病み止み

@mizunomori_ryo

病み止み

病み止み


濡れた傘が車内に乗り込んできて、潤った床に細い水の道と、少量の埃と泥で縁取られた透明な足跡をいくつも光らせている。視線を少し動かすと、茶色い液体の少し入ったプラカップが座席下のはじでじっと壁に身を寄せる。

自分の価値を理解して、見つからないよう誰の邪魔もしないよう丁寧に鎮座している。

何度も繰り返し見たことのあるかのような光景の中で、二人組で少し声を抑えて雑談する女子中学生二人組、扉が開くとサラリーマンは空席に体をねじ込ませる。隣の年配の女性がアウターの裾を自分側に寄せる。

私はその全てに何も気づいていないかのように振る舞い、携帯を眺める。乗客はその全てに何も気づいていないかのように振る舞い、携帯を眺める。

”こんなことあるんだって感じ”

”ね。まだ信じられないし”

”絶対鼻赤い、マスクしよ”

”もしかしたらさ、目標高すぎたのかもね、見たいものが見えすぎちゃうものだし”

中学生二人の会話がなんとなく耳に入る中で、高速で過ぎていく街並みの速度が下がっていく。もう少しで目的地までの乗り換え地点だ。

”ちょっと気持ちわかるよ、私もアイドルとか可愛い子のアカウントずっと流れてきすぎて鬱がやばい、夜とか”

”めっちゃかっこいい人の写真とか見てどうせ綺麗な彼女いるんだろうなってすぐ思っちゃう”

”なんか焦るよね、自分の人生大っ嫌いになる”

”うん。。。”


都会の日常は早くて短い。到着のアナウンスが二人の会話に入り込む。

”まあ、暗くなってもしょうがない!明日の予定だけ立てたいしとりあえずどこかいく?”

”うん、ファミレス行こ!”

”フェス楽しみだね”

私も降りる駅だ。アナウンスで案内された右側のドアに数歩進み、開扉を待つ。




心を病んでしまう人の数だけ、自分の心を救う方法がある。

あの中学生の女の子達にとってはフェスに行くことが、その方法の一つになるのだろう。

ふと振り返り、数駅前に乗ってきたサラリーマンに目をやる。

座ってからずっと、メッセージアプリとニュースにもなった渦中のインフルエンサーのSNSを交互にずっと眺めていた。眺めては目を閉じ物思いに耽、また携帯を眺める。

規則的な機械音が鳴り、扉が開いた途端先陣を切って飛び出す人の後に続いて歩く。電車を降りた瞬間、皆が改札への軌道を作り出す流れの一部になる。


サラリーマンの携帯画面に、新着のメッセージが表示される。


”まあ、あんたの育て方のせいでもあるから”

”死んで詫るって決めてくれてありがとうね”



今から死ににいく人が、休息を求めて空席に座る姿が印象的だ。

都会の時間は早くて短い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病み止み @mizunomori_ryo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