第95話

タイラー伯爵領での鉄鉱石の加工業が軌道に乗り始めた頃、


「ダメだ……ぎもぢわるい……」

私は妊娠した。


悪阻が酷く、吐き気が治まらない。私は最近、全くテオの手伝いが出来ずにいた。



今日は王宮での夜会だったのだが、当然私は欠席。陛下にも殿下にもパトリシア様からも残念がられたが、体調だけはどうにもならない。


テオは私の側に居たがったが、タイラー伯爵領の事で、陛下から勲章を授与される事になっている。私に促され、渋々テオは夜会へと出かけて行った。




「ステラ、ただいま!」


寝台に横になってた私の元に夜会からテオが帰って来た。

……早くない?夜会もう終わったのかしら?



「おかえりなさいテオ」

私が寝台の上で上半身を起こそうとすると、


「寝てていいよ!!私が側に行くから!!」

と早足で私の側に近寄る。

そしてテオは寝台の横の椅子に腰掛けた。


私は少しだけその様子に違和感を感じて、


「テオ……何かあったの?」

と尋ねると、テオは


「……何でもない」

と、全然何でも無さそうではない様子で、そう答えた。


「何でもない事はないでしょう?こんなに早く帰って来た理由があるんじゃないの?」


と二人で話していると、寝室をノックする音が聞こえた。

どうぞと声を掛けると、顔を覗かせたのはアーロンだ。


「勲章を忘れて帰ったと、王宮より使いが来ましたよ。折角の陛下からの褒美を忘れるのは、些か感心しませんね」

とアーロンは苦笑しながら、濃紺のベルベットの箱に入れられた勲章を持って来た。


私はアーロンの言葉を聞いて、チラリとテオを見る。

テオはばつが悪そうに、


「ごめん。ちょっと嫌な事があって……」

と私から目を逸らした。


私は、


「また、私の事で色々言われたの?」

と私がテオに尋ねると、


「馬鹿ばっかりだ」

とテオは口を尖らせた。



私達の結婚は貴族界に衝撃を与えた。

オーネット公爵家はやっかまれる事が多い分、何かと言われる事も多い。

私が社交界である程度の地位を築いた事で、反発する貴族は鳴りを潜めていたのだが……私とテオが結婚した事で、またもや口さがない者が現れたのだ。


その上、今まではご令嬢やご婦人方には人気だった私も、若い独身女性から、色々と陰口を叩かれる様になってしまった。


それもこれもテオが良い物件になり過ぎたせい。


元々オーネット公爵家と縁付くという好条件に加え、表情豊かになったテオは正直、かなりの美丈夫だ。


これだけ考えても私が妬まれるのは仕方がないのだが、テオにはそれが許せない。


まぁ、傍から見れば私がオーネット公爵家に執着するあまり、テオを誑かした様に見える……と言う事だ。



流石に私の目の前で直接悪口を言う者はいないが、コソコソと陰で言う者はいた。

今回の夜会は私が居ない事で、あからさまだったのかもしれない。


「私しか夜会に参加していないからと、二人の仲が上手くいっていないだろうとか……その……」

テオはとても言い難そうだ。


「愛人にでもなりたいと言われた?」

と私が問えば、テオは目を丸くして、


「え?何でわかるの?」

と私に尋ねた。


「テオの顔に書いてあるわ」

と頬を突けばテオは私のその手を握って自分の頬にそっと当てた。


「歳の差ってそんなに重要な事かな?それとも、私がまだ未熟過ぎる?」


「テオはもう立派にオーネット公爵として務めを果たしてるわ。歳の差はどうやっても埋まらないけど、気にする人は気にするし、しない人はしない。年齢でその為人が決まる訳ではないのだけどね」


「私は必死なんだ。ステラに捨てられない様に」


「馬鹿ね。私がテオを捨てるわけないじゃない。そんな弱気な事を言わないの。貴方は父親になるのよ?」

私がそう言うと、テオはまだ全く膨らんでいない私のお腹に手を当てて、


「ステラが好き過ぎて、自信がなくなるんだ……」

とテオは少し寂しそうにそう言った。


今日のテオはいつもより、ヘタレだ。夜会で他にも何かあったようだ。


「どうしたの?」


「父と……君は結局お似合いだったって。お互い大切な存在であったと」


………陛下ね。何とも余計な事を。

陛下がディーン様を好きで、その上私を買ってくれている事は有り難いけど……。


「大切なパートナーであった事は事実よ。でもそれは仕事上の事。それ以上でもそれ以下でもないわ」


「私がここに来た当初……ステラは父を好きだったんだと、そう思っていた。私に何度も父を重ねていた事も。

だって私は……嬉しくないけど、父にそっくりだから。でも……それならチャンスがあるんじゃないかとも思った」


「チャンス?」


「だって……父に似てる私なら、ステラは好きになってくれるかもしれないって……」


「テオ……それは違うわ」


彼はずっと誤解していた様だ。子どもまで作っておいて……とは思うのだが、ここで笑えばテオは傷つくだろう。

少し手のかかる私の王子様はどうしたら機嫌を直してくれるのかしらね。



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