#2

 一週間が過ぎ、大学の見学の日がやってきた。ルナは母が選んだ白の薄いカーディガン、黒のブラウス、ピンクのロングスカートという大人っぽいコーデで、派手すぎないメイクをされた。


「本当は仕事じゃなかったら着いて行きたいくらいだけど……。サボったりしたら承知しないからね」


「わざわざ言われなくても分かってるよ」


 アイメイクをされながらルナは不服そうに小声でこう付け加える。


「本当ママってば過保護なんだから」


「え? 何か言った?」


「何でもないってばー!」


 あからさまにムッとした表情の母にルナは慌てて誤魔化した。

 大学に着いたのは午前十時頃。エントランスには既に大勢の見学に来た学生たちが集まってきている。


 学長の挨拶が始まった。それと同時にロボットと人間が患者の治療やリハビリをしている姿が、360度のバーチャル映像によって映し出される。


「イフ看護大学は三英町から全世界に羽ばたくイフ社の医療従事者を育成する場所です。あなたたちがこの学園に入学した暁には最新鋭の教育設備によって学びを得られることでしょう。さらに優秀な成績を納めた生徒には、イフ社最大のプロジェクトであるAFH計画に参加出来る権利を勝ち取れるのです」


 学長の演説は説明口調で長く、ルナは立ったまま眠気に襲われる。早く終わってくれないかなと思っていた時だった。後ろからルナの肩を誰かが叩いた。


「よっ!」


 振り向くとピンクのスーツ姿のハルがいた。その出立ちは普段のハルとは違って、若手の女社長といった具合だ。


「えぇ! どうしてハルが?! それにその格好!」


 まさかこんなところで親友と会うと思っていなかったルナ。驚きを隠せないのか、周りの迷惑も考えずについつい声が大きくなってしまう。


 周りにいた数人の学生がちらっとこちらを見ながら、「あれって、イフ社の社長の娘だよね」とひそひそ噂話を始めだす。

 ハルは気まずそうに声を顰めながらルナを注意する。


「ちょっと空気読みなさいよ! みんなに見られてるじゃない!」


「ボクそういうのわかんな〜い」


 ぶりっこポーズで可愛らしく言うルナ。自分が可愛いということを自覚しているのか、時々あざといことをやってみせる癖が彼女にはあるようだ。


「もう! 可愛い顔すれば許してもらえると思ってるんでしょ」


 ハルはやれやれと言った具合で言った。


「それでどうしてハルが? まさかハルもこの学校に入りたいの?」


 ルナが今度はハルにだけしか聞こえないような小さな声で言った。


「違うわ。今日はイフ社にとって"大事な日"だから、次期社長のあたしもここに呼ばれたのよ」


 ハルは"大事な日"を強調しながら、含みを持たせた笑みを浮かべる。

 今日ここで行われるのはただの大学見学会のはず。一体何があるというのか?

 ルナは気になりすかさず聞いてみる。


「大事な日って何かあるの?」


「それは時期に分かるわ」


「そっかー……」


 ルナは残念そうに言った。

 親友にも教えられないこととはよっぽど重要な秘密なんだろう。

 丁度その時学長の挨拶が終わった。大学見学が始まりルナたちは色んな施設を案内されながら、授業カリキュラムの説明を受ける。だがルナはイフ社の"大事な日"という言葉が何を意味するのかで、頭がいっぱいで上の空。見学した内容が一切記憶に残らない。


