#3

 その次の日学校のカフェテラスで昼食を食べるルナとハル。そんな中ルナは意を決して昨日の決心を打ち明けた。


「あのさ……ハルから勧められたオーディション受けようと思ってるんだ」


 ハルが、ルナの言葉を聞いて口をあんぐりと開けた。


「ちょ、ちょっと......ルナ、本気なの?」


 まさか冗談で言ったつもりの言葉を間に受けるとは思っていなかったようだ。


「本気も本気、ガチのガチだよ! アルファみたいにボクもなるんだ!」


 ルナは拳を高々と突き上げ気合十分に言った。


「そっか。とうとうルナも新しい目標を見つけたってわけね。なんか羨ましいわ」


 ため息を吐きつつ、ハルはカフェラテに刺さったストローをクルクルと回している。

 近くに感じていた親友が遠くに行ってしまった感じがしてどこか寂しげだ。


「じゃじゃーん! これはオーディションの台本だよ! すごいでしょー!」


 ルナはポケットのスマホを取り出し、とあるアプリを開く。すると「シャイニングラブ リビルド版」と書かれた台本がそこにはあった。


「偽善だっていいじゃないか!!」


 歌うような口調で主人公のセリフを真似するルナ。せっかくのかっこいいセリフが台無しだ。

 そんなルナの空気に水を刺すようにハルは聞いた。


「それはそうとしてルナ。お母さんにはどう説得するの?」


「ゲゲゲッ! 全然考えてなかった……」


 ルナは楽しい顔から一転、しまったという顔をした。


「そんなことだと思ったわ」


 やはりと言った顔でハルは言った。


「ハルーどうしよー! 助けて〜!」


 目元を潤ませぶりっ子ポーズでお願いするルナ。

 ハルは「もうルナったら」と呆れつつも腕組みしながら考えてあげる。


「じゃあこんなのはどうかしら? 練習やオーディションの日は大学受験のために塾に行くってのは?」


「それいい作戦じゃん! よしそれで行こう!」


「今日から忙しくなるからたっぷり栄養取りなさい」


 ハルはそう言って、弁当の卵焼きをルナの口に放り込んだ。


「ははひはひはー!」


 "分かりました!"って言うつもりで卵焼きを頬張るルナ。


「いい食べっぷりね」


 そんな天真爛漫なルナを前にハルも元気を貰っていた。



 イフ社のラボの一室。沖永はスマホの写真に映ったルナを見つめていた。その時ワープゲートを潜り、アルファが部屋に入ってきた。


〈西波ルナ……マスターは彼女のことが気になるのですか?〉


 その質問には答えずに沖永はアルファに聞いた。


「君の方こそ何とも思わないのかい? あれは君に随分憧れてる様子だったぞ」


〈私はマスターに指示されたことをただやっているに過ぎません。何故西波ルナが私に憧れるのか理解出来ないのです〉


 そんな言葉とは裏腹にポーカーフェイスでアルファは返す。

 それはきっとアルファにはすごい力があるからだよと、沖永は言おうとしたが踏みとどまる。


 アルファには医療だけでなく、語学、スポーツ、メカニックなど様々な知識が組み込まれている。そんな彼女が何かに疑問に思うことなど今まで一度もなかった。

 もしかしたら西波ルナという少女には誰かに影響を与え、成長させるだけの何かがあるのかもしれない。そう思うと、彼女とアルファをもう一度会わせたくなったのだ。

 少し考える素振りをして、沖永は言った。


「そうだな......本人に直接聞いてみたらどうかな?」


〈聞いてみるですか?〉


「そう。彼女は糸杉社長の娘の友人。そのつてで会わせてあげよう」


〈私は西波ルナの友人ではありません。そんな私が彼女に再び干渉してもよろしいのでしょうか?〉

と、冷静にアルファは問いかける。


「友達じゃないなら、次会った時に友達になればいいんだよ! なっ!」


 大丈夫さ、というように、沖永がアルファの肩をぽんと叩いた。


 それに対し、〈承知しました。マスター〉といつものように無機質に返すアルファだった。

 


 学校からの帰り道の電車。ルナはオーディション用の台本を人目も気にせず読み耽っている。


『次は円香、円香』


 アナウンスが車内に響き、電車は停車駅に停まる。扉が開くとどっと押し寄せるように人が入ってきた。まだらに空いていた席は次々に埋まって満席になる。


 すると少し遅れてから妊婦が車内に入ってきた。その妊婦のお腹はもうすぐ赤ちゃんが産まれてもおかしくなさそうな大きさだ。妊婦はルナの丁度正面に立つ。


 だが、台本に夢中になっているルナはそのことに気づかない。

 その時だった。ルナの二つ隣の席に座っていた少女が立ち上がった。

 その光景を前にやっとルナも気づく。

 少女はルナと同年代くらいで、一瞬男子と見間違えるくらいのボーイッシュな格好に黒縁眼鏡をしている。


「どうぞ」


 低めのハスキーな声で妊婦に声をかけるボーイッシュ少女。


「ありがとう。ありがとうございます」


 それに対し、妊婦は何度もお礼を言うとゆっくりと空いた席に座る。

 ヒーローならこんな時はすぐに立ち上がって妊婦さんに席を譲る。台本に夢中にさえなってなければやろうと思っていたのに。あと一歩のところでそれが出来なかった。


 席を譲ったボーイッシュ少女。彼女はこんなルナとは違い、まさに憧れのヒーローそのもの。例えるなら大学の見学会でアルファを見た時と近い。


 その後の電車内ではルナは恥ずかしさのあまり、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。ヒーローになろうと決意した矢先にこの有様ではこの先が不安で仕方なかった。



