Re:00 Restart
二〇二一年八月二十八日。電車が駅に着き、本を閉じた。拍子に、ブックマーカーの先端についている子犬が揺れる。
ホームへ降りた後、階段をのぼりながら不在着信に気が付いた。
「ごめん、そろそろお店着くから。……え、合コンって言ったじゃん」
二重橋駅の出口を横目に、頭の中で地図を確認する。電話の向こう側の昴夜は「〈聞いたけどダメ! やっぱりダメ!〉」とキャンキャン叫んだ。
「今更言われても。もともと人数合わせで呼ばれてたのに、それがドタキャンするわけにはいかないでしょ」
「〈そうだけど……〉」
「大体、昴夜が言ったんだよ。自分はしょせん昔の男だし、私が幸せになるのが一番だからいい男との出会いは積極的にどうぞって」
「〈そうだけどそれ本気にする!?〉」
「え……、本気じゃなかったの……?」
「〈いや英凜に幸せになってほしいのは本心だけどね、別に……別に、俺達付き合ったわけじゃないし、俺も戻んなきゃだし……〉」
ホテルの一室で膝を抱えて落ち込む様子が目に浮かんで、笑ってしまった。十三年ぶりに日本に来た昴夜は、サマーホリデーが終わったらまたイギリスに戻るそうだ。……向こうに仕事も生活もあるから。
それに、私達がお互いに対して抱く感情は、少なくとも高校生当時のときとまったく同じものとは言えない。私達は、お互いにお互いへの後悔と贖罪を抱いていた。そこに恋情があるかは……ひとまず
「〈でもほら、えーとね、でもやっぱり俺は日本人だなって思うから、住むならやっぱ日本だなとも思ってみたり〉」
「私を利用して永住ビザ申請しようってこと?」
「〈弁護士キライ! つか俺は日本国籍を持っています!〉」
「冗談だよ」
「〈冗談でそんなこと言う? 三日前に死ぬほど泣いて離れたくないって言ってた人と同じとは思えない冷たさなんですけど!〉」
「ね、本当にお店着くから、電話切るよ」
「〈あのね、絶対、絶対お持ち帰りはされないでよ! 俺達の関係、保留だからね! ね!〉」
本当にお店の目の前に来てしまったので、やむを得ず会話終了をタップした。
時刻は八時七分、ちょっと遅刻してしまったけれど、幹事の名前を告げて案内された半個室には、八人中五人しかいなかった。弁護士と同じように、医者も遅刻がデフォなのかもしれない。
「ごめんなさい、遅れました」
「英凜、よかったー、仕事終わんないっていうからそのままキャンセルかと」
「失礼な、遅れはしても約束は守るよ」
口を尖らせながら着席し、「三国英凜です、人数合わせです」と名乗ると、隣の同期に蹴られた。
「そんなこと言って、実は楽しみにしてたんでしょ。いつにも増して可愛いよ」
「なんで女同士が口説いてるんですか」
笑いながら、目の前の人が口を挟んだ。ほんのりと関西弁のイントネーションで、さすが浪速大学卒、と心の中で呟いた。その人は
「でも本当、今日の英凜、なんか顔色いいよ。厄介な仕事でも片付いた?」
「んー、どっちかいうと厄介な電話はしてきたんだけど」
事務所を出る直前にかかってきた電話のことを思い出す。胡桃の代理人に就任した弁護士は「依頼者はまったく身に覚えがなく、これこそ中傷と怒り心頭でして」と強気なことを口にしていて、合わない熱血タイプだなと辟易した。とはいえ、なにがなんでも裁判外交渉をとウェブ会議の予定をとりつけてきたあたり、本件の幸先は悪くない。
「ちょうど休みとって、一昨日まで地元に帰ってたの。それで結構リフレッシュできた」
「あれ、英凜ってずっと東京じゃないんだっけ」
高校までは違ったのだと一色市の話をすると、さっきの桂先生が「それなら、うちの同期にもおりましたわ」と表情を明るくし、私は驚いて顔を向ける。
「今日も来るんちゃうかな、一人、当直のバイト代わり見つからへん言うて、代打頼んだって聞いてるんで」
「悪い、遅れた」
狼狽する間もなく現れたその人物に、私は息を呑む。
「……なんだこれ」
「お、タイミングばっちりやん、持ってんなお前」
「……ちゃんとした飯予約したから代わりに行ってくれって言われてきてんけど、そういうことか」
「まーまー、座って座って。ちょうどお前の話しててん」
その視線が、私に向けられる。
「三国先生、コイツ、いま話そうとした雲雀侑生」
きっと、お互いに同じ顔をした。
「高校時代の元カノ引き摺り続けてるメンヘラやねんな」
今までには、ずっと歩いてきた道がある。その道を戻って別の道を選ぶことはできないし、しなくていい。今まで歩いてきた道のその先にある未来を、これから選んでいけばいい。
後悔ばかりに思える過去でも、もう一度光を当てて、違う側面を見てみれば。私達はもう一度、歩き出せる。
リライト・ザ・ブルー 篠月黎 / 神楽圭 @Anecdote810
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