閑話 国境での騒動  ハーシェス視点

 私がゾルテーラと共に国境に向かったのはカロリーネ様の命令でした。


 カロリーネ様は西征の間の国境地帯の動向を気にしていました。私も側近として色々な資料に触れていましたけど、別に国境に不穏な動きがあるとか、補給が滞りそうだとか、そういう情報はなかったのですけど、カロリーネ様は何かあると確信していたようでしたね。


 あれですね。カロリーネ様の勘です。あの方のそういう勘というか嗅覚は凄いんですよ。あの方はご自分の事には疎いところがあるのに、政治的な勘は本当に鋭かったのです。


 ただ、私はカロリーネ様の側近とはいえ、別に政治家でも官僚でもなんでもなく、カロリーネ様のお世話係に過ぎません。その私が国境地帯に行っても何が出来るわけでもないと思いますけども。


 私がそう言うと、カロリーネ様は呆れたような顔で仰いました。


「貴女のその太々しいまでの落ち着きは政治家向きです。貴女が男なら大臣にしたのにね」


 太々しいとは随分な言われようです。私だって慌てたり恐れたりしますよ。顔に出ないのと無口なだけです。


 カロリーネ様は私を派遣することを決定しておいて、私の事を随分心配して下さいました。軍官僚のゾルテーラを同行させたのはそのためです。彼は無骨で強そうな大男ですからね。護衛に丁度いいという事だったのでしょう。


 ゾルテーラはごっつい男性で、ハーレムという女社会で生きてきた私にはちょっと恐ろしげに見えてしまって、最初は怖くて困りました。ただ、実はゾルテーラは有能な官僚で頭が良く、言葉遣いも丁寧で軍人らしい粗野さはありませんでした。なので私はすぐに慣れましたよ。


 私とゾルテーラは馬車で十二日掛けて国境の街、ドルトールの街に向かいました。ここは私がハーレムに向かう前に数年住んでいた街で、色々懐かしかったですね。


 私はこの街の太守であるエルムンド様の所に挨拶に向かいました。エルムンド様は私の元主人で、カロリーネ様にとっても元主人。岳父でもあります。交易で大儲けしている大富豪ですから、街の中に大きなお屋敷を構えていました。


 私は奴隷身分はそのままですが、皇妃であるカロリーネ様の側近として公的な身分を与えられています。ですからエルムンド様は正式なお客として私を扱って下さいました。


 私とゾルテーラはエルムンド様と応接間でお会いしました。私がお仕えしていた時よりも少し恰幅の良くなったエルムンド様はにこやかに私とゾルテーラを出迎えて下さいましたよ。


 ……その笑顔を見た時に、少し違和感を覚えたのが最初の兆しだったのでしょう。今考えると。エルムンド様はお屋敷の奴隷にも笑顔を向ける方でしたが、その際はおどけたような、楽しい笑顔をなさる方でした。


 それがなんだか貼り付けたような愛想笑いをしているのです。? なんでしょう。そうは思いましたが指摘など出来ません。


 私はカロリーネ様の持たせて下さった書状をエルムンド様に渡します。それには私とゾルテーラに国境での活動の便宜を図るようにと書いてある筈です。エルムンド様は書状をご覧になって頷きました。


「あい分かった。他ならぬカロリーネ様の頼みであれば否やない。屋敷の部屋を提供するから使ってくれ」


 という事で、私とゾルテーラはエルムンド様の屋敷に部屋を借りて、国境での調査活動を始めました。


  ◇◇◇


 私はまず、ドルトールの街にある補給物資集積所を視察しました。郊外の砦の近くに新たに倉庫や荷受場がいくつも設けられていまして、ひっきりなしに馬や牛や羊が大量の荷物を運んできます。凄い喧騒です。


 私たちは事務所に入り、帳簿を確認していきます。私もカロリーネ様のお仕事を手伝っている内に、すっかり帳簿の見方を覚えていました。ゾルテーラは言うに及びません。彼はこんなごっつい形して官僚ですからね。


