第17話 三輪のお花
眩しさを感じて、目を開く。
白い天井が広がっていた。
未知の場所だ。ベッドに寝かされている。
反射的に拳銃へ手を伸ばすが、ない。
まず、戦闘服ではなかった。
着替えさせられている。
ハルカズは、覚悟を決めて顔を上げる。
知らない部屋だ。
窓を覆う薄いカーテンからは、太陽の光が降り注いでいる。
自分の状態を確認する。
病衣に隠されて、腹部に包帯が巻かれていた。
棚には花瓶が置いてある。青い花と橙色の花、そして緑色の花が飾られていた。
室内には誰もいない。状況を把握しないと落ち着かない。
どうするか、と思案を始めた瞬間、廊下を誰かが走る音がした。
反射的にベッドの中に隠れようとしたが、その声を聞いて中断した。
「ハルカズっ!」
大きな音を立てて、ドアが開かれる。
走ってきたのはチガヤだ。
彼女は笑顔のまま駆け寄ってきた。
「起きたんだ……!」
「ああ……」
困惑していると、後から足音もなく誰かが入ってくる。
「ダメだよ、廊下を走っちゃ……あ」
リンネと目が合う。
なぜだか気まずい。
あの泣きじゃくっていた顔を、思い出すと。
「どう? 身体の調子……」
「腹を刺されたにしては、すこぶる好調だ」
「――良かった」
心の底から安堵した表情を見て、ハルカズもホッとする。
どうにかこうにか、二人を救うことができたらしい。
だが、問題はパッケージ33だ。
いやそれだけではない。
まずここは病院なのか? リンネが手配したのだろうか。
一体どうやって?
聞きたいことは山ほどあった。
「やっと起きたか?」
知らない男の声がして、警戒心を抱く。
黒ずくめの男だった。キャップ帽とジャケットにズボン。
「そう警戒するなよ、プラタプス。命の恩人に失礼だぞ」
「命の恩人……?」
「彼が、助けてくれたの」
リンネが教えてくれる。
が、只者じゃない雰囲気を醸し出す男を、警戒しない理由としては薄い。
「まだ疑うか。ま、それくらいじゃないとな」
「何者だ?」
「俺の名は日影。君たちに興味があってね。まぁ、一番関心があるのは、彼女にだが」
日影はチガヤを指した。
ハルカズの表情が険しくなる。
「利用する気か?」
「そうだ」
「武器としてか?」
「ある意味では」
「詳しい説明が欲しいが、内容によっては別にいい」
彼女を軍事兵器として利用する算段ならば、聞く気はない。
ハルカズはリンネを見る。
どうして接触を許したのか、目で訊ねる。
そこへチガヤが割り込んできた。
「大丈夫」
「チガヤ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと、お花の色も見たから」
チガヤに言われて、毒気が抜かれた。
日影がチガヤに礼を言う。
「ありがとうな、お嬢ちゃん。この子の言う通り、悪いようにする気はない。利用する気なのは間違いないが、シノビユニットや幽霊部隊のように、ケチ臭い真似をする気もない。きちんと報酬は払うさ」
「信じろと?」
チガヤの、人の見る目は精確だ。
唯一の失敗はパッケージ33だけだし、彼女は例外中の例外だろう。
「その証拠に――ほら」
促されて、車椅子が入ってくる。
思わずリンネを見た。
彼女にそっくりな少女が、座っていたからだ。
オレンジ色の、ショートカットの少女が。
「お姉ちゃん。この人が、ハルカズ?」
「うん。紹介するね、この子は私の妹のルテン」
ハルカズは呆気に取られた。
てっきり死んだとばかりに思っていた、ルテンが生きている。
怪我はしているようだが、無事だ。
日影が助けたというのか。
「大変だったんだぜ? 治療できる医者は限られてるし。おかげで、だいぶぼったくられた。腕はいいから、仕方ないけどな」
「あの闇医者か……」
リンネの治療費として五億も要求してきた、あの医者を思い出す。