 長かった見学会が終わりに差し掛かる。ルナたちが元いたホールに戻った頃だった。学長が思いもよらないことを言った。


「只今を持ちましてイフ看護大学見学会は終了になります。ですがみなさんには最後にもう一つだけご覧になっていただきたいものがあります」


「え? 終わりじゃないってどういうこと?」


「さすがイフ社やることが違うね!」


 一同期待と不安が入り混じったざわめきがホール内に響く。


「みんないい反応するじゃん」


 そんな中ハルは悪魔の笑みを浮かべ、みんなの動揺を楽しんでいる。


「なんかボクもワクワクしてきたー!」


 ルナも顔を輝かせ、ぴょんぴょん飛び跳ねている。これから起こることに胸が躍っているみたいだ。


 移動用ワープゲートを使って、大学内最大の手術室に集められたルナたち。

 大学の生徒の一人がワープゲートを操作する。すると白衣を着た若い男がそこから出てきた。


「ねぇねぇあの人めっちゃハンサムじゃん!」


「ね〜ちょ〜わかる〜」


 女子生徒数名がキャーキャー騒ぎ立てる。確かに男はお洒落な金髪が似合い、端正な顔立ちをしているなとルナも思っていた所だ。


「今日はイフ社のこの方から、みなさんにサプライズがあるそうです。ではお願いします」


 男は拍手で迎えられながら、「ご紹介ありがとう」と気さくな笑顔で返した。


「俺は沖永レイ、イフ社のメカニック主任だ。会いたかったぜ! なんてたって君たちは無限の可能性を秘めた若者だからな!」


 沖永のその挨拶で会場は一気に学生たちの歓声で包まれる。ハンサムなだけでなく、ムードメーカーの才能も彼は持ち合わせているようだ。

 ひとしきり歓声が落ち着くと、沖永は本題を切り出した。


「君たちは最近巷で話題になっている『Arcana Frontier Hero Project』……略してAFH計画のことは知っているよね」


 学生たちは当然の認識といった具合でうんうんと頷いたり、「知ってる!」と返事をしてくれたりしている。


「ナンダソレ……ボクシラナイ……」


 一方ルナはロボットのようなカタコトの口調で惚けた顔をしていた。


「ちょっとあんたニュース見てないの?」


 それに対して信じれないといった様子のハル。

 しかしルナは「そういうのあんま興味ないから」とあっけらかんと返した。

 ハルはその態度に苛ついたのか、ルナの脇腹を軽く肘で小突いた。ルナは「うっ!」と小さく呻いた。


「おっと! どうやら知らない人もいるみたいだね。じゃあ改めて解説しよう」


 そんなルナの様子に気付いた沖永。やれやれと言った具合で説明を始めた。


「人間の医療技術は時代を重ねるたびに目覚ましい発展を遂げてきた。数百年前には助からなかった命も現代の医学を持ってすれば容易に治療できるくらいに。だがしかしだ。現代の人間の技術を持ってしても、治療法を確立していない病気がいくつもある。我々人間はさらにまた何百年もかけてその壁に向き合わけなればならないのか?」


 沖永は一人一人に問いかけるように学生たちを見渡す。

 難しい話をしているが、あまり賢くないルナでも充分に引き込まれる内容だ。これからの沖永の言葉に何かすごいものが待っている気がする。


「答えはノーだ!」


 沖永は今日一番大きな声で叫んだ。


「今から二年前、俺とイフ社の糸杉社長はとあるビッグプロジェクトを始めた。イフ社の看板商品であるナノマシン「トワイライト」。それを使い超高性能医療AIを開発。人間ではなし得なかった医療を可能にした。これがAFH計画さ」


 沖永の演説が終わると大きな拍手が巻き起こった。


「分かったかい? お嬢さん」


 鳴り止まない拍手の中、沖永は白い歯を見せながらルナにこっそり笑いかける。それにルナも可愛らしく両手を合わせて頷いた。


「ではお見せしよう。これがイフ社史上最高傑作のAIだ」


「AIなんて何処にもいないじゃん」


 男子学生の一人が沖永に言った。


「ここにいるさ」


 沖永の言葉でワープゲートが開き、小さな箱が出現。その中から無数の小さなナノマシンが反応し、手術室の中央にゾロゾロと集まっていく。ナノマシンたちは一瞬のうちに人型の形を作り出した。