 細かく確認したのですが、特に異常はありません。それはそうですよね。帝都でも遠征軍でもしっかり管理していますから。


 ただ、特定の物資が不足していたり、帝都では余っているような物資が不足しているのを見つけたり、あるいは輸送隊が不足していたり逆に余っている所を見つけたりしましたので、それを調整してもらえるよう、帝都に使いを出します。


 まぁ、わざわざ来た意味はあったといえばあったのですけど、これなら官僚のゾルテーラ一人で来ても良かったのではないでしょうかね。こういう書類仕事は彼の得意分野です。


 それほど忙しくないので、私は補給物資集積所の者たちと話をしました。情報の収集のためです。ここには遠征軍との間を輸送のために往復している者も多いですから、前線の色んな情報が入ってきます。


 噂によれば、帝国軍は西方の軍隊を苦もなく打ち破り進撃中との事でした。二月に帝都を出発して私がエルムンド様のお屋敷に入ったのは三月ですから、まだ帝国軍と西方の軍の大会戦は行われていない時期でしたけどね。


 帝国の歴史始まって以来の勢いで帝国軍は北へ攻め上っているそうで、軍の関係者が多い補給物資集積所には皇帝陛下を讃える声が絶えませんでした。私はカロリーネ様にお仕えして、まだ鳥籠の皇子として燻っている頃から陛下を知っていますので、陛下を讃える声を聞いて誇らしい気分になりましたね。


 補給基地や、もう少し足を伸ばして国境の砦を視察したり調査したりしている時でした。


 帝都のカロリーネ様から指示が届いたのです。書状によれば、ハウンドール王国にローウィン王国の亡命貴族達が何やら集まって活動しているのだそうです。それを調査せよとの命令でした。


 あー。あれほど故郷の裏切り者へ恨み辛みを語っていたカロリーネ様です。そんな噂を聞いたらそれは怒り狂うでしょう。本来のお仕事とは違いますけど、これはおざなりに出来ない指示ですね。


 私とゾルテーラはとりあえずエルムンド様にカロリーネ様からの指示を伝えました。


 その瞬間、エルムンド様の表情は笑顔のまま固まってしまいましたね。? なんでしょう? エルムンド様はちょっと慌てた様子で、協力を約束しては下さいましたが、ちょっと明らかに様子がおかしかったですね。でも、この時にはまだその理由にまでは気が付きませんでした。


 私はハウンドール王国の商人や旅人、ローウィン王国の兵士(帝国軍との連携のために補給基地に来ていました)などから情報を集めました。その結果、亡命貴族達は兵士を数百人集めるという、結構な規模になっている事が分かりました。


 どうもこれはハウンドール王国の貴族にも協力者がいるようですね。これに加えて元々ローウィン王国の貴族なのであれば、ローウィン王国内にも協力者がいる事でしょう。両国の貴族達が結託して帝国軍の西征を妨害するとなればこれは一大事です。


 ただ、ハウンドール王国は今回の西征では中立の立場です。完全に味方とは言い切れませんけど、ハウンドール王国は元々帝国に朝貢していますから、突然神聖帝国側に立って参戦してくるとも考え難いのです。


 ですから亡命貴族を国家的に支援しているとは思えません。そんな事が発覚したらハウンドール王国は帝国の懲罰的な侵攻を受けることになるでしょう。


 ハウンドール王国の国家的な支援がないのに、数百名の兵士を雇い、ローウィン王国の貴族とも連携している、というのが少し解せませんね。一体どこから予算が出ているのでしょうか? 隣り合っているとはいえ、ハウンドール王国とローウィン王国の間に使者を往来させるのは大変です。兵士だってタダでは雇えませんからね。


 調べている内に私は、亡命貴族達に資金を援助している者の存在に気が付きました。ローウィン王国からでもハウンドール王国からでもない資金の流れです。であれば帝国か、あるいは神聖帝国という事になるのですが、神聖帝国は現在、帝国による攻撃を受けて防戦一方の状況です。


 であれば、帝国から資金が流れている可能性が高いですね。帝国の中に裏切り者がいて、それが亡命貴族達を使って何かを企んでいるのでしょう。


 そう思った私はドルトールの街の商業ギルド、金融ギルド、運送ギルドなどを調べ始めました。私はカロリーネ様から皇帝の印章を預かっております。これを見せて「これが目に入らぬか!」といえば帝国人ならどんな人物でも平伏せざるを得ません。


