第6話 復員軍人との結婚&懐かしい人物との再会 🥼
世界を驚かせた戦後の復興が活発になって来た昭和二十二年三月、二十六歳の千代はバス停にして十余り隔てた村の復員軍人の家に嫁いだ。遺骨代わりの丸石が入っていた義雄の生還を待ちつづけたかったが、たくさんの戦死者を出した社会には年ごろの女性が余り気味で、ひとまわり年上であれ後妻であれ、素早い選択が迫られた。
仲人口は承知しながらもそれなりの新婚生活を多少は夢見ていた千代は、挙式の翌日からさっそく夫となった戦争帰りの直良の酒と博打とに悩まされることになった。なんでも直良には相思相愛の先妻がいたそうだが、戦後の復員後に病死を知らされて荒れに荒れ、以来、腑抜けのようになって、悪友と怠惰な日々を送っていたらしい。
――花柳界出の艶っぽい奥さんだったそうだから、わたしなんかが後妻では気に染まないことは想像がつく。だけどね、だからといってどうしようもないじゃないの。夫も辛いかも知れないけれど、わたしだってようやくここまで生きて来たんだもの。割れ鍋にとじ蓋で、足りないもの同士で助け合ってやっていくしかないでしょう。
驚いたことに千代が嫁いだときすでに進駐軍が持ちこんだ連発式パチンコや花札賭博のため持ち山のひとつを手放していたそうで、そのうえ、なにも知らない新妻の千代が別の山の下草刈りに行くと、見知らぬ老人から「ここは昨日うちの山になった」と言われた。問いただそうにも夫は昼酒を浴びて道路で寝ているというていたらく。
辛抱強い千代も音を上げかけたが、ちょうどそのころ初子の妊娠を知った。それがきっかけとなり、夫はあれほどのめりこんでいた博打をぴたっとやめて、朝星夕星で働く勤勉実直な農夫に生まれ変わった。一升瓶から茶碗酒をあおる癖だけは相変わらずだったが、腹の生命の芽生えは千代を婚家に踏み止まらせる大きな理由になった。
*
戦後八年目、赤ちゃんコンクールの健診受診のため赤ん坊の次女を抱き、長女の手を引いて会場の公民館に出向いた千代は、そこで思いがけない人物と再会を果たす。ひょろっと手足の長い痩身に清潔な白衣をまとい、つぎつぎにやって来る人口乳育ちの赤ん坊たちに聴診器を当てる端整な横顔が釣瓶井戸から仰いだ少年と重なった。
思わず息を呑む千代子をちらっと見やった医師は「入賞まちがいなし!!」ほがらかな口調で赤ん坊に話しかけ、ちょっと沈黙してから特徴のあるまなざしをゆっくりと千代の顔にもどすと、少年時代そのままのシャープな頬に人懐こい笑みを浮かべた。胸のプレートの「瀬戸内誠一」を素早く読み取った千代は、自分の勘を確信した。
――先生、あのときの……あれからどうなさっているか気にかかっていましたが、よかった、こんなに立派になられて。尋常小学校の川上先生の口癖「たまたま」の運命を持ち前のポジティブシンキングな底力でみごとに跳ね返されたのですね。どんなにご苦労なさったか、このにぎやかな会場のわたしだけは分かるつもりですよ。
施設に送られた患者は身元を知られないよう、そして過去と訣別して未来を生きるために名前を変えると聞いた記憶がある。ということは幸運にも父親の宿病は少年にうつらずに済み、生来の人柄や聡明を大切に育んでくれる周囲に恵まれて医師の今日を迎えたのだろう。白衣に義雄も重ねた千代は万感の想いをこめて一礼した。[完]
東雲千代の場合/リミットの青春 🪻 上月くるを @kurutan
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