 一週間が過ぎた。ルナの不安は見事に的中し、失敗だらけの日々が続いた。

 ルナが学校の廊下を歩いていると、クラスの女子生徒がお掃除ロボットの前で立ち往生していた。


「どうしたの?」


 ルナは出来るだけ心配そうな口調を取り繕って聞いてみる。だがその胸の内は、ヒーローになれるチャンス到来と心が踊っていた。


「お掃除ロボットが壊れちゃって……」


 ロボットは目の光を失い、起動スイッチを押しても何の反応もない。


「さっそくヒーローの出番だね! ボクがメンテナンスルームまで運んであげるよ!」


 ルナは自分の胸をばんっと叩いた。


「男子に任せようよ。女の子が持つには重いよ」


 心配そうにする女子生徒に、ルナはふふんと笑った。


「大丈夫、大丈夫。これくらい楽勝」


 ロボットを両手で抱き抱える。持った瞬間に腕が千切れそうになるくらいにズシリと負荷がかかった。


「と、思ったけど……案外……重いぃぃ……」


 ふらふらとおぼつかない足取りで歩くルナ。丁度エレベーターに差し掛かり、ロボットを床に置こうとする。しかし気が緩んでしまったのか、するりと手を滑らせてしまう。


「しまったー!!」


 そうルナが叫んだ時にはもう遅かった。

 ドンガラガッシャーンとけたたましい音を立てながらエスカレーターを転がり落ちるロボット。

 急いで駆け寄るルナ。地面に落ちたロボットはもはや原型を留めていなかった。


「よし! こうなったら気合いで直すしかない! とりゃー!」


 ルナはダメ元で手刀で叩く。するとロボットは黒煙を吐き、ブーブーとエラー音が一帯に鳴り響く。

 その音を聞きつけたのか担任が走ってこちらに向かってきた。


「西波さん、これはどういうことか説明してください」


「えっ、あー、人助けのつもりが失敗しちゃって……」


 深々と息をつく担任に、ルナはえへへと誤魔化すように笑った。

 たまたま手が滑らなければみんなから褒められるようなことをしたのに。これでは骨折り損のなんとやらってやつじゃんかとルナはがっかりした。


 放課後、演劇部の先輩に時間を取ってもらい演技を学ぶルナ。だが演技などやったことがないルナはなかなか上達出来ずに苦しんでいた。


「こりゃ全然ダメだね。セリフも棒読みだし、そもそも発声もなってない。基礎からやり直したとしても間に合うかどうか」


 演劇部の先輩は顔をしかめながら言った。


「そんな......このままじゃボクはヒーローになれない......」


「正直ルナちゃんは演技向いてないと思う」


 がっくりと肩を落とすルナ。それに対し、演劇部の先輩は厳しい口調で続ける。


「せっかく見た目はいいんだから、コスプレイヤーとかの方が向いてるんじゃないかな? それならヒーローの格好も出来るでしょ」


 ヒーローに相応しくない度重なる失敗。そんな矢先のそんな言葉にルナの気持ちは折れかけていた。だがそれでも気持ちを奮い立たせ、ルナは深々と頭を下げて頼み込む。


「それじゃ駄目......ボクはアルファみたいに誰かを助けて、人の心を動かせるようなヒーローになりたいんだ! もう一度ご指導お願いします!」


 その勢いに押されたのか演劇部の先輩も「おう」と返すしかなかった。

 

 一方、ハルは相変わらず家には帰らずに三英町郊外にいた。


「ルナ……大丈夫かしら……」


 親友と離れている時でもルナを心配するハル。きっとルナのことだ。新しい夢に向けてはりきるのはいいが、それが空回りしてトラブルが起きているような気がするのだ。


 ポケットからイフ社の最新スマホを取り出し、ルナに連絡を入れようとする。

 しかしスマホの電池残量は0を示し、画面はすぐに真っ暗になった。


「なんで……充電したばかりなのに……。故障〜?」


 まぁいいや、新しいスマホに買い替えれば済む話。ルナには家に帰ってから連絡しよう。ハルはそう割り切った。


『あなたと共に未来を創る街、ここは三英町。イフ社はこの街で暮らす人々の幸福な生活のお手伝いをします』


 商業ビルのタワースクリーンにはイフ社のコマーシャルが流れている。ロボットと人間が仲良く手を取り合い、日常生活を映し出す和やかな映像だ。

 しかし、その映像に徐々にノイズが走りはじめる。流れていた映像は砂嵐で見えなくなる。


「うちの会社の最新鋭のスクリーンが……」


 ハルは自分の目を疑った。イフ社が誇る最新鋭の電気機器の不具合。それがこうも立て続けに起きるものだろうか。

 そのような異変を、街中の至る所でもハルは目撃する。


「昨日買ったばかりなのに〜!」


「おい! この自販機壊れてるじゃねーかよ!」


「せっかくのデートなのに!」


「すいません。お金が降ろせないんですけど」


 ハルと同じようにスマホの充電が急になくなり困る女子高生グループ。自販機からドリンクが出てこず、八つ当たりする強面の男。高速道路では電気自動車が動かずに運転席で頭を抱える若い男性。銀行では列を成してクレームを言う主婦の姿があった。


「一体何が起きているというの……?!」


 そんな街のあちこちで発生している小さないざこざ。単なる偶然で片付けられない問題を前にハルはただただ戸惑っていた。

 なにげない平和な日常。その崩壊の足音は着実に近づいていた。


つづく

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