 大ギルドはその辺の貴族は負かしてしまえる権勢を誇っている事も多いのですけど、さすがに皇帝陛下の御威光には敵いません。彼らは驚いて協力してくれましたよ。


 ギルドを調査し始めてすぐの事でした。


 私とゾルテーラが街を歩いていると、いきなり強面の数人の男に囲まれました。私は驚きましたけど、ゾルテーラはさっと私の前に出て私を庇ってくれました。


「なんだ貴様らは! 我々はこの街の太守の客だぞ!」


 この街の太守エルムンド様は当たり前ですがこの街で一番偉い人であり、彼に逆らうことは即ちこの街で生活出来なくなる事を意味します。


 エルムンド様の客人である私たちに危害を加えれば、エルムンド様を怒らせる事になります。それを見越してゾルテーラはエルムンド様の名前を出したのです。


 しかし、男達は無言で私たちを睨みつけ、通せんぼするだけでした。どうやら私たちをギルド調査に行かせないようにするのが目的のようです。


 私たちも頑張ったのですが、どうにも多勢に無勢。結局私たちはその日の調査は諦めざるを得ませんでした。そういう妨害はそれから毎日続きました。ギルドに入れなければお金や物資の流れの調査が出来ません。私はエルムンド様にならずものを取り締まるように要請しましたが、状況は良くなりませんでした。


 私はやり方を変えました。エルムンド様のお屋敷の奴隷たちに協力を要請したのです。


 奴隷は、奴隷同士でネットワークを持っています。無体な主人に当たってしまった場合、この繋がりを通して他の奴隷に助けを求め、官憲(奴隷の虐待は犯罪ですので)へ通報してもらうのです。他にも、商品の値段の情報を共有する事もあります。少ない給金しかもらえない奴隷には、安い価格で買える商品の情報は非常に重要です。


 このネットワークを使って私は亡命貴族に支援をしている帝国人を見つけようとしました。亡命貴族に金銭の援助が出来るなら富豪でしょう。奴隷を大勢使っていないということはあり得ません。


 するとやはり、怪しい動きをしている金融商や奴隷商人、そして傭兵ギルドがある事が分かりました。私はその情報をまとめてエルムンド様に相談します。ここまで証拠が集まれば、後はエルムンド様の強権で上から捜査をしてもらった方が良いと考えたからです。


 エルムンド様は快諾してくださいました。のですが、その夜の出来事です。


 私は客室で寝ていました。奴隷身分には過分な程の立派な寝台です。もっとも、私はカロリーネ様が皇妃になってから、寵姫と同程度の扱いを受けていましたから、それほどの厚遇だとは思えなくなっていましたけどね。


 すると、突然部屋のドアが開きました。物音に私は驚いて身体を起こします。ドアの前にはかなり大柄でごっつい男が立っていました。私は反射的に「ひっ!」と悲鳴を上げます。


「ハーシェス殿! 逃げるぞ!」


 声で分かりました。ゾルテーラです。その声の切迫感に私の意識は一気に覚醒します。裸足のまま寝台から降りますと、ゾルテーラが駆け寄ってきて、いきなり私を横抱きにしました。


「な、なんですか!」


「ご無礼を。周囲がおかしい。これは逃げた方が良い」


 私とゾルテーラが滞在しているのはエルムンド様のお屋敷の離れでした。そこをどうやら囲まれたようだというのです。私はまさかと思いましたけど、ゾルテーラは間違いないと言います。


