第96話〈最終話〉
「確かに貴方はディーン様に良く似てる。でもそれは顔だけだし、私、別にディーン様の顔を好きだと思った事はないわよ」
「でも重ねていたでしょう?」
「ふとした拍子に思い出す事はあったけど、それは懐かしさからよ。お飾りとはいえ、一応それなりの思い出があったもの。
思い出は美化されやすい。特に亡くなった人との思い出はね」
「亡くなった人には勝てない。それは私もわかってる」
「そうねぇ。確かに亡くなった人とはこれ以上喧嘩する事はないものね。嫌いになる機会も訪れない」
「じゃあ私が嫌われる可能性だって……」
「確かに喧嘩をする事もあるでしょうね。顔を見たくないって思う夜もあるかもしれない。でも、きっと私、テオを嫌いになる事はないわ。
もしテオが不安で苦しんでいるのなら、ごめんなさい。
私、恋愛というものが良くわからなくて。だって……初めてだもの。男性から好きだと言われたのは。
でも、ちゃんと言葉を口にしなかった私のせいね。テオ、確かに出会った頃、貴方は『ディーン様の子ども』だったけど、今は違う」
「じゃあ、今は……?」
私は自分のお腹の上に置かれたテオの手を上からそっと握る。
「私はテオを愛しているわ。誰よりも。恋なんて気持ちはとっくにすっ飛ばしちゃったみたい」
私の言葉にテオは寝台の縁に腰掛けると、私をそっと抱き締めた。
「初恋を拗らした男でごめん」
私は思わず『フフッ』と笑ってしまった。初恋を拗らせてしまうのは、遺伝らしい。
「私もこれからはちゃんと気持ちを言葉にするわ。テオ、大好きよ。これからも貴方とずっと歩んで行きたいわ。
テオがおじいちゃんになるより先に私がおばあちゃんになってしまうけど、最期のその日まで、共に」
「うん。共に。ずっと、ずっと一緒に居よう。ステラが逃げたくなったって、絶対に手放さないから」
「ええ。私もテオから離れないわ。若い女に他所見をしたら、絶対に許さないんだから」
と私が笑えば、
「それは絶対にない。だってこの世にステラ以上の人は居ないから」
とテオは私に口づけた。私はそれを温かい気持ちで受け止める。
これからも、きっとテオは拗らせた想いを抱えてしまう事があるだろう。
なるべく自分の気持ちを口に出してあげなきゃね……まだ慣れないけど。
思いがけず『お飾り公爵夫人』から『公爵夫人』になった私。
全てはあの日……ギルバートが私を選んだ事がきっかけだと思うと……ちょっとだけ複雑な気分だ。私は誰にもバレないように、心の中でそっとため息をついた。
「おじい様!!」
丘の上に走ってくるのは、孫娘のライカだ。
私はステラとの間に三人の子をもうけた。
長男のギリアンはオーネット公爵を、次男のロベルトはタイラー伯爵を継いだ。長女のセイラは何と王妃になってしまった。
「ライカ、走ると危ないと言っただろう?」
私に追いついたライカは肩で息をする。この子は一番ステラに似ている。聡明で、快活。人を惹きつける魅力を持った子だ。
セイラの娘……王女ライカ。
「折角離れに遊びに来たのに、おじい様ったらいないんだもの!」
そろそろ、もう少し淑女として落ち着いて貰いたいと思う反面、隣国に嫁ぐ事が決まっている可愛い孫娘を思うと、少し寂しく思う。
「お前が遊びに来るなんて知らなかったんだから仕方ないだろう?」
ライカは何故か私にとても懐いている。王族なのだから、頻繁に母親の実家に帰ってくるのはいかがなものか。
「おじい様、またお墓参り?」
私が握っている花束をチラリと見たライカはそう言った。
「あぁ。ステラに会いに」
ステラは昨年亡くなった。
私は何度も神にステラと一緒に逝かせてくれと頼んだのに、神は私の願いを叶えてくれる事はなかった。
病床でステラは
『歳の順よ。大丈夫、ちゃんと待っててあげるから』
と微笑んだ。
私はステラに出会ってからずっと、ずっと幸せな時を過ごした。領地で母と過ごしていた時には想像もしていなかった幸福だ。
「おじい様は本当におばあ様の事を愛していたのね」
まだ子どもだと思っていたライカの口から『愛』という言葉を聞くとは思っていなかった。そうか……この子ももうすぐ十五になる。微妙な年頃だ。
「あぁ。誰よりも愛していたよ。ステラは私の全てだ」
「ふーん……私もレオナルド殿下とおじい様達みたいな夫婦になれるかしら」
と少し俯くライカの心の中は、隣国へ嫁ぐ事の不安が垣間見える。
私は可愛い孫娘の頭を撫でる。
「相手を思いやる気持ちがあれば、大丈夫だよ。あとは相手が大切な存在なのだと、きちんと伝える事だ」
「おじい様とおばあ様もいつもイチャイチャしてたもんね」
にっこり笑うライカは本当にステラに似ている。
丘の上にたどり着いた私達は、ステラの墓に花を手向けた。
「ねぇ、おじい様。私ずっと気になってた事があるんだけど……どうしてこの二つのお墓は離れてるの?」
それはステラと父の墓。
「この間に私を埋葬してもらう為だよ。この二人をくっつけて寝かせるなんて、とんでもない」
ステラの側にいるのは、私だ。死んだ後もずっと。
すると、サーッと風が吹いて、手向けた花びらを数枚散らす。
『いつまで経っても仕方のない人ね』
ステラが苦笑しているのが聞こえた気がした。
「仕方ないだろ?だって君が大好きなんだ」
私の呟きをまた風が攫っていった。
ーFinー
お飾り公爵夫人の憂鬱 初瀬 叶 @kanau827
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