 たった今この瞬間、イフ社の培養ポッドに眠っていたAIが大勢の人々の前に姿を現した。

 二つの丸い瞳が温かな光を宿す。AIは流暢な女性の声で初めての言葉を話した。


〈あなたたち人類を救済する自立思考型医療アンドロイド……〉


 まるで天から舞い降りた女神のように両手を広げて、AIは答えた。



〈AlーPHA……〉



 登場時にはためかせた機械の羽を畳み、浮いていた足を地面に降ろした。

 学生たちは先ほどの盛り上がりとは裏腹にシーンと静まり返った。アルファが放つ凄まじいオーラに言葉を失っているのだ。


「あたし鳥肌立ってきたんですけど……」


 サプライズの全容を知っていたハルでさえもこの様子だ。


「みんな驚くのも無理ないな。この俺だってアルファが産まれた時は同じ気持ちだった」


 沖永はアルファの目の前に躍り出た。


「でもこれだけで驚いてもらっちゃ困る。実際に見てもらった方が早いかな。さぁ命の授業の時間だ!」


 沖永は指をパチンと鳴らす。するとアルファは目を赤く光らせ、沖永の身体を隅々まで照らす。


〈体温36.5℃、血液型はRh null型、心拍数、脳波ともに正常です〉


 アルファがそこまでスラッと言い終えると、沖永が得意げに解説する。


「アルファには一万通りもの医療データが組み込まれていて、この目のレーダーでスキャンした人物の健康状態が瞬時に分かるんだ」


 学生たちは興味をさらに増して、アルファに見惚れている。


「俺のも見てくれよ!」


「私もやる!」


「ちょっと抜け駆けしないでよ」


 はしゃぐ学生たちとは対照的に困った表情を見せる沖永。


「一人一人見てあげたい所だけど……それじゃあ日が暮れちゃうな」


 腕組みをしながら少し考えたのち、何かを閃いた。


「そうだな……じゃあ次は君たちに体験してもらえるような面白いものをアルファに作ってもらおう! 頼むアルファ」


〈畏まりました、マスター〉


 沖永の命令を相変わらずの淡々とした口調で答えるアルファ。人差し指に神経を集中させ、光を放つ。その光は次第に数々の医療用品を生成した。


 医療用品に学生たちが触れると、ホログラムのデータが出現。簡単な説明が記されていた。


 リアル義手・・・・・・本当の腕と遜色ない見た目の義手。使用者の脳波を読み取り自在に操れる。

 AI血管・・・・・・人工血管よりも精巧に作られた血管。

ヒーリングベッド・・・・・・使用者の身体の疲労箇所を識別し、それにあったマッサージをしながら眠りをサポートする。

 手話通訳コンタクト・・・・・・自動的に口の形を読み取り手話に変換してくれる。

 ナノマスク・・・・・・心に思ったままの人物をAIが識別して好きな顔になれる。


 ルナはその中からナノマスクを手に取った。触ってみると透明な絹のようにさらさらとしていた。


「ナノマスクを選ぶとは……さすが君はお目が高いね」


「えへへ……ありがとう」


「せっかくだから被ってみたらどうだい?」


 沖永ににこやかに言われ、ルナは戸惑いながら被る。


「なりたい顔を思い浮かべてご覧」


 沖永は言った。


「変身……!」


 ルナは緊張しつつも、少しおどけながら自分のなりたい姿を思い浮かべる。もちろん何になりたいかは決まってた。


 数秒ほど顔中をマッサージされる感覚を味わったのち、ルナはスマホでカメラアプリを開く。するとそこにあったのは、数日前に夢で見た女性ヒーローの顔だった。


「すごい……! ボクじゃないみたい……」


 ルナは頬に手を当て、自分に見惚れている。


「............」


 ちらり、と沖永の表情が揺らいだような気がした。


 それはロウソクの炎がふと風になびくような、小さな動きだった。


 だが誰かに悟られる前に、すぐに笑顔に切り替えるとこう言った。


「すごいだろ! まぁ本来は火傷などの治療で元の顔を再現するためが主だけどね」


「これでコスチューム着たら完璧じゃーん!」


 夢中になってて全然話を聞いてないルナ。それを尻目にハルは沖永に聞いた。


「沖永博士、姿を変えられるのは顔だけなの? もしかして体型とかも変えられるスーツとか作ってたりするんじゃないのかしら?」


 いきなり思いがけない質問が出たので、沖永は当惑した。だがすぐに思わせぶりにニヤリと笑いながら言った。


「さすが社長さんの娘だ、なかなか鋭いね。今は何にも言えないとだけ言っておこう」


「ふぅーん……」


 それに対してハルはいつものように悪魔の笑みを浮かべた。


 アルファお披露目も終わりに近づいた頃だった。ルナはアルファの手を取り感謝を伝える。


「アルファありがとう! あなたって本当に凄いんだね! 今日はボクの人生が変わるきっかけになったよ!」


 小学生のように拙いながらも、その言葉には想いが詰まっている。

 夢の中で見たヒーロー。それが実在したことに興奮を抑えずにはいられなかった。

 そんなルナに対し、アルファは微動だにせず彼女の顔を不思議そうに見つめていた。


「本当ルナってば天然ねー、AIに話しかけても分かるわけないでしょ」


 馬鹿にしたような半笑いで腕組みをするハル。


「分かるよ! ねーアルファー!」


 まるで女友達同士のようにアルファをハグするルナ。しかし肝心のアルファは何の反応も示さなかった。


 家に帰ってきたルナ。母にただいまも言わずに急いで自室がある二階に走っていく。


 テーブルに置いてあったVRゴーグルを装着し、検索サイトを開いた。ルナは検索ワードを打ち込む。

 自室がバーチャル映像で都市部に変わる。そこには憧れのヒーローと悪役が戦っている姿が映し出される。


(ボク、絶対にアルファみたいなヒーローになる! 絶対、絶対になってみせる!)


 その顔には期待と希望を胸にあどけない笑みを浮かべていた。

 簡単にきっかけなんて訪れる筈がない。そう諦めていた少女は新たな目標を見つけたようだ。


つづく

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