「あのエルムンドという男。怪しいと思っていました」


 エルムンド様の手引きだというのです。信じられません。エルムンド様と私は旧知ですし、私の主人カロリーネ様の岳父なのです。


 しかしゾルテーラに抱かれて移動する内に、襲撃が事実だと分かってまいります。短剣を持った男達が密かに離れのある一帯を囲み、包囲を狭めてくるのが分かりました。


 ゾルテーラはその大きな身体からは想像もつかないくらい機敏に、私の重さなど無いかのように進みました。襲撃者を避けて身を潜め、離れの区域の出口に近づきます。


 そこには見張りの男が立っていました。ゾルテーラは私を床に下ろすと「じっとしていてください」と言って、身を隠しながら見張りに近付きました。


 そして飛び出すと見張りの腹に一発です。物凄いボディブローをくらって悶絶する見張りを、ゾルテーラは手拭いで手足を縛り、猿轡を噛ませました。そして軽々と肩に担ぎます。


 私を呼んだゾルテーラはニッと笑いましたね。


「さすがに二人は担げないので走って下さい」


  ◇◇◇


 私とゾルテーラはエルムンド様のお屋敷を脱出し、調査で知り合った奴隷の一人を頼りました。大商人の奴隷頭を務めている女性で、事情を話したら快く匿ってくれました。


 まぁ、奴隷用の、しかも女性奴隷の集団部屋ですので、ゾルテーラは随分困ってましたけどね。私は生まれ育った環境ですから苦になりませんでした。


 私はお金を払ってそこの奴隷やエルムンド様の所の奴隷と連絡をとって、調査を進めました。捕らえた見張りもゾルテーラが尋問し、やはりエルムンド様こそ亡命貴族を支援しているのだという事が分かって参りました。


 私はその情報をまとめてカロリーネ様に送りました。調査の過程で亡命貴族の中にカロリーネ様の元婚約者にしてカロリーネ様が「殺しても飽き足らない!」と言って恨んでいたケルゼン王子がいることも分かりましたので、もちろんそれも記しましたよ。


 きっとカロリーネ様は驚かれるでしょう。そして、岳父たるエルムンド様の裏切りには激怒なさるでしょう。きっと懲罰のために軍の部隊を差し向けて下さるに違いありません。


 ……とは思いましたけど、まさかカロリーネ様ご本人が帝都から軍を率いて駆けつけて下さるとは思いませんでしたよ。


 私の無事を確認したカロリーネ様は私を抱きしめてオイオイと泣いてしまいましたよ。「貴女にもしもの事があったら、エルムンドは生かしておけぬところでした!」と怖いことを仰っていましたね。


 私を伴ってエルムンド様のお屋敷に乗り込んだカロリーネ様はエルムンド様の企みを全て明らかにした上で、エルムンド様を叱りました。奴隷としてエルムンド様に仕えたこともあるこのお屋敷で、元主人であるエルムンド様を叱責するのは、カロリーネ様にとってはある意味過去への復讐となった事でしょう。


 意外なことにカロリーネ様はエルムンド様を罰しませんでした。エルムンド様も驚いていましたね。カロリーネ様の苛烈な性格なら、エルムンド様の首と胴は離れてしまってもおかしくないと私も思っていました。


 カロリーネ様はそのままエルムンド様のお屋敷に居座り、策謀を巡らしてローウィン王国の亡命遺族達を翻弄した挙句、砦に誘い込んで彼らを一網打尽にしたそうです。


 その結果、宿願であった元婚約者の王子に復讐を果たされたという事で、エルムンド様のお屋敷に帰って来られたカロリーネ様は晴々とした顔をしていましたね。


 続けて、帝都で変事が起こったとの知らせを受けて、カロリーネ様は馬に飛び乗ると風のように帝都に向かって駆け去って行ってしまいました。私にエルムンド様の監視を言いつけてね。


 なんとも目まぐるしいお方です。土煙を残して街道を軍勢と共に走り去った、その後ろ姿を見送って、エルムンド様は呆然としていましたね。一応、監視という事になっていますが、カロリーネ様曰くエルムンド様が裏切る心配はもうしていないとの事でした。私もそう思いますね。あのカロリーネ様を二度も裏切るほどエルムンド様はバカではないでしょう。


