薔薇の幽霊
藍田レプン
薔薇の幽霊
珍しく私の作品を読んで連絡をくれた、関東の中学校に通うO君は、真面目そうな顔でこう言った。
「藍田さんは幽霊は本当に存在すると思いますか」
私は少し考えた後、
「幽霊の存在の実証はできませんし、私は肯定派でも否定派でもなく懐疑派の立場でオカルトを楽しんでいます。つまり、幽霊や怪異を見たり怪現象が起こる。それをそのまま本当にあったこととして受け止めるのもひとつの解釈としては面白いのですが、その正体は何だったのか、科学的なアプローチから考察する。ミステリー小説の文脈でオカルトを読み解くのが好きなんです。ただ、それはすなわち幽霊が存在しない証明にはなりません。あくまで『科学的にはこういう説明もつく』というだけで、『今の科学では証明できない何かがいる』可能性もあるわけです」
幽霊を見たのですか、と私が尋ねると、O君は僕の通っている学校に出るんです、と言った。
「夜のプールに一人で行くと、プールの中央に花が浮かんでいるそうです」
「花、ですか」
「真っ赤な薔薇の花らしいです。花の幽霊っているんでしょうか」
再び幽霊の存在について問われたが、植物の幽霊、というところに興味をひかれた。
「そうですね、よく神社には御神木があったり、切ろうとすると祟りがあるから、その木を迂回する形で道路が作られた、なんて話はありますね。ただ、それは実在する木がなんらかの霊的な影響を及ぼすという話であって、木そのものは幽霊ではありません。そして仮に花の幽霊が存在するのであれば、生物学的に植物よりも人間に近い蟻やゴキブリ、キノコなんかも幽霊になる素質があると思いませんか。けれどそういった『人間が自己を投影しにくい』生物が幽霊になって出てくる話はほとんどありません」
犬や猫はよく幽霊になって飼い主のもとに現れますけどね、と私は付け加えた。
「ただ植物の幽霊譚が全く無いかと言われるとそうではなく、椿や桜の木にまつわる幽霊譚はいくつか読んだことがあります。これは椿や桜という花が日本人の心を投影しやすい、美しくて馴染みのある存在だからではないでしょうか。薔薇の花も綺麗ですし、そういう心理を仮託しやすいのかもしれませんね。ですがプールに薔薇の花が浮いている、という話は初めて聞きました。興味深いですね」
ちなみに学校の敷地内や近くに薔薇の花はあるんですか? と私が問うと、O君は首を横に振った。
「無かったと思います。だから余計違和感があるというか、その薔薇の花を見た子は皆、学校に来なくなっちゃったり、転校しちゃって」
「よくある学校の怪談ではなく、実際に見た生徒がいるんですか」
「はい。だから怖いな、と思ってたんだけど、藍田さんの話を聞いて怖い気持ちよりも正体がなんなのか、調べてみたい気持ちが強くなってきました」
「学校の歴史を調べてみるのも面白いかもしれませんよ。例えば学校が建つ前にはそこに薔薇園があったとか、薔薇を育てているお屋敷があったりすると、薔薇の幽霊が出る理由付けになりますよね。たとえ元は畑や雑木林だったとしても、土地の歴史を知るというのは有意義なことだと思います」
でも、夜のプールに忍び込むのは危険なのでやめてくださいね、と私が忠告すると、O君は少し頬を赤らめてはい、と答えた。
それから私は何度かO君とメールでやりとりをした。学校が建つ前は田んぼで薔薇とは何の関係も無かったこと、この薔薇の幽霊が出始めたのは数年前かららしく、それ以前の卒業生はこの話を知らなかったこと、最近本物の薔薇園に行って薔薇を見てきたこと……
30近く年の離れた少年とのジェネレーションギャップとノスタルジーに彩られた『文通』は、しかしある日突然終わってしまった。
『夜のプールに行ってきました。幽霊は本当にいました。でもあれは薔薇の花じゃありません。頭を割られて血で真っ赤に染まった男の顔です』
そのメールを最後に、O君とは連絡が取れなくなってしまった。
O君。この文章を読んでいたら、至急連絡をください。心配しています。
薔薇の幽霊 藍田レプン @aida_repun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます