原型を留めていなかった。
「こうなったら気合いで直すしかないね」
ルナはダメ元で手刀で叩いてみる。しかし、何の反応を見せない。
もう辞めようよと言いたげな女子生徒をよそに、何度もバンバンと叩いた。硬い金属のせいで手に痛みが走るが早くなんとかしなければ。
するとロボットに異変が起きた。もくもくと黒煙を吐き、ブーブーとエラー音が一帯に鳴り響いてしまう。
その音を聞きつけたのか担任が即座に走ってこちらに向かってきた。
「西波さん、これはどういうことか説明してください」
「えっ、あー、人助けのつもりが失敗しちゃって……」
深々と息をつく担任に、ルナは目を逸らしながら誤魔化すように笑った。
たまたま手が滑らなければみんなから褒められるようなことをしたのに。これでは骨折り損のなんとやらってやつじゃんかとルナはがっかりした。
放課後、演劇部の先輩に時間を取ってもらい演技を学ぶルナ。だが演技などやったことがないルナはなかなか上達出来ずに苦しんでいた。
「だいじょうぶ。わたしがきたからもうあんしんよ」
「ダメダメ! それじゃただ台本を読んでるだけだよ」
演劇部の先輩は顔をしかめながら言った。
ルナは「ごめんなさぁい......」と、がっくり肩を落とす。
「正直ルナちゃんは演技向いてないと思う」
演劇部の先輩はルナの顔を見据え、厳しい口調で続ける。
「せっかく見た目はいいんだから、コスプレイヤーとかの方が向いてるんじゃないかな? かっこいいスーツを着て、ヒーローになるとかでいいじゃん」
ヒーローに相応しくない度重なる失敗。そんな矢先の厳しい言葉にルナの気持ちは折れかけていた。だがそれでも気持ちを奮い立たせ、ルナは深々と頭を下げた。
「それじゃ駄目......ボクは誰かを助けて、人の心を動かせるようなヒーローになりたいんだ! もう一度ご指導お願いします!」
その勢いに押されたのか演劇部の先輩も「おう」と返すしかなかった。
●
一方、ハルは相変わらず家には帰らずに三英町郊外にいた。
「ルナ……大丈夫かしら……」
親友と離れている時でもルナを心配するハル。きっとルナのことだ。新しい夢に向けてはりきるのはいいが、それが空回りしてトラブルが起きているような気がするのだ。
ポケットからイフ社の最新スマホを取り出し、ルナに連絡を入れようとする。
しかしスマホの電池残量は0を示し、画面はすぐに真っ暗になった。
「なんで……充電したばかりなのに……。故障〜?」
まぁいいや、新しいスマホに買い替えれば済む話。ルナには家に帰ってから連絡しよう。ハルはそう割り切った。
『あなたと共に未来を創る街、ここは三英町。イフ社はこの街で暮らす人々の幸福な生活のお手伝いをします』
商業ビルのタワースクリーンにはイフ社のコマーシャルが流れている。ロボットと人間が仲良く手を取り合い、日常生活を映し出す和やかな映像だ。
しかし、その映像に徐々にノイズが走りはじめる。流れていた映像は砂嵐で見えなくなる。
「うちの会社の最新鋭のスクリーンが……」
ハルは自分の目を疑った。イフ社が誇る最新鋭の電気機器の不具合。それがこうも立て続けに起きるものだろうか。
そのような異変を、街中の至る所でもハルは目撃する。
「昨日買ったばかりなのに〜!」
「おい! この自販機壊れてるじゃねーかよ!」
「せっかくのデートなのに!」
「すいません。お金が降ろせないんですけど」
ハルと同じようにスマホの充電が急になくなり困る女子高生グループ。自販機からドリンクが出てこず、八つ当たりする強面の男。高速道路では電気自動車が動かずに運転席で頭を抱える若い男性。銀行では列を成してクレームを言う主婦の姿があった。
「一体何が起きているというの……?!」
そんな街のあちこちで発生している小さないざこざ。単なる偶然で片付けられない問題を前にハルはただただ戸惑っていた。
なにげない平和な日常。その崩壊の足音は着実に近づいていた。
つづく
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