 エルムンド様は私に言いました。


「……カロリーネ様は、変わられたか?」


 そうですね。昔、ここにただの女奴隷としていた頃のカロリーネ様は物凄く苛烈な性格で、部下の失敗が許せず、不可抗力にさえも激怒して厳しく罰するのが常でした。


 ハーレムに入りヴェアーユ様となり、それからも他のシャーレ相手に問題を起こしまくり、過激でキレやすい性格はしばらく変わらなかったと思います。


 その頃のカロリーネ様ならエルムンド様は生きてはおれなかったでしょうし、元婚約者の王子も惨殺されていたでしょうね。それに与したハウンドール王国も無事でいられたかどうか怪しいくらいです、王都に向けて帝国軍が殴り込む事態になっていたかもしれません。


 そうですね。変わりました。カロリーネ様は成長して、随分穏やかに、自分を律して他人を思いやれる性格に、なにより、後先をちゃんと考えられる人間になったのです。エルムンドを罰しなかった理由も、生かしておいた方が後々得であるとちゃんと判断なさったからなのです。


 人間、元の性格を変えるのは至難の技です。カロリーネ様ほど有能で、自身に溢れている方なら尚更だったでしょう。昔は「自分が一番なのであり、逆らう方が間違っている」くらいに思っていたのですよ。あの人は。実際にそう仰っていましたからね。


 それが、自分の性格を見つめてちゃんと改め、今でも苛烈な所はあるけども、我慢をして、他人の心情もちゃんと思い遣って、損得と後先を考えて激情の爆発を抑えられるようになったのです。これはなかなか出来ることではありませんよ。だからこそ、あの方は今や帝国の皇妃として誰にも慕われ崇められ、畏怖される存在になれたのです。


 その理由は、やっぱり、アレですね。


「愛の力です」


「なんだと?」


「愛の力です。アルタクス様の、愛情がカロリーネ様を良い方に変えたのですよ。悪役令嬢だったカロリーネ様を、帝国の皇妃に相応しい女傑に変えたのは、間違いなくアルタクス様の愛の力です」


 カロリーネ様はアルタクス様と出会って、愛を育むようになり、アルタクス様のお役に立ちたいと願うことで、自分を見つめ直す機会を得たのです。


 それは確かに愛の力でした。他に言いようがありません。間近でずっとお二人を見ていた私だからこそ分かります。


「エルムンド様が助かったのはアルタクス様のおかげです。陛下がお帰りになったら謝罪してよくお礼を言っておいた方が良いですよ」


「も、勿論だとも。陛下と皇妃様にはもう二度と逆らわぬ。大女神様に誓う。其方にも悪い事をした」


 元主人に深々と頭を下げさせてしまいました。これも、エルムンド様に課せられた罰の一つなのでしょうね。


  ◇◇◇


 西征が帝国軍の大勝利で終わり、帝国軍が撤退を始めると、私とゾルテーラは帝都に撤収しました、


 撤収するまではエルムンド様がお詫びの意味もあってか、最上級の部屋を私たちに提供してくれて、すごいご馳走を毎日用意して下さって、私にはドレスや宝石、ゾルテーラにも剣だとかマントだとかを贈って下さいました。


 帝都に帰るにも貴族の乗る高級な馬車と護衛を五十人も付けて下さいましたよ。そして「カロリーネ様にくれぐれもよろしくと」言付かりました。これを聞いてカロリーネ様は面白そうに笑っていましたね。


 報告自体は外宮の接見室の一つで和やかに行われたのですが、その終わり近く、突然ゾルテーラが椅子から立ち上がり、床に平伏したのです。


 何事かと目を丸くするカロリーネ様と私に、ゾルテーラは緊張した、でも大きな声で言いました。


「皇妃様にお願いがございます!」


「な、なんでしょう?」


「この私に! 是非! 皇妃様の側近たる! ハーシェス殿を! 妻に下さいませ!」


 ……は?


 突然のゾルテーラの求婚に、私もカロリーネ様も目が点になってしまいます。


 ゾルテーラが言うには、国境で二人で行動している内に、彼は私の美しさと聡明さと行動力と我慢強さと胆力に惚れたのだそうです。彼は口を極めて私を褒め、称賛し、讃えました。目の前で聞かされる私は居た堪れませんでしたよ。


「ですが、私は奴隷です。ゾルテーラ様の妻など……」


「なんの! 近衛軍団の一員である私も元奴隷です! 問題ない! ハーシェス殿! 是非私の妻に!」


 私の主人がカロリーネ様であることから、本人の前にカロリーネ様にお願いしたのだそうです。奴隷には自分をどうするかの決定権がありませんからね。


 熱心に私への愛を言い募るゾルテーラに、最初驚愕していたカロリーネ様は次第に、納得顔になり、最終的には面白そうな楽しそうなニマニマした笑顔になってしまいました。


「貴女も隅におけないわねぇ。ハーシェス」


「カロリーネ様!」


 カロリーネ様はウンウンと頷くと、感慨深そうに私に言いました。


「最側近である貴女に去られるのは私にとって痛手ですけど、貴女の幸せが一番大事です。今まで本当に私に尽くしてくれましたもの」


 カロリーネ様のお言葉に、私は目に涙が滲んでしまいました。このような労りの言葉は、昔のカロリーネ様にはあり得なかったのです。


「ゾルテーラは信用出来る男ですし、今回の西征に尽力した功績で、軍需省の次席官僚の地位を与えます。ゆくゆくは大臣になる男です。貴女の夫として申し分ないと思いますよ」


 将来の大臣の妻など、逆に私には過分な地位だと思うのですが。


「結婚しても、女性官僚として私に尽くしてくれるなら、結婚を許します。ハーシェス。幸せになるのですよ?」


 カロリーネ様もエメラルド色の瞳に涙を浮かべて仰って下さいました。カロリーネ様の万感のこもったお言葉を頂いては、貴女のそばを離れたくありません、とは言えませんでした。カロリーネ様は心から私の幸せを願って下さったのです。


 ゾルテーラは熱心に私に求婚してくれました。必ず幸せにするから。他に女は作らぬからと、大きな身体を屈めて無骨な顔を真っ赤にして愛を訴えてくれました。


 彼が頼りになり、誠実な男であることはもうよく知っています。冷静で、いざとなれば私を抱えて走ってくれることもです。


 そういう事を思えば、彼からの求婚は嬉しい事でした。男性と接した事がなさすぎて男女の愛情はよく分からなくても、彼にこの身を預ける事はもう恐ろしくはありません。それと、私は愛し合うアルタクス様とカロリーネ様を長く見てまいりました。


 あんな風にお互いに強く愛し信じあう夫婦というものに、私は密かな憧憬を抱いていたのです。彼となら、そうなれそうな気がいたしました。


 そう考えると、私の思いはスルッと決まったのです。


「分かりました。貴方の所にお嫁に参ります。ゾルテーラ」


 ゾルテーラは泣いて喜び私を抱きしめました。カロリーネ様も、カロリーネ様にお仕えする者達(当然全員よく知っています)も歓声を上げてお祝いしてくれましたよ。


 ひとしきり歓喜の時間を味合わせた後、カロリーネ様はゾルテーラに少し意地悪そうな顔をして言いました。


「そうそう。ゾルテーラ。貴方は一つ勘違いしています」


「か、勘違い? 何をでしょう?」


 カロリーネ様はニーっと笑います。


「ハーシェスはハーレムの奴隷ですから、所有者は私ではなく皇帝陛下です。ですから、皇帝陛下に直接下賜をお願いなさいね」


 ゾルテーラは皇帝陛下に直接申し出なければいけないという難題に頭を抱え、カロリーネ様はその様子を見てオホホホホっと笑っていましたけど、実はこれは嘘です。


 ハーレムの奴隷を動かすのは夫人や寵姫でもない限りカロリーネ様の独断で出来ます。ですからこれはカロリーネ様のただの意地悪でしょう。


 後は、私はアルタクス様とも長い付き合いですから、アルタクス様にも直接祝福してもらえ、という事だったのかも知れませんね。




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PASH UP! にて「貧乏騎士に嫁入りしたはずが!」のコミカライズが毎月第一第三金曜日に更新されます! https://pash-up.jp/content/00002548 すっごく面白いので皆さん読んで下さいね! よろしくお願いします!

 

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悪役令嬢は追放されて奴隷になりハーレムに売られる~そして溺愛される~ 宮前葵 @AOIKEN

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