「それとブレインパッケージ33も、休眠処置をした。甘いとは思うが、それが望みならな。あの師あればこの弟子あり、と言うべきか」
「あのおっさんのこと、知ってんのか?」
ハルカズが師と呼べる人物は、一人しかいない。
「俺も学んだ。言わば、兄弟子だな。仲良くしようぜ、兄弟」
「冗談だろ……」
ハルカズは天を仰ぐ。
未だに、あのオヤジの影響下から逃れられてないらしい。
「それもあって注目してたんだ。うちのボスはうるさくてね。人手が足りないのに、そのお眼鏡に適う奴が滅多にいない。保護もできて人手を増やせるチャンスを、逃す手はないだろ?」
「あんたの組織を、手伝えと?」
「悪くはないと思うぞ。忙しいがね。お前が今までやってきたこととそんなに変わらないし、衣食住も保証する。そして治療費も、今回は特別に立て替えてやろう」
「治療費……?」
「四億だ。ルテンとパッケージ33。そしてお前」
「なんだって……?」
そんな金を払ったら、今回の任務報酬がおじゃんとなる。
「さてどうするよ、青年。お前がリーダーだろ?」
ハルカズはリンネを見た。頷いている。
チガヤを見る。微笑んだ。
ため息を吐く。
なんでこんなことになったのかと、思い返す。
そして、満更でもない自分の心に、気が付いた。
「わかった。手伝うよ」
「その言葉が聞けて良かった。詳細は後で話す。今は休め」
日影がルテンの車椅子を押して、出て行った。
いろいろ考えることは多い。これからの生活のことだとか。
さてどうするか、と思考を回そうとすると、リンネがベッドの隣に来た。
「リンネ――うっ?」
変な声を漏らしたのは、リンネが抱き着いてきたからだ。
「生きてて良かった――」
改めて言われて、自分の行為の愚かさを認識する。
酷なことだった。
もっと上手に、やるべきだったのだ。
「殺しちゃったかと思った……」
「冗談言うな。俺はお前より、強いんだから」
「嘘。私の方が強いし」
「そうかもな……」
なんて軽口を叩いていると、その感触が気になってきた。
リンネの身体は程よく引き締まっているが、柔らかい部分もある。
「も、もういいだろう。俺は無事だから、離れろよ」
「なんで……? 何か不都合でもあるの?」
不思議そうに聞くリンネ。
大ありだが、説明が難しい。
「いいから!」
「ハルカズの、いけず」
ようやくリンネが離れてくれた。
ホッとしたのも束の間、チガヤが身を寄せてくる。
まさかチガヤも――と思った瞬間、花が咲くような笑顔を彼女は浮かべた。
「二人とも、ありがとう!」
ハルカズとリンネは顔を見合わせる。そして、息ぴったりに応じた。
どういたしまして、と。
すると、チガヤはベッドに飛び乗ってきて、ハルカズとリンネを抱き寄せる。
「あなたたちは、最高の友達だよ!!」
チガヤの抱擁を受け入れながら、ハルカズは思う。
一応、依頼を受けて動いていた。
一つ目は、チガヤの依頼。チガヤを友達の元へ連れていくこと。
二つ目は、上谷の依頼。チガヤを、
二つの依頼を、自分たちは果たしたと言えるのか?
自問して、自答できた。
どちらも果たせていると。
二つ目に関してはまだ道半ばかもしれないが、構わない。
どうせ、やることは決まっているのだから。
チガヤの花畑に、想いを馳せる。
花畑がどういうものなのか、本当の意味では理解できない。
理解できるのは、チガヤだけだろう。
でもきっとこの瞬間も、たくさんの花々が綺麗に咲き誇っているはずだ。
そう考えると、意外と悪くない仕事だった。
それに、意図せず友達もできた。おかげで退屈せずに済みそうだ。
ハルカズは、何気なく花瓶に目を移す。
そよ風が、三輪の花を優しく揺らした。
サイキック・ウエポン 白銀悠一 @ShiroganeYuichi
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