Oさんの話

「僕…とある女性を探しているんです。」


色褪せて襟首が伸び切ったTシャツを着たMさんが何かを一生懸命コピーしながらそう切り出した。10分ぐらいコピー機の前で一緒に待って自宅へ向かうと、テーブルには山のような紙が置いてあった。ひょっとしてその女性の情報提供を呼びかけるビラだろうか。


「職場の同僚につれて行ってもらったお店で目鼻立ちが整って教養もある女性に出会ったんです。彼女はそのお店のNo.2らしくて、何でNo. 1じゃないのか不思議なくらい話してて楽しかったんですけど、いくら通い詰めて仲良くなっても本名はもちろん、住まいや連絡先も全然教えてくれなくて…いつもうまくはぐらかされてたんですよね。世の中には知らない方がいいこともあるよ、って毎回誤魔化されてたんです。そのことを同僚に話したら、相手はプロで仕事なんだからお前に対して個人情報なんて教えないんじゃないのかな、そういうお店だしあんまりハマりすぎるなよ、と忠告されたんです。正直なんだかモヤモヤしましたが、その女性ともう少し仲が良くなれば教えてくれるのかも、と期待して通い続けたんです。」


この手の話はたまに聞くのだが、何だか嫌な予感がしてきた。


「10年ですよ?10年通ったんですよ?出会って10年経ったねって話から、そろそろ頃合いかなって思って跪いてプロポーズしたら、まるで僕を変なものでも見るような目で断られて…!謝罪と弁解をしようと翌日にお店に行けば急に辞めた、と言われたんです…。このビラの人なんですけど、見かけたら僕に連絡ください…!!」


と渡されたビラには、おそらく探している女性の源氏名であろう【鈴希 愛莉珠(すずき あいりす)】という文字と、写真の一枚すらも撮らせてくれなかったのか似顔絵だけが掲載されていた。連絡先も教えてもらってないのに探すんですか?と尋ねた時のMさんの絶望した表情にほんの少しだけ哀れみを感じた。

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あなたのお話、聞きましょう。 床下のハシビロコウ @